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レモンの憂愁
06 ー 戦う料理番
しおりを挟む自分から美味い飯とハードルを上げてしまったので、今日の晩御飯は気合を入れなければならない。
誠はバッグから虎の巻を取り出すと、パラパラとページを捲りはじめた。
何となく気分で決めたのは、ロシア料理。スパイスはあまり多用せずに、シンプルに塩やハーブで味付けするのが特徴だ。疲れている時はガッツリと濃い味付けのを食べたくなるが、それは一品か二品だけにして、優しい味を中心にしようと決めた。
ロシア風ポテトサラダのオリヴィエサラダとボルシチは、すぐに決定した。ボルシチに使うビーツは「飲む輸血」と言われるほど栄養が豊富なので、彼らにはぜひ食べてもらいたい。王都の青果店でビーツを見つけた時には、誠は思わず買い占めそうになったくらいだ。
あとは、キエフ風チキンカツレツ。鶏の胸肉にハーブをたっぷり練り込んだバターを挟んで、衣をつけて揚げた料理だ。けれど今回はバターを少なめにして、チーズを挟むことにした。
そして以前セーヴィルで買った秋刀魚を、蒲焼にすることにした。作っているうちに白飯が食べたくなったので、誠は多めに米を炊いておいた。
デザートをオーブンに入れた頃になると、ゾロゾロとレビ達が戻って来た気配がした。けれど肝心のアレクセイが居ないようだ。
誠はダイニングに集まっていたレビ達に聞いた。
「皆、お帰り。アレクセイは?」
その言葉にレビ達はそれぞれ「ただいま」と返してから、先程アレクセイと会ったというルイージが誠の問いに答えてくれた。
「班長は、もう一回りしてくるそうですよ」
「そっか。無事ならそれで良いや」
「まあ、班長だからな。最後の仕上げってやつ?」
そのオスカーの言葉に、誠はなるほどと納得した。
「じゃあ、アレクセイが戻って来たら夕飯な。その前にお茶でも飲む?」
「いいえ、マコトさんもお疲れでしょうし、今日は僕に淹れさせてください」
スクエアポーチから茶葉の入った瓶を取り出し、ルイージはにっこりと笑った。レビに椅子を引かれると、そこに座るしかないみたいだ。
「じゃあ」と誠は少し照れ臭く思いながら、その席に着いた。
「マコトさん、お土産です」
向かい側に座っていたドナルドが自身のスクエアポーチから取り出したのは、パンパンになった麻袋だった。早速中を拝見させてもらうと、クランベリーがこれでもかという程に詰まっていた。
「熊獣人は犬獣人並みに鼻が良いですし、山にある果物を探すのは得意なんですよ」
そう言うドナルドは、少し得意げだった。誠は礼を言いながらドナルドの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、大事にバッグにしまった。その代わりに取り出した紙袋は、フレデリク邸で作ったサブレだ。
ついつい鳩の形にしてしまったのは、不可抗力である。
夕飯前なので、サブレは少しだけだ。ルイージが淹れてくれた紅茶と共に食べていると、丁度アレクセイも戻って来たみたいだ。
アレクセイも交えて一息つくと、夕飯…の前に、今日の戦果の報告会が先らしい。それぞれが何かしらの魔獣を狩っていたので、サブレを消化させるためにも先に庭で血抜き作業をしようということになった。
どれだけ美味しく夕飯が食べたいんだと思った誠だったが、彼らが楽しそうにしているので、そっとしておくことにした。
庭先にずらりと並んだ魔獣は、草食系のものが多い。魔素が撹拌されたせいで草の成長が早くなり、それ目的で集まったのが原因だろうとアレクセイが言っていた。その中にいつぞやのコットンシープもいたので、しばらくは羊肉には困らないだろう。
そして待ちに待った夕食では、予想通り白飯が喜ばれた。甘塩っぱい蒲焼に心を鷲掴みにされた獣達は、部活後の高校生よりもモリモリと平げ、デザートのアップルパイもニホール焼いたのに全て食べ尽くしてしまった。
翌朝は誠も少しだけ見回りに付き合い、昼食は村の屋台で済ませてからアレクセイ達とは別行動となった。村の店を見て回りたかったからだ。
予想通り、スルト領内のみのマジックバッグ便のおかげで店には魚介類が置かれてあった。誠は嬉々としてそれらを買い込むと、小走りで邸に戻って調理を開始した。
作るのはカフェ飯だ。鶏肉のグラタンに豆のサラダ、オニオンスープ。そしてメインはオムライスだ。本来ならオムライスの皿には唐揚げとエビフライも乗せたいところだが、オムライスを大盛りにしておかなければ彼らの胃は満足してくれない。なので、別の皿にこれでもかと唐揚げとエビフライを乗せることにした。
「…俺、やっぱマコトの店で働きたい」
賄い目当てなのか、夕食の場でポロリと零したレビの言葉に、皆が笑っていた。
