僕に恋した君に捧ぐ、七分間

藤美りゅう

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後編

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 (このままじゃ、まずい……)
 大輔の気持ちが勘違いである事を気付かせようとしていたはずなのに、自分が大輔を好きになってしまうのも時間の問題だと思った。

 次の日
 いつもの挨拶を交わすと、
「大輔くん、会うのは今日で最後だ」
 そう言った。
「え……?なんで、ですか?」
 大輔は思いもしなかったのだろう。見開いた目で薫を見つめている。
「明日から乗る時間変えることにしたから。もう、気付いたんじゃない? 僕に対するその気持ちが、恋ではないって事に」

 その言葉に大輔は薫の腕を強く掴んできた。
「恋ですよ! あなたに恋しています! あなたは俺の心が読めるんですか?! なんで、あなたが俺の気持ちを否定するんですか……?」
 そう言って、大輔は静かに涙を流した。泣く大輔を見て、薫の心は心臓を掴まれたように酷く痛んだ。
「君は……胸を張ってゲイだと言える? 友達にも家族にも」
 掴まれていた腕をそっと解くと、その手を握った。
「同性愛者として生きていくっていうのは、君が考えているより過酷だ。未だに偏見の目はあるし、家族や友達にも嘘をつかなければならない。ずっと、罪悪感を抱えたまま生きていくんだ。君にそれができる?」
 今まで真っ直ぐに生きてきた大輔にしてみれば、きっと耐えられるはずはないと思った。
「薫さんはもしかして……」
「ああ、僕はゲイだよ。だから、同性愛者として生きていく辛さは知っているつもりだ」
「だったら俺があなたを幸せにします! 親にも友達にも、俺は胸を張って薫さんを好きだって言えます!」
 大輔は薫を抱きしめた。

「だから──」
 大輔の肩を押し、距離を取ると、
「そんな甘いものじゃないんだよ! 未成年で、まだご両親の援助がないと何もできない子供のくせに!」
 大輔の思いが、その場限りの薄っぺらいものに思え苛立ちを感じた。
「頭を冷やして、少し考えなさい。とにかく、会うのは今日で終わり」
 そう告げると、目の前に止まったバスに乗り込んだ。席に座り、大輔がまだ座っているベンチに目を向けると、彼は体を小刻み震わせ、声を押し殺して泣いていた。
 (大輔くん……)
 扉が閉まり、バスが発車すると薫もまた、静かに泣いた──

 自分には荷が重すぎる。この先の大輔の人生を、自分が握っている様に思えてならないのだ。大輔の気持ちを受け入れた瞬間、大輔は同性愛者になってしまう。
 結局、自分は逃げた。自分と出会った事で同性愛者になってしまった、という責任を負いたくないのだ。初恋の相手が、十歳も年上の男だなんて、大輔の人生に傷が付くとしか思えなかった。
 それでも自分は、大輔を好きになるのに充分な時間を過ごしてしまっていた。
 たった、一日七分間の逢瀬。男同士で逢瀬と呼ぶのは違うかもしれないけれど、ゲイである自分には大輔との時間は逢瀬だと呼べた。

 それから、二週間が過ぎた。
 バスは一本遅い時間にした。会社に着くのがあまりにもギリギリで避けていたが、致し方ない。
 あれから大輔とは会ってはいない。
 大輔との七分間の逢瀬は夢だったのではないかと思い始めている。
 大輔には《普通の人生》を送ってほしい。女性を好きになれるのなら、辛い思いをしてこちら側の人間になる必要はない。若い大輔ならまだ、方向転換できるはずだ。
 それでも、大輔と過ごしたあの幸せな七分間は、薫にとって宝物だった。その大切な時間を失くした薫の心には、ポッカリと穴が開いてしまった。

 定時で退社し、バスに乗る。今日は朝から雨が降り、夕方からは雪になる予報だとあって、外は随分と冷え込んでいる。
 こんな寒くても、大輔は部活をしているのだろうか──
 つい大輔の事を考えてしまう。

 バスを降りると、余りの冷え込みに思わず首を窄め傘を差した。前に視線を向けると見覚えのある詰め襟が目に入った。
「大輔、くん……」
 黒い傘を差し、じっと佇む大輔だった。
「薫さん」
 発した大輔の声は震えていた。大輔は傘を傾け顔を隠す様にし、今どんな顔をして自分の前に立っているのか分からない。
「何してるの!」
 薫は咄嗟に大輔に駆け寄っていた。
「こんなに冷えて……!」
 無意識に大輔の頬に手を当てると、氷のように冷たく、そして涙の跡があった。
「薫さん……俺……俺、やっぱり薫さんが好きです。どうしても諦められません……」
 そう言って、大輔は子供のようにポロポロと涙を溢した。
「……おいで」
 薫は大輔の手を取ると、手の冷たさに驚く。一体いつからここにいたのだろうか。

 薫は自分のアパートに大輔を招き入れる。大輔は玄関先で立ち尽くしており、状況が飲み込めていない様に見えた。
「上がって。部屋すぐ温めるから」
 大輔をソファに座らせると、
「コーヒー、ココア、紅茶、何がいい?」
「……コーヒー」
 自分の分と大輔のコーヒーをテーブルに置くと、大輔はマグカップを両手で持ちホッとしたように顔を綻ばせた。ひと口カップに口を付けると、大輔はそっとマグカップを置いた。
「俺、あれから考えました」
「うん」
「やっぱり、あなたが好きで、触れたいしキスもしたいしそれ以上もしたい」
 考えたのがそこか──と少しがっかりするも、更に大輔は言葉を続けた。

「俺は薫さんを好きになった事を、一ミリも後悔していないし、好きになって良かったと思ってる。もし、薫さんが女の人だったら好きになっていなかったかもしれない。男である薫さんだったから、きっと好きになった」
 その言葉に、堪らず薫の目から涙が溢れた。

 まだ子供と言える大輔が、一生懸命悩み考え出した答え。ゲイである事で後ろ暗い人生を歩んできた薫にとって、大輔が言ってくれた言葉こそが、ずっと欲しかった言葉だ。

 もう、自分に嘘はつけない、そう思うと自然と言葉が溢れた。
「ありがとう……僕も君が好きだよ」
 言った瞬間、大輔は立ち上がり自分の後ろに立ったと思うと、後ろから強く抱きしめられた。薫は大輔の方に向きを変えると、その逞しい胸に体を預け背中に腕を回し、薫もまた大輔を強く抱きしめた。

「絶対に幸せにします!」
 大輔は真っ直ぐに自分を見つめ、そのまま顔が近づいてくるとキスをされた。最初は啄むような軽いキスだったが、徐々に深くなっていき、いつの間にかシャツの下から大輔のゴツゴツとした手が侵入してきていた。
「だ、だめ……! これ以上は、高校卒業してから!」
「じゃあ、キスは許してくれますか?」
 そう言ってまたキスをされ、ガッチリと拘束される。
「わ、分かったよ……!」
 力では到底叶うはずもなく、そう言わない限り大輔の腕が解けるとは思えなかった。
「愛しています」
「子供のくせに一丁前なセリフ言って!」
 そうは言ったが、ジワジワと幸せな気持ちが込み上げてくる。照れを隠すように大輔の逞しい胸に顔を埋めた。

 初恋は叶わないと言うけれど、大輔の初恋は叶えてやりたいと薫は思った。
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