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バターの微笑み
04 ー 初めての屋台
しおりを挟む昨晩作った分だけでは、到底足りない。誠は朝からオーブンをフル稼働させ、クッキーを作りに作った。
ビスコッティはアレクセイ達のおやつにと、紙袋に入れて渡してやった。プレーンでも美味しいのだが、アーモンドスライスとドライフルーツが入っているので、飽きずに食べれるだろう。
「本当は、弁当でも作ってやれば良いんだろうけど」
誠はパン生地を捏ねながら呟いた。
この作業がなければ、もっと時間が取れるだろう。何とか時間をやりくりさせなければならない。これは今後の課題だ。
昼時になると、一旦作業は中断だ。今日は外に買いに行っても良いだろう。ついでに小麦粉も欲しい。大きく伸びをして、誠は別館を後にした。
どこの店も賑わっていたが、誠が選んだのは海鮮を焼いている屋台だった。新鮮なので、味付けは塩のみで十分だ。いくつか買って、近くのベンチに座った。通ってきた村や街は、こうして屋台郡の近くにベンチがあるのが嬉しい。
ホタテの串を頬張っていると、見慣れた制服が視界の端に映る。軽く手を振ると向こうも気付いたようで、手を上げてからこちらに近付いて来た。
「よお」
「お疲れ様」
班長じゃなくて悪かったな、とニヤニヤしながら隣に座ったのは、オスカーだった。領近くの見回りは、今日はオスカーの番だそうだ。ちなみにアレクセイ達四人は、スルト騎士団達の見回り場所の一部と、その少し先まで出ている。
本来なら夏頃に行う王都騎士団と他領の騎士団との合同演習の復習のような形になってしまっているが、今回は仕方が無い。魔獣はほぼ連携など取らないので、発生場所や分布によっては王都だの他領だのと縄張り争いをしていると、その隙に民間への被害は広まってしまう。だから連携を取れる時にしっかりと取っておいた方が良いのだそうだ。
「それに、他領やスルト騎士団だと魔術師の扱いが王都騎士団とは違うから、その連携の取り方も大事なんだ」
オスカーは肉の串焼きを齧りながら、誠に説明していた。その肉が鳥かどうかが気になるが、オスカーは鷹獣人だったはずだ。共食いにはならないし、猛禽類は肉食なのでセーフだ。
「どう違うんだ?」
「王都騎士団は、とにかくエリートっつーか、エキスパートって言った方が良いのかな。剣と魔術の両方を一定レベルで扱えないと、まず入団資格が無い。でも魔力に力を全振りしたような奴は、騎士団としても人員確保をしたい。そん時は入団させてから、剣術の地獄の訓練が待ってるんだ…」
オスカーは遠い目をしていた。これはつっこんだらいけない話だろう。
誠はただ相槌を打つだけに留めた。
「…すまん、話が逸れたな。王都騎士団の場合は、俺らみたいな剣術と魔術が両方使える者と、地獄の訓練をこなして剣術は最低限だけど魔力がバカ高い奴でも、同じ班員として扱いを受ける。でも他領だと、魔術師団の団員として確立される場合があるんだ」
「じゃあ、そういう人って、所属が騎士団か魔術師団かの違いだけ?」
「うーん…そもそも、騎士団と魔術師団って、戦い方が違うんだよ。騎士団は主に前衛、魔術師団は後衛と支援魔法が主な仕事。王都騎士団の場合は、魔術師団って言うと俺らと同じ敷地にある魔術師塔で、魔術と魔道具、魔獣なんかの研究者って意味だからな。各領の魔術師団は、戦う者と研究者が一緒になってるから、連絡系統も違うし」
「…何か、めんどくせーな」
「俺もそう思う。でも、どっちが正解って訳でもないし、それぞれの規模も資金も違うからなー」
「頭がこんがらがりそう。要するに、王都騎士団だと一般的な魔術師って役目は後衛じゃなくて、前衛もこなすオールマイティ。そんで、魔術師団は研究者集団ってこと?」
「あー、そうそう。そんな感じ」