予定通り村では三泊してから次の中継ポイントに向かうことになった。何度か嫌な気配を感知し、それが亜種だと分かると全員で討伐に向かう。
それを数度繰り返していたが、皆怪我がないことに喜びはすれど、自身の力を過信することはなかった。それは班長であるアレクセイが皆の気を引き締めているのか騎士団精神の賜物なのかは知らないが、誠にとっては感心する出来事だった。
なぜなら、旅の途中で冒険者パーティと何度か遭遇することがあったのだ。そしてその中の一つのパーティと、一悶着があった。
彼らは最近ランクが上がったのか、そのために装備を新調したと浮かれていた。そこで遭遇したのは、魔獣の中でもランクが高いコカトリスだ。
亜種でなくても、コカトリスの石化のブレスには細心の注意をしなければならない。なのに自分達のランクを過信したのか、冒険者パーティは無謀にもそのまま突っ込もうとしていた。
運良くそれを見かけたオスカーがコカトリスのブレスを風魔法で吹き上げたことによって彼らは難を逃れたが、誠にしてみれば「馬鹿だなぁ」の一言だ。
ランクが上がって浮かれるのは良いが、自信過剰になるのは命取りだ。彼らとアレクセイ班を見比べている誠にアレクセイが気付くと、首を傾げられたので誠はアレクセイにだけ聞こえるように言った。
「アレクセイが率いてるから、アレクセイ班は安心だね」
それを聞いたアレクセイは何も言わなかったが、しっかりと尾がブンブンと振られていたのを誠は見逃さなかった。
ミアーサ村から二つ村を中継して、着いたのは小麦栽培を中心としている村だった。ここまで来ると、アレクセイ達とは逆のルートを通っている班との合流地点まで残すところは半分となる。
皆の顔にも、少しだけ疲れの色が出てきているが、それでも彼らは弱音を吐くことはなかった。
「それが騎士団だからな」
アレクセイは何事もないように言ったが、誠はアレクセイ達の覚悟を知ったような気がした。
このトリゴ村では丁度領の騎士団が見回りに来ていたので、数日間、情報交換をしながら彼らと行動を共にすることになったようだ。ベージュ色の隊服はこの領特産の小麦を意味しているらしい。教えてくれたのは、アレクセイと顔見知りの団員だった。
「エメ!」
身体能力が優れているので、騎士団はどうしても獣人が多くなる。けれどオスカーにエメと呼ばれた彼は人間だ。オスカーは嬉しそうに、こちらにやって来た。
何でも騎士学校時代の同期なんだそうだ。以前アレクセイとオスカーは一つ違いの先輩後輩と聞いたことがあるが、エメもアレクセイの一つ下の後輩になるのかと誠は納得していた。
「久し振りだね、オスカー」
ルイージとはまた違った爽やかさを持つエメは、嬉しそうにオスカーと握手を交わした。
「ああ。二年振り…か?元気そうで良かったよ」
「そう言うオスカーも。アレクセイ先輩の下で、まだやってるのか」
「当たり前だ。班長の右腕の座は、誰にも渡さねぇぜ」
あまり広くない村内の逗留用の邸だ。屈強な男共が集まると、余計に狭く感じてしまう。レビ達も知り合いが居たのか、少し離れた場所で固まって話していた。
しかし、そろそろ夕飯の時間が近づいている。今日の夕飯はどうするのだろうと思っていると、アレクセイは誠の背中をそっと押して、廊下に連れ出した。
「何、もうお腹空いた?」
何の気無しにそう聞くと、アレクセイは項垂れたが肩を揺らしていた。どうやら笑いを堪えているみたいだ。
「…マコト、確かに俺は腹が減っているが、この場でその聞き方は良くないぞ」
「どうして?」
「必死に我慢しているんだ。察してくれると嬉しい」
顔を上げたアレクセイのアイスブルーは、ギラギラと輝いていた。
思い当たる節は、多々ある。前回の王都への旅とは違うのだ。夕飯前後の時間は皆少し気を抜いているが、今回の旅の目的は魔獣の亜種の討伐だ。またいつ魔素溜まりが発生するか分からないので、常に感覚を研ぎ澄ませておかなければならない。
緊張続きの旅だ。夜は一緒に寝ていても、そんなことをする余裕がないのは当たり前だった。
「…それ言うなら、俺も腹ペコなんだけど」
普段の食事でエネルギーを補える誠だが、アレクセイの精気は別腹なのだ。せっかく忘れようとしていたのに、それを揺さぶったのは目の前の狼だ。
全員ダイニングに集まっているので、廊下に出ている者は居ない。気付けば、誠の目の前にはアレクセイの顔がアップで映っていた。
しかし。
「アレクセイ様!」
廊下に少し高めの声が響いた。もう少しだったのにと誠は少しイラつきながら振り返ると、そこには白猫だろう小柄な獣人が、ドアの隙間からこちらを覗いていた。
彼もアレクセイの知り合いだろうか。誠はそう思ったが、名を呼ばれた当人は眉を顰め、恐ろしく低い声を出していた。
「…誰だ?」
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