神様の料理番

柊 ハルト

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蜂蜜の吐息

12 ー ミョート村

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 館の前には、人々が溢れていた。
 騎士団の団員達は大声を上げながら、ゆっくりと住民を建物内に誘導している。そのうちの一人がアレクセイに気付き、ほっとした表情を浮かべながら近くに来た。

「班長!」
「レビか、今戻った。状況は?」
「オスカーが村の奥の確認をしに行っています。ルイージは向こうに、ドナルドとローゼスは、中で住民の案内を」
「分かった。俺が先に森に入って確認して来よう」
「危険です!せめてオスカーが戻って来るまで待ってください」
「見てくるだけだ。状況が分からないと、作戦も立てられないだろう。スタンピードの始まりだったら最悪だ」
「スタンピード…」

 その言葉を聞いて一気に青ざめた団員を見て、誠は一気にこの状況は本当にマズいのだと理解した。
 こんな時は、パニックになるのが一番危険だ。
 誠は思考を切り替え、魔獣を暴走した妖怪だか堕ち神だと思うことにした。身近なことに置き換えて考えて見ると、少しは冷静さが戻ってくるだろうか。だったら誠にできることは、自ずと絞られてきた。

「アレクセイ…」
「何だ?」
「それ、俺も連れてってくんねぇか」

 そう言うと、アレクセイよりも先に団員が否定してきた。

「は?アンタ何言ってんだ。危険なんだよ。そんな細い体で、何ができるんだよ!」
「あ?」

 言い方にイラついた誠は、思わず相手に凄んでしまった。
 遊びで言った訳ではない。それを分かれと言うのはいささか乱暴だが、誠はいい歳をした大人だ。十代の無鉄砲な正義感から言ったのではないのだと、レビと呼ばれた団員は何で分からないのかが不思議だった。
 誠の目が座っているのを見たアレクセイは、間に入る。

「レビ、マコト。落ち着け」

 体の前に出されたアレクセイの腕に、誠は口を噤んだ。レビもアレクセイの視線に、一歩引く。
 この中で一番位が高いのはアレクセイだ。軍や集団において、上官の命令に反くことは敗北を意味する。
 誠はその組織には組み込まれていない、ただの素人だ。けれど今、自分勝手に動くのは違うと判断できている。こういう状況のプロである、アレクセイの言葉を待った。

「マコト、俺は君の実力を知らない。それでも一緒に行くと言うのは、それだけの実力があると思っても良いということだな?」
「ああ、もちろん。アンタを無傷でここに帰すのだけは、"約束"するよ」

 よく知らない自分の意を汲んでくれた。誠はそれが嬉しかった。
 逃げるのは性に合わない。自分が守られるだけの存在にもなりたくない。それは、誠の意地だ。
 それに、打算もあった。
 これから王都へと同行するだろうアレクセイ達に、自分の実力を分かってもらう必要があるからだ。
 道中で魔獣に合うこともあるだろう。野盗に襲われることもあるだろう。団員達との連携が取れなくとも、一人でも対処できると理解して貰えていた方が、誠としても動きやすい。
 集団に自分という異分子が混じるのだ。彼らの懸念材料を、一つでも減らしておきたかった。
 同時に、自分の力の一片を見ることになるであろう、アレクセイの反応も気になる。それで拒絶されるなら、これから一緒には居られない。
 だから誠は、賭けに出た。

「と、言うことだ。マコトについての説明は後でする」

 そう切り上げたアレクセイに対し、レビは反対する。

「ちょっと待ってください!やはりオスカーを待ちましょう。それに、一般人を連れて行っても足手纏いになるだけでしょう。班長がコイツの実力を知らないって、そんな話がありますか!?」

 レビの話はもっともだ。
 若いな。
 誠はそんなレビを見てこっそりと溜息を吐いた。
 今はそんな状況ではないはずだ。スタンピードはゲームなどでは確か、魔獣の集団暴走だったと記憶している。だったら時間が無い。
 情報を素早く集め、作戦を立てる。
 アレクセイはそう判断したのに、自分の正義だけで突っ走り、それを上官に同調しろと言うのは違うだろう。
 かと言っても、アレクセイの言うことは、誠から見ても少し理不尽だと思う。
 でも、それが組織だ。「組織」と言うものなのだ。
 誠はレビの襟首を掴み、引き寄せた。

「ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇよ。お前の上官がそれで良いっつってんだ。それに時間が無いんだろうがよ。ちゃんと結果出してやっから、黙って避難してる村人守ってろよ」

 言いたいことを言った誠は、突き飛ばすようにレビの襟首を離す。
 その衝撃でたたらを踏んだレビは呆然としており、口を半開きにしていた。自分より小さな相手に、気圧されるとは思わなかったのだろう。

「行こうぜ、アレクセイ。とっとと現場見て戻ってこなきゃなんないだろ」
「ああ…。レビ、マコトの言う通りだ。お前の気持ちは分からんでもないが、状況判断を間違うな。今は時間勝負のはずだ」
「…はい。申し訳ありません」

 しゅんとしたレビの赤茶色の耳を見て、誠はレビの背中をバンと叩いた。

 誠はアレクセイと人の波に逆らいながら、村の門へと走った。
 夜になると閉じられている門は、暗がりで見ると昼間よりも重厚さが増して見える。それが視覚的にも、住民に安心感を与えているのだろう。
 門の手前には門番達が集まっていた。

「アレクセイ様が来られたぞ!」

 門番の一人が、周りの仲間に知らせる。前に進み出た少し年嵩の門番の前で、二人は一旦立ち止まって情報を求めた。

「状況は?」
「はっ。轟音がした後、森は静かなままです。森から逃げ出す小型魔獣の姿もありません」
「そうか…だったら、スタンピードではないな」
「だと思います。けれど…」
「ああ。この静けさは、異様だな」
「そうですね。ここまで静かな森は、初めてです」

 門番は門扉の向こうにある森を気にしながら、眉を顰めている。若い門番の槍を握る手には力が入っており、これから起こりうる最悪な状況に恐怖を隠せないようだ。
 誠はアレクセイの腕を掴み、早く行こうと促した。

「分かった。君達はこのまま門を守ってくれ。何か分かり次第、連絡鏡で報告する」
「はい。お気を付けて」
「ああ」

 アレクセイはそう言ってから、その場から少しずれて、手を前にかざした。何かの力の流れを感じたが、それがこの世界の魔法だと誠が気付いた時には、目の前に氷の階段ができていた。

「これって…」
「ああ。俺の魔法だ。基本属性は水だが、風もそこそこ使えるんだぞ」

 アレクセイは誠の緊張をほぐすためか、少しおどけて誠に言った。
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