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2、夢みる人形
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☆
その日の夜も、ノノはいつのものように夜空をトントンと歩いていました。
今夜はもうたくさんの夢を食べたので、お腹もだいぶふくれています。
「今日はバレエコンクールで踊る女の子の夢がとくにおいしかったわ。甘くて、ふわふわしていて。お父さんに怒られる男の子の夢はいまいちだったけど」
そんなことを考えながら夜空を歩いていると、西のはずれにある大きなお家が目にとまりました。
「あらあら。ずいぶん大きなお家だこと」
それは、まわりにあるお家よりも、ずっとずっと大きなお家でした。
「あれだけ大きなお家に住むのだから、きっとお金もちなのでしょうね」
さて、さて。お金もちの人は、いったいどんな夢を見るのでしょう。
「きっとキラキラしていて、おしゃれな夢を見ているのにちがいないわ!」
それは、どんな味がするのでしょう。
「とってもおいしいはずよ! きっと、すごくおいしい夢!」
ノノは目を輝かせると、お腹がいっぱいなことも忘れて、夜空から西のはずれの大きなお家へトントンとおりていきました。
お家の中に入ると、たくさんの階段とたくさんのお部屋がありました。
ところがどうしたことか、どのお部屋をのぞいてもだれもいません。
タンスや本棚、テーブルやイスといった家具さえないのです。
「だれも住んでいないのかしら」
ノノは首をかしげかしげ、いくつかの階段をのぼり、いくつものお部屋をのぞいてまわりました。
そして、大きなお家の奥の奥、いちばん小さなお部屋で、ようやく古びた子ども用のベッドを見つけたのです。
いったい誰が眠っているのでしょう。
ノノは音をたてないようにベッドへ近づいていきます。
ワクワクしながら、そっとベッドをのぞきこむと――
「まあ!」
ノノはおどろいて声をあげてしまいました。
ベッドに眠っていたのは子どもではなく、お人形だったのです。
それは、愛らしい、でも、ずいぶんと古いドレスを身につけたビスクドールでした。
とても良く作られたお人形で、ノノはついつい見とれてしまいます。
夜とおなじ色をした黒髪はひろげた扇のようにベッドを飾り、胸のうえでかさなっている白い手はまるで祈っているかのよう。長いまつげの両目はきゅっと閉じられていて――
「なんだか本当に眠っているみたい」
ノノはうっとりとしながら、お人形のおでこを優しくなでました。
そのとたん、なんとも不思議なことがおこりました。
お人形のおでこから、あの小さな白いモヤモヤが浮かび上がってきたのです。
「まあ、夢だわ!」
そう、夢です。
お人形が夢をみているのです!
「こんなことって、あるのかしら」
ノノはおどろきながらも、ゆっくりと、ていねいに、人形のおでこを、ツイ、ツツイとなでて夢をとり出していきます。
そうしてとり出した夢に映っていたのは、かわいらしい女の子がこのお人形と遊んでいる光景でした。
女の子はお人形の服を着替えさせたり、アクセサリーをつけたり、夜色の長い髪をくしですいたりして、とても楽しそうです。お人形も気持ちよさそうに女の子のされるがままになっていました。
心がほんわりとする幸せそうな夢でしたが、そこへ急に、男の人が登場しました。どうやら女の子のお父さんのようです。
お父さんは何かをいいながら女の子の手をとると、あっという間にお部屋から出ていってしまいました。
つれていったのは、女の子だけ。お人形はベッドに残したまま。
とても悲しい夢です。
「かわいそうに。あなたは、女の子に置いていかれてしまったのね」
ノノがつぶやくと、ふいに夢の中のお人形が目を開いて、その青い宝石のような目をノノに向けました。
「わたしの夢をのぞている、あなたはだあれ?」
お人形はちいさな声で聞いてきました。ノノはおどろきましたが、それでもゆっくりと落ちついて答えます。
「あたしはノノ。夢をたべる『ゆめくい』よ。あなたはお人形なのに、夢を見るのね」
「大切にされたお人形には心が生まれるの。夢だって、もちろんみるわ」
「大切にされていたの?」
「ええ。とても」
「本当に?」
ノノは首をかしげてお人形に言いました。
「だって、あなたは女の子においてかれてしまったじゃない」
大切にされていたのなら、いっしょにつれていくはずです。おいていかれたということは、もうお人形はいらなくなったということではないでしょうか。
けれどお人形は、夢の中で首をふって言いました。