お互いの意思が疎通できたことと理解できたことで、誠とオスカーはうんうんと頷き合っていた。
「しっかしなぁ…」
オスカーは、じっと誠を見ている。
「何?」
「珍しくマコト君と二人っきりなのに、こんな話するとはな」
「確かに」
オスカー達とは旅の中で、かなり仲が良くなった。誠が彼らの胃袋をがっちりと掴んだのもあるが、旅の初日から何かと話しかけ、気にしてくれていた。けれどそれは、隣か近くにアレクセイも居たので、アレクセイ以外の誰かと二人きりというシチュエーションは、滅多になかったのだ。
「俺はさぁ、マコト君に感謝してんだよ」
「俺に?」
「そ。班長の雰囲気が柔らかくなったし、何か嬉しそうだし。それに、あんな班長、初めて見たんだよ。貴族の令息令嬢には冷たいのに、マコト君には凄い甘いでしょ」
「ああ…甘いな。冷たいとか、絶対誇張されて言われてるだけかと今でも思ってるもん」
「いやいや。マコト君が隣に居るからだよ。ツガイが居る獣人は、安定するし更に強くもなる。あの人は上官だけど、真っ先に敵に突っ込んで行くヒトだからさ。心配だったんだよ」
「狼は、群れを大事にするからな」
「そ。まあ、感謝してんのは班長が強くなっただけじゃなくてさ、あのヒトもいろいろと窮屈な思いしてんの。だからマコト君の隣だと、楽に呼吸できてるっぽいし。それは俺らがいくら頑張っても、無理だったの。…班長のこと、頼むね」
思いのほか真剣な目をしているオスカーに押され気味になったが、誠はしっかりと頷いた。
こっちも適当にアレクセイと付き合っているわけではない。まだ「ツガイ」という言葉に気持ちが振り回されそうになるが、アレクセイと離れたくないし、そんなことは考えられない。それだけは真実だ。
それに、アレクセイとならずっと一緒に居る未来を想像できるし、妙な甘ったるい優しさを与えてくれるけど、自分も自分なりの優しさを返したい。それらは友情ではないことだけは分かっている。この胸に芽生えたものは、確かに愛だ。
「いざとなったら、俺が拐って行くから大丈夫」
「ハハハ!何それ、班長のお姫様ポジションって笑える」
「…やめろ、想像のアレクセイにドレスを着せるな!」
「いや、それ絶対誘導してるよね」
お互い、少しだけ想像してしまったのだろう。しばらく笑いが治らなかったのは、言うまでもない。
「あー…笑った笑った。笑ったついでに、約束するわ。俺は一応伯爵家の息子だから、少しだけなら貴族社会でも力があるんだよ。だから、マコト君個人に何かあったら、俺も、俺の家も力を貸してあげる。それはレビ達も一緒だから」
きっと、本題はこれなんだろうと誠は瞬時に理解した。
今まではアレクセイのオマケのような立ち位置だったが、段々と彼らは誠個人を認めてくれたのだろう。誠は素直に彼らの思いを受け取ることにした。
ただただ、嬉しかった。
「ありがと。じゃあ俺は、皆に賄賂を渡さないとな」
「美味い賄賂?」
「当たり前じゃん。二重底になったクッキーの箱の下段に、金色のクッキーなんか敷き詰めないからな」
「何ソレ。…あ、金貨ってこと?」
「そう。数百年前の故郷では、そうやって賄賂を上役とかに渡したりしてたみたい。まあ、クッキーじゃなくて他のお菓子だけどな」
「俺はそっちのお菓子の方が良いなぁ」
伯爵子息だし王都騎士団の団員ということで、そこそこ金は持っているのだろうオスカーの興味は、金より自分の知らないお菓子らしい。誠はそれにほっとしながら、時間があれば饅頭を作ると約束したのだった。
和菓子は専門外だが、饅頭なら作れる。お茶は無糖の紅茶か、緑茶を出してみるのはどうだろう。
ついつい思考がそっちに逸れてしまった誠に「職人だなぁ」とのオスカーの呟きは届かなかった。
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