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しおりを挟む一面の世界は幼い頃から変わらない。薄紅に染まり、けぶり、呑み込みそっと空気までひたしてゆく。
「───……」
亡き父が眠る土地は今も昔も美しかった。───その事実に、今も心から安堵する。
傍らにともりはいない。気を遣ってくれたのだろう……あとでお礼を言おう。
(桜介、ね……)
桜という文字を名に持つミユキにとっての『恋人』。───そう呼ぶのが許されるのなら。
(───これもまた、縁かな)
同じ文字を持つから。───他人が聞いたら何故、と笑ってしまうかもしれないことだけれど。
自分にとってそれは、……意味のある縁だった。
「……ここか」
聞いていた住所通りの場所。表札には『世良』とあり、間違っていないことを示していた。
チャイムを押そうと手をのばしかけた時、ふと庭先で何かが動いた。なんだろうと眼を向けて───
「……!」
門を開け庭に飛び込んだ。桜の木の下に蹲るひとに駆け寄って、
「大丈夫ですかっ……!」
「え?」
こちらの声に対してすぐに反応しぱっと顔を上げたひと。───恐らくこのひとがセラ カヨコさんのはずだった。
「あ……すみません、具合が悪いのかと……」
「あ……ごめんなさいね、ややこしいことをしちゃったわね」
「いえ。……いきなり失礼致しました」
「いえいえ、ありがとう。具合はいいのよ、大丈夫。……落とし物をしてしまったようで、探していたの」
困ったような微苦笑。───地面に膝を着いて探していたのはきっと、見失ってしまうくらい小さなもの。
「……」
ポケットにある小さな指輪。今目の前で細い指を照れたようにはたはたと振る穏やかな歳を重ねた女性。
「……セラカヨコさんですよね。私、ミカゲユキと申します。以前の姓はヒイラギで……」
「まあ……! ヒイラギのお孫さん……!」
もうヒイラギを名乗る一族はこの土地にはいない。父も祖父母も亡くなってしまった。以前はヒイラギを名乗っていたミユキと母も今は再婚に伴いミカゲ姓になっている。
それでも、ミユキがヒイラギの子であることは確かだった。
「確かにこの髪の色、ヒイラギのお家の色ね……ああ、懐かしい。そう、こんな綺麗な色をしていたのよね……」
懐かしそうに面映ゆそうにミユキの髪を見る女性の目には確かにあたたかさが宿っていた。───ミユキの髪は陽に当たるとふわりと極端に色を変える。父方の遺伝であるそれは、さまざまなひとから印象的だと言われていた。
「ヒイラギさん、あ、ユキさん。ごめんなさいね、お茶をお出ししたいのだけれど、今探しものをしていて───」
「一度、少し休みませんか」
静かにミユキは言った。
「ずっとあの姿勢でいるのは大変なので……」
「……そう、ね。身体も大事にしなくっちゃね……」
身体も。───心を大事にするための、探しもの。
セラはにこりと微笑んだ。
「やっぱり、お茶をお出ししてもいいかしら?」
「ありがとうございます。ご馳走になります」
ミユキはほっとしながらセラが家に戻るのを手伝った。
庭に面した縁側は日当たりがよく穏やかだった。大きな桜の木を見上げながら時間が過ごせるのは───とても良い。
「お待たせしました。さあさ、どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
お茶とお茶菓子を持って来てくれたセラがお盆を挟んだ隣の座布団に座った。お茶はやわらかな湯気を生み、ほのかなピンク色のさくらもちが季節を更に色付かせる。
「ああ、本当に懐かしいわ。───あなたのおばあさんとはお友だちだったの。昔ここでお茶をして……」
「祖母が……」
記憶に残る祖母は穏やかなやさしいひとだった。ここにこうして並んで座ってお茶をして───今はミユキがここにいる。
「……ありがとうございます」
「いえ、いえ。……ユキさんは、シズカさんに雰囲気が似ているわねえ……」
懐かしいわ、と目を細めるそのひとがやわらかく紡いだ祖母の名前。……確かにここにヒイラギの家はあったんだと、そこで暮らしていたのだと思わぬところからそっと示された気がして、───胸が詰まった。
「祖父とは……」
「ああ、マドカさん。マドカさんとうちのひとが仲良しでね……二人とも今あちらで将棋を指しているんじゃないかしら」
ちらりと目線が行った先にあるのは仏壇だった。桜の本当に小さな小枝がグラスに挿してある。さくらもちもそこに供えられていた。
記されている名前は───
「───ケイスケさんと仰るんですね」
「ええ。子供がリョウスケ、孫がオウスケなの」
楽しそうに微笑むその人にミユキも微笑んだ。お茶を一口飲む。
「さっき、なにを探してらっしゃったのでしょうか?」
「ああ……指輪をね、失くしてしまって……」
「指輪……」
セラの細い指を見つめる。左手の薬指には金の結婚指輪が嵌っていた。
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