Liar angel

藤美りゅう

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第一話

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ルカの目の前に何かが落ちてきた。

 先程まで行きつけのバーで飲み、路地裏の近道を気分よく歩いて帰っている途中だった。状況が掴めず、落ちてきた物体を確認してみる。
「人だ……」
間違いなく人であった。ほぼ全裸でかろうじて腰巻きのような物を身に付けていた。
 死んでいるかもしれない、だとしたら面倒だとその場を立ち去ろうとした。職業柄トラブルに巻き込まれるのはご免だったがとりあえず、生死の確認だけでもしておこうと仕方なく、
「お兄さん、生きてる?」
そう男の肩を揺すり顔を覗き込んだ。
「うう……」
どうやら息はあるようだ。そして、顔を見た瞬間息が止まった。
「!!」
 あまりにも整った顔に一瞬呼吸を忘れる。あまりにも美しかった。大袈裟である例えだとしても、この世の者とは思えない美しさだった。今、閉じられている切れ長の目が開いた時の顔を見てみたいと、興味をそそられた。そして、自分以上に美しいと思う人間に出会ってしまった。これほどまでに美しい人間が自分以外にいる事は許されるはずがない。
 ルカはモデルだ。しかも今最も美しい男性モデルと言われている。
(こんな奴がこの世に出てしまったら──)
そう考えが過ぎると落ちてきた男を抱え自宅に連れて帰っていた。

 男をベッドに寝かせる。それと同時に自分もベッドに倒れ込んだ。
「重かった……」
一八〇ある自分の身長より明らかに上背がある男を一人で抱えて帰るのは、なんとも重労働だった。
 男は相変わらず目を閉じたままで、胸元に耳を押し当ててみれば、ドクンドクン、と規則正しい心音が聞こえた。
「おい!起きろ!」
ルカは血色を失っている青白い頬を軽く叩く。
「うぅ……」
男は形の良い眉をひそめ、切長の目が徐々に開く。
 完全に男の瞳が開いた瞬間、ルカの足元から何かか這い上がってくる感覚に襲われた。それは心臓を貫き更に脳に刺さる様な感覚。
「ここは……」
キョロキョロと男は辺りを見回す。
「俺んちだよ。アンタ、空から降ってきたんだぜ?自殺でも試みた?」
「いや……違う……分からない」
「分からない?」
男は体を起こすと、ルカに視線を向けてきた。ゾクリ、と全身が震える。
「名前は?」
「名前……」
「まさか、分からないのか?」
「僕の名前は……ノエル……」
男はおずおずと答える。
「ノエル?なぜ落ちてきた?自殺でもしようとしたのか?」
「……分からない」
どうやら名前だけしか覚えていないらしく、思わずルカはブロンドの髪を掻きむしった。
「名前は覚えているのに、他は覚えていないのか?」
「名前は……大切な方からもらったもの。だから覚えてる……」
大切な方からもらった、とはどういう意味なのだろうか。名前は普通、親が付けてくれるものではないのか。ノエルにとって、それだけ名前に対する思い入れがあるのかもしれない。
「貴方はその大切な人に似ている」
記憶を失くしているのにもかかわらず、その『大切な人物』の記憶は少なからずある様だった。
「あしたになれば何か他にも思い出すかもしれない。今日は寝たらいい」
そう言ってルカはノエルを横にさせた。
「ありがとう……」
「俺はルカ」
「ルカ……ありがとう」
ノエルはそう言うと再び目を閉じた。

 結局──ノエルは名前以外の事を思い出す事はなかった。あれから一週間、ノエルは今もルカの家に居座っている。来た当初、ノエルは食事の仕方も風呂の入り方も歯の磨き方も、何一つできなかった。初めて食事を出した時、手掴みで食べ初めたのには驚いた。幼稚園児でもできる事がノエルにはできなかった。まるで幼児を育てている気分だ。

「ルカ、おかえりなさい」
撮影から帰るとノエルは必ず出迎えてくれる。まるで飼い主が帰ってきて喜ぶ犬の様で、思わず顔が綻ぶ。
「ただいま。飯は?」
そう尋ねると首を振る。
「何か頼もう」
 ノエルと住み始めて一週間がたち、ノエルの異常に整った顔にも慣れ始めていた。それでも、完全に耐性につくには時間がかかりそうではあったが。
 目の前でパスタと格闘するノエル。まだフォークをうまく使いこなせないのか、口の回りと白いTシャツはトマトソースで真っ赤になっている。
「ほらー!付いてるって!あーあ、もう……!下手くそだな!」
そう言ってルカはノエルの口をティッシュで拭いてやる。
「それ食べたらシャワーな」
「うん」
 ノエルの見た目は十代後半から二〇代半ばくらいに見えたが、精神年齢はもっと幼く感じる。年相応に見える事もあれば、時には五~六歳に感じる事もあり、どれもあやふやで年齢不詳だった。

ノエルは、ルカのことばを全て信じて受け入れた。

『ノエルの顔は醜いから見た人は驚いてしまう。だから人と会わない方がいい』
我ながら酷い事を言っている自覚はある。とにかくノエルを人目に晒したくなかった。部屋中の鏡を撤去したが、窓ガラスまではさすがに無理だったが、ノエルはルカのをことばを信じ、ガラス窓に映った自分の姿は醜いものだと思っている様だった。
(まるで監禁だ)

ノエルの美貌はきっと、人を狂わせる。
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