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第13話 悪役令嬢、モブにとってはただの美人でしかない

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「ふわぁ~~、眠い」
「気が抜けていますね。家に居た頃は、もっと早かったではないですか」
「学校に来てからは登校時間ギリギリまで寝ていること多かったからな。そもそも家に居た頃は、アルファに日が昇る前から起こされていただけで自分の意思で起きていた訳じゃない」
「お望みであれば学校でも同じように起こしますが?」
「お断りだ。俺は、ギリギリまで布団にくるまっていたいんだ」
「その割には、随分と早い登校ですね」
 アルファの言う通り、俺は朝早くに学校に来ていた。
 いつも大勢の生徒で賑わっている学校も今の時間は静かだ。
「グレン先生に花のお世話頼まれていたからな。少し早めに来てやっておこうかと」
「マスターがわざわざする必要は無いのでは? 命令して頂ければ私が完璧に仕上げて起きますが」
「まあ、アルファに頼めば間違い無いとは思うが、ちょっとした楽しみでもあるんだよ」
「楽しみですか?」
「そう、この貴族のドロドロとした空気の中、綺麗な花を咲かせることで心を癒やして貰おうとしているのだよ」
「マスターの健康は毎日チェックしていますが、常に心は安定していますよ。むしろ、あの少女と話している時の方が、心拍数が上がって危険・・・」
「やめて! 主人の感情を冷静に判断しないで!」
「おっと、今も少し心拍数と体温が上昇していますね」
「・・・わざとやっている?」
「何の事ですか?」
 クソッ、このロボットめ。

 本当に、何を考えているのか分からん。

 折角の清々すがすがしい朝が台無しだ。

 マスターとして本当にしたってくれているのか、怪しくなってきた。

 そんなことを考えても意味は無いので、気を取り直して花壇に向かう。
「おや? マスター、誰かいるみたいですよ?」
「えっ?」
 アルファに言われて、前を見る。
 確かに誰かが花壇の前に立っているのが分かる。
 制服を着ているし、学園の生徒だと思う。
(綺麗な人だなぁ)
 整った顔をしており、金色の髪は高い位置で1つに結んでいる。
 そして、制服の上からでも分かる大きな山脈があった。
「マスター、鼻の下が伸びてますよ」
「マジ?」
 俺は、慌てて両手で顔を覆う。
 女生徒は俺に気付くと声を掛けて来た。
「お前は誰だ? ここには何の用で来た?」
「(いきなり、お前呼ばわりか~。俺が平民だから?)えっと、レイン・シュトラウドです。ここにはグレン先生に頼まれて、花に水やりを」
「何? お前がここの花を育てているのか?」
「はい、一応」
「・・・そうか。すまない、こんな朝早くに学校にいる生徒も珍しいものだから少し気になってしまって」
 女生徒は、花壇の前にしゃがみ込み花を見ている。
 花を見ている女生徒は、優しい表情をしていた。
(う~ん、やっぱり綺麗な人)
 立ち上がり、俺に話しかけてくる。
「シュトラウドといったか。良い仕事をしているな。ここに咲いている花たちは生き生きとしていて、見ていると元気が出て来る」
「そ、そうですか。そう言って貰えると、何だか嬉しいですね」
「これからも頑張ってくれ」
「ありがとうございます。・・・ところで、貴方の名前をお聞きしても?」
 女生徒が少し驚いた表情を浮かべた後、名前を教えてくれた。
「私の名前は、ゼシカ・シューエルデ。入学してまともに名乗ったのは初めてだよ」
「(しまった!? もしかしなくても偉い人だった?)す、すみません。自分、平民出身でまだよく分からないことが多くて。何か無礼を働いてしまっていたら申し訳ありません」
 俺は、深々と頭を下げた。
「いや、気にしなくて良い。しかし、そうか、お前が噂の・・・」
「はい?」
 ゼシカが呟いた言葉が聞こえず、顔を上げて聞き返した。
「何でも無い。それよりも、また花を見に来ても良いだろうか?」
「え、ええ、勿論。そもそも、俺が許可を出すのもおかしな話しですし」
「ありがとう。それじゃあ、私はそろそろ行くとしよう」
「い、いつでも要らしてください!」
 礼儀というものが分からないので、とりあえず大きな声でゼシカを見送った。
 ゼシカが居なくなったのを確認して、大きく息を吐いた。
「ふぅ~~、何か疲れた」
「その割には随分と楽しそうでしたが」
「そ、そんなことは・・・」
「ちなみに先程のマスターの顔がこちらになります」
 アルファが見せてきた映像には、だらしない俺の顔が映っていた。
 ゼシカの美貌にやられている顔だ。
「特に一番激しい変化は、彼女の胸部をみて・・・」
「よせ! アルファ! お前は主人を恥ずかしさで殺したいのか」
「正直この程度で心が揺らぐような鍛え方はしていなかった筈ですが」
「仕方ないじゃん! 男は、可愛い女の子に弱いんだから! 特に女性と交際したことの無い俺にとっては大ダメージなんだよ」
「マスターの気持ちは、私にはよく分かりません。さあ、早く水やりをしないと早起きをした意味が無くなってしまいますよ」
「そうだな。・・・そう言えば、ゼシカって何処かで聞いたような、見たような」
 ゼシカ・シューエルデ、彼女こそリーゼの敵?となる悪役令嬢本人だと俺が気付くのは、ほんの少し先なのでした。
「う~ん、知っているような、知らないような」
「マスター、ここ水が少し足りていませんよ。こちらは、水をあげすぎですね。マスターに任せていては花たちが一瞬で枯れてしまいます」
「ああ!! もう!! うるさいよ、アルファ君! 俺は、お前じゃないんだから効率良く出来ないんだよ!」
 そう、水やりに夢中で気付けなかった・・・そういうことにしよう。


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