「あの子は、お父さんとちょっとお出かけをするだけだと思っていたの。もうここへ帰ってこないだなんて、思ってもみなかったのよ」
「女の子は、お引っこしをしたの?」
「ええ。どこか遠いところにね。もしかしたら近くかもしれないけど、どこにも行けない人形のわたしにとっては同じことよ」
「それじゃあ、あなたはもう女の子に会えないのね」
ノノが悲しそうにいうと、夢の中のお人形は青い目をパチパチとさせてノノを見つめました。
「ねえ、ノノ。あなたは夢を食べる『ゆめくい』なのよね」
「そうよ」
「ひょっとして、わたしのこの夢も食べるのかしら?」
「ええ、もちろん」
「でも、まって。今のわたしの夢を食べても、悲しい味がするばかりで、ちっともおいしくないわ。きっと、世界でいちばんまずい味がするはずよ」
世界でいちばんまずい味って、いったいどんな味かしら。
ノノは興味をおぼえましたが、もちろん食べたいとは思いません。
「そんな夢、食べたくないわ」
「そうでしょう。そうでしょう。でも、わたしがもう一度あの子に会えたなら、わたしの見るこの夢は、きっと世界でいちばんすてきな夢になるわ」
「世界でいちばんすてきな夢?」
「世界でいちばんすてきな夢」
世界でいちばんすてきな夢って、いったいどんな味かしら。
ノノはもちろん、食べてみたくてしかたありません。
「それは、ぜったいに食べてみたいわ!」
「それなら、わたしをもう一度あの子に会わせてちょうだい。そうしたら、このわたしの夢を、世界でいちばんすてきな夢を、あなたにあげる」
「でも、どうやって見つければいいのかしら」
「あの子はわたしを置いていってしまって、とても悲しんでいるわ。きっと毎晩、わたしの夢をみているはずよ」
「それじゃあ、あなたの夢を見ている女の子をさがせばいいのね」
「ええ、そうよ」
「その子のところへつれていったら、世界でいちばんすてきな夢をくれるのね」
「ええ、そうよ」
「いいわ!」
ノノはすっかりやる気になって、お人形と約束をしました。
「あたしが、あなたをその子のところへつれていってあげる!」
その日の夜も、ノノはいつのものように夜空をトントンと歩いていました。
今夜はもうたくさんの夢を食べたので、お腹もだいぶふくれています。
「今日はバレエコンクールで踊る女の子の夢がとくにおいしかったわ。甘くて、ふわふわしていて。お父さんに怒られる男の子の夢はいまいちだったけど」
そんなことを考えながら夜空を歩いていると、西のはずれにある大きなお家が目にとまりました。
「あらあら。ずいぶん大きなお家だこと」
それは、まわりにあるお家よりも、ずっとずっと大きなお家でした。
「あれだけ大きなお家に住むのだから、きっとお金もちなのでしょうね」
さて、さて。お金もちの人は、いったいどんな夢を見るのでしょう。
「きっとキラキラしていて、おしゃれな夢を見ているのにちがいないわ!」
それは、どんな味がするのでしょう。
「とってもおいしいはずよ! きっと、すごくおいしい夢!」
ノノは目を輝かせると、お腹がいっぱいなことも忘れて、夜空から西のはずれの大きなお家へトントンとおりていきました。
お家の中に入ると、たくさんの階段とたくさんのお部屋がありました。
ところがどうしたことか、どのお部屋をのぞいてもだれもいません。
タンスや本棚、テーブルやイスといった家具さえないのです。
「だれも住んでいないのかしら」
ノノは首をかしげかしげ、いくつかの階段をのぼり、いくつものお部屋をのぞいてまわりました。
そして、大きなお家の奥の奥、いちばん小さなお部屋で、ようやく古びた子ども用のベッドを見つけたのです。
いったい誰が眠っているのでしょう。
ノノは音をたてないようにベッドへ近づいていきます。
ワクワクしながら、そっとベッドをのぞきこむと――
「まあ!」
ノノはおどろいて声をあげてしまいました。
ベッドに眠っていたのは子どもではなく、お人形だったのです。
それは、愛らしい、でも、ずいぶんと古いドレスを身につけたビスクドールでした。
とても良く作られたお人形で、ノノはついつい見とれてしまいます。
夜とおなじ色をした黒髪はひろげた扇のようにベッドを飾り、胸のうえでかさなっている白い手はまるで祈っているかのよう。長いまつげの両目はきゅっと閉じられていて――
「なんだか本当に眠っているみたい」
ノノはうっとりとしながら、お人形のおでこを優しくなでました。
そのとたん、なんとも不思議なことがおこりました。
お人形のおでこから、あの小さな白いモヤモヤが浮かび上がってきたのです。
「まあ、夢だわ!」
そう、夢です。
お人形が夢をみているのです!
