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第一章 外れスキル【レバレッジたったの1.0】

1-25 バトルジャンキーのじゃらし方

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「ヒントだけくれよお。
 それって一発食らったら致命的なものなの?」

「さあ、そいつはわからないな。
 だって君が、どれだけ『固い』のかわからないじゃないか」

 くそ、こいつは俺の固さを試す気満々だ。
 冗談じゃねえぞ。

 いくら俺の体に頑強さにまでレバレッジがかかっているとはいえ、こんな奴が殺しにかかってきたら一溜りもない。

 やるか、やるしかないのか。
 派生スキルの試運転は、その性格上、一発撃たせたその後で頑張るしかないな。

 その時に俺がまだ生きていたらの話なのだが。
 ここは絶対にへたを打てない。

「先輩、それではスキル【レバレッジやっとのことで4.0】参る」

「へえ?」
 彼は目論見通りに俺の示したスキル名に興味を示したようだ。

 やった、いきなり向こうからの先制攻撃はない。

 この絶望と言う名のデスマッチ・リングの中で、少し気をよくした俺は続けて俺は唱えた。

「【運命のサイコロ】と【マグナム・ルーレット】発動」

 スキル発動なんて口で言う必要がないにも関わらず、わざわざスキル名を叫ぶのは、こいつの興味を引きたい一心からだ。

 頼むから、俺の事を生かしておく方が楽しみだと言う方に分類してくれ。

 興味の持てない虫けらの方へ分類して、その場で踏み潰すのはやめてくれ。

 そしてサイコロは回った。

 俺の、他人の眼からはまるで宙を真剣に見つめているようにしか見えない様子を、彼は左手を胸前に置いて、その手の平の上に右腕の肘を置いて手の甲に顎に乗せて興味深げに眺めていた。

 くそ、その一見優雅で無造作なポーズの一つ一つが、俺を死の国に誘う死神の大鎌にも等しい物なのだ。

 そして、サイコロの目が出た。
 運命の出目である六が!

 ここ一番のヤバイ賭けであったサイコロ勝負は、なんとか凌いだか。

 それも一瞬の事に過ぎないのだろうけど。

 そしてこれまた続けてマグナム・ルーレットの出目が六を叩き出し、この運命を決める地獄の判決を待つシーンで、蜘蛛の糸のようにか細いような、逆転に繋がる小さな奇跡を演出した。

 まさかの6×6の霊異。

 この瞬間、何かのスイッチが入り、俺の力・速さ・耐久力・回復力その他が、レバレッジ4.0×ルーレットの出目6で通常の二十四倍となった。

 十分間のみの奇跡のタイムアタックが始まった。

 生き残れるかもしれない。

 そんな微かな希望の発露、油断と言う名の弛緩が俺の顔を覆った刹那に、そいつは俺の首を真剣な表情で掴み上げていた。

 俺の足は大地を離れ、通常の二十四倍もの脚力が無様に宙を無力に足掻いた。

 しかも腕の曲げ方を工夫した、俺が見事に力を殺される感じの猫背になるような態勢で。

 これでは碌に相手にキックする事さえできない。

 単に首を締めあげられているだけで、俺はそこまで無力化されていた。

 そんな器用な持ち方は上手く力が入らないだろうに、俺をぐいと持ち上げたまま先輩は、その体勢を微塵も揺るがない形で維持していた。

 なんという信じられない技量か、そして圧倒的なパワー。

 俺は気力さえも果てて、心が深奥に沈んでいくのを感じていた。

 先程までは僅かに存在していただろう、希望の蜘蛛糸を掴み取る事など敵わぬ深さまで。

「それで?」
 俺は言葉も出ない。

 イカレていやがる、こいつ。

 今はっきりと理解できた。
 こいつは強すぎるが故に、他に強者を求めているのだ。

 しかも圧倒的な、おそらくは自分を越える強さを持ったほどの奴を。

 それしか彼が認める対象ではないのだ。
 弱い奴には用が無い。

 ダンジョンに無装備で来るのも、そうしないと楽しめないからだ。

 駄目だ、こいつはおそらく噂に聞く踏破者!

 ダンジョンの底を制覇してしまった強者の中の強者なのだ。

 それで俺が知らないのか。
 きっと普段は深い階層に潜りっぱなしなのだ。

 そんな凄い奴がいると噂では聞いていたのだが、こいつは強すぎるあまり完全に壊れてやがる。

 そして俺は彼を失望させてしまったのだ。

 俺の4×6×6の力は、彼の価値観に欠片も届かないほど、にあまりにも鮮少だった。

 終わりだ、何もかも。

 今の俺は最後のサイコロの出目がもたらしてくれる奇跡を待つしかできない、無力で瑣細ささいな虫けらに過ぎなかった。

 そして、その絶望的なまでにか細い一縷の希望は、この前の件からして、明らかに結果が出るまでタイムラグがある性質なのだ。

 本日も、やはりまだ発動していない。
 いや発動はしているのだろうが、その効果が俺のいる現場に到達していないのだ。

 何かは起こっているはずなのだ。
 その時間稼ぎのために、俺は敢えて俺を絞首刑に処している件の狂人を挑発してやった。

「殺れよ、先輩。
 俺のスキルについて何も知らないくせに。

 俺のスキルが成長した暁には、お前なんか一発でぶち殺してやれたのに」

 俺の静かな台詞と、奴を真っ直ぐに見つめ返す、俺の力を失っていない目の光に、奴はその台詞から真実味を感じ取ったようだ。

 俺を宙に浮かせていた力が少し緩む。
 突然に呼吸が少し楽になって、俺は軽く咳き込んだ。

 よっぽど逃がしたくないのか、俺の足は完全にべったりとは地面につけさせてくれない。

 俺はなんとか爪先立ちで体重を支えて呼吸を確保して、改めて敵を観察する余裕ができた。

 先輩、俺よりも少し足が長いな。
 見たところ俺より五センチくらいしか背が高くなかったのによ。

 腕も長いみたいだから、リーチの違いから剣で切り合いはしたくねえ。
 彼が剣を持っていなくて幸いだった。

 まあ、それ以前の圧倒的なまでの能力差が問題なんだけど。
 そして彼は涼やかなる声で物静かに訊ねてきた。

「では、今お前に何ができる?」

「しばらくお待ちください。
 としか言いようがないな。

 最後の奇跡は、発動までに少々時間がかかるんでね。
 まあ、せっかちな先輩向きじゃないのかもしれんが、今俺を殺したらそれを見られなくなるぜ」

「では言い方を変えよう。
 何が起こる?」

 問いかけとよりは、むしろ楽しむかのような声音だった。

 少しは俺を縛っていた緊張の枷が緩んだ。
 どうやら彼は、目論見通りに俺に興味を持ってくれだしたようだった。

「それがわかったら俺も苦労はしないってタイプの奴なんでね。
 俺自身もとっても楽しみなのさ。

 それで先輩を倒すのは無理かもしれないが、先輩に俺の可能性を認めさせる事くらいはできるかもよ」

「ほお、では楽しみに待とうじゃないか」

 うーむ。
 でもその間、俺はずっと半宙づりなのね。
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