「こんなことって、あるのかしら」
ノノはおどろきながらも、ゆっくりと、ていねいに、人形のおでこを、ツイ、ツツイとなでて夢をとり出していきます。
そうしてとり出した夢に映っていたのは、かわいらしい女の子がこのお人形と遊んでいる光景でした。
女の子はお人形の服を着替えさせたり、アクセサリーをつけたり、夜色の長い髪をくしですいたりして、とても楽しそうです。お人形も気持ちよさそうに女の子のされるがままになっていました。
心がほんわりとする幸せそうな夢でしたが、そこへ急に、男の人が登場しました。どうやら女の子のお父さんのようです。
お父さんは何かをいいながら女の子の手をとると、あっという間にお部屋から出ていってしまいました。
つれていったのは、女の子だけ。お人形はベッドに残したまま。
とても悲しい夢です。
「かわいそうに。あなたは、女の子に置いていかれてしまったのね」
ノノがつぶやくと、ふいに夢の中のお人形が目を開いて、その青い宝石のような目をノノに向けました。
「わたしの夢をのぞている、あなたはだあれ?」
お人形はちいさな声で聞いてきました。ノノはおどろきましたが、それでもゆっくりと落ちついて答えます。
「あたしはノノ。夢をたべる『ゆめくい』よ。あなたはお人形なのに、夢を見るのね」
「大切にされたお人形には心が生まれるの。夢だって、もちろんみるわ」
「大切にされていたの?」
「ええ。とても」
「本当に?」
ノノは首をかしげてお人形に言いました。
「だって、あなたは女の子においてかれてしまったじゃない」
大切にされていたのなら、いっしょにつれていくはずです。おいていかれたということは、もうお人形はいらなくなったということではないでしょうか。
けれどお人形は、夢の中で首をふって言いました。
「あの子は、お父さんとちょっとお出かけをするだけだと思っていたの。もうここへ帰ってこないだなんて、思ってもみなかったのよ」
「女の子は、お引っこしをしたの?」
「ええ。どこか遠いところにね。もしかしたら近くかもしれないけど、どこにも行けない人形のわたしにとっては同じことよ」
「それじゃあ、あなたはもう女の子に会えないのね」
ノノが悲しそうにいうと、夢の中のお人形は青い目をパチパチとさせてノノを見つめました。
「ねえ、ノノ。あなたは夢を食べる『ゆめくい』なのよね」
「そうよ」
「ひょっとして、わたしのこの夢も食べるのかしら?」
「ええ、もちろん」
「でも、まって。今のわたしの夢を食べても、悲しい味がするばかりで、ちっともおいしくないわ。きっと、世界でいちばんまずい味がするはずよ」
世界でいちばんまずい味って、いったいどんな味かしら。
ノノは興味をおぼえましたが、もちろん食べたいとは思いません。
「そんな夢、食べたくないわ」
「そうでしょう。そうでしょう。でも、わたしがもう一度あの子に会えたなら、わたしの見るこの夢は、きっと世界でいちばんすてきな夢になるわ」
「世界でいちばんすてきな夢?」
「世界でいちばんすてきな夢」
世界でいちばんすてきな夢って、いったいどんな味かしら。
ノノはもちろん、食べてみたくてしかたありません。
「それは、ぜったいに食べてみたいわ!」
「それなら、わたしをもう一度あの子に会わせてちょうだい。そうしたら、このわたしの夢を、世界でいちばんすてきな夢を、あなたにあげる」
「でも、どうやって見つければいいのかしら」
「あの子はわたしを置いていってしまって、とても悲しんでいるわ。きっと毎晩、わたしの夢をみているはずよ」
「それじゃあ、あなたの夢を見ている女の子をさがせばいいのね」
「ええ、そうよ」
「その子のところへつれていったら、世界でいちばんすてきな夢をくれるのね」
「ええ、そうよ」
「いいわ!」
ノノはすっかりやる気になって、お人形と約束をしました。
「あたしが、あなたをその子のところへつれていってあげる!」
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