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第一章 幸せの青い鳥?
1-30 身分証
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王太子殿下は皆の苦労を十分労ってから帰っていかれたので、後には騎士団の面々だけが残された。
「さて、朝っぱらからナイスガイな王太子殿下の御尊顔も拝めて望外に眼福であった事だし、後の本日の予定は騎士団の馬達と目いっぱい遊ぶだけですね!」
「そう言い切るところが、またサヤらしいな」
「初対面の王太子殿下相手にも、まったくブレていませんからね。
まあいいわ。
あちこち回りながら行きましょうか」
「イエス、マム」
そして、まず連れていかれたのは洗濯場だった。
「う、なんか匂う。
山盛り溜まってますよ、洗濯物。
しかも、ヤバそうな奴が!」
まさか、騎士団でくれる仕事ってこれの事~?
これだけは絶対に回避したい。
部活のマネージャーじゃないんだからね!
「あっはっは、それはないから安心しなさい」
どうやら顔に書いてあったようですね。
「そもそも、そんな物は浄化の魔法でなんとか出来るような物だから、ここの騎士で臭っている奴なんていないわよ。
王国騎士団にそんな奴がいたら大変でしょ。
というか、そのような不埒者がいたら、この私が絶対に許さないわ」
ああ、そんな怠慢で大馬鹿な奴がいたら、ベロニカの姐御が生かしてはおかないよね。
「じゃあ、これはナニ」
私は鼻を摘まんで、その山と積まれた汚物の群れを指差した。
「それは鍛練のために、若い騎士達にあえてやらせているのだけれど、ここのところ団旗騒動で大変だったので忘れ去られていたのではないでしょうか。
後で言って片付けさせます」
「うーん、朝っぱらから何か爽やかでない物を拝んでしまった。
ここは仕方がないので、あのナイスガイな王太子殿下の御尊顔を思い出してなんとか凌ごう」
「うーん、確かにこいつは少し予想外でした。
私も少し精神的なダメージを受けましたよ」
「お次は?」
「あなたの身分証を取りに。
昨日はドタバタしていて、事務処理の部署まで行けませんでしたからね」
「そうでした~」
一番大事な用件じゃないですか。
まあ、既に身分証は一ついただいてあるので余裕ですが。
「こっちよ、サヤ」
その『汚物置場』を去り、本部のやや広めの通路を辿って、事務所のような場所へと着いた。
また来る事になるといけないので、よく覚えておこう。
ここって案内板がないんだよね。
ベロニカさんは、そこにいた眼鏡をかけている、茶髪おさげの二十代後半くらいの女性に話しかけた。
「こんにちは、サリー。
例の身分証を取りに来たのだけれど。
受け取る本人も一緒よ」
「ああ、例の副団長から依頼された奴か。
もう出来てるよ。
へえ、その子か」
そして机の上でピシっと縁に対して直角に置かれていた、その定期券のパスカードのような物を渡してくれた。
非常にしっかりとした革製で、なんというかFBIが使う身分証のような二つ折りになった立派な物だった。
『全員、そこを動くな。王国騎士団の者だ』なんてね!
「こいつは絶対に無くさないようにね。
そいつは特別発行する特殊な物で、発行するには王宮の許可が必要なので再発行が非常に面倒臭いものだから。
元王子様で公爵家の跡取りでもある、うちの副団長だからこそ速攻で発行を決定できるという裏技的な代物だからね。
本来なら絶対に無い物なのさ」
「あ、ありがとうございます。
普段は必要ないので収納に入れたままにしておきます」
そんな凄い物だとは知らなかった。
てっきり、騎士団で紙切れ一枚をさっと書いてくれるだけだと思っていたのに。
「へえ、なるほど。
あの副団長預かりだけあって、普通じゃない訳あり人士っていう事か。
パッと見に、そうは見えないけどねえ。
むしろ、何もかもが緩すぎる」
また言われてしまった。
まあそういう扱いにも慣れましたけどね。
「まあいいや。
また何か事務的な問題があって、騎士団の連中がいない時は、あたしのところへおいで。
あたしはサリー・クレストン。
こう見えて、王宮にも結構顔が利くんだ。
よろしくな、嬢ちゃん」
「あ、よろしくお願いします。
サヤ・アドです」
「ああ、頑張んな」
なかなか仕事が出来そうな人だった。
貴族ではないが、切れ者っぽい印象だ。
ああいう、いきなり申し付けられた裏技みたいな仕事を、ほいほいとやってしまえる能力があるらしい。
それから医務室のような場所へと向かった。
「あんたは自分で回復魔法が使えるから多分ここに用はないと思うが、一応案内しておこう。
むしろ、能力が高ければここで働いてもいいくらいだ」
「さあ、回復魔法は習っただけで、まだ一回も使った事がないもんで」
だが、それを聞き咎めた神官風の女性が声をかけてきた。
「あら、あなた見かけない顔だけど、回復魔法を使えるの?
回復魔法士は貴重なのよ。
よかったら、ここで働かない?
普段はそれほど忙しくないけど、演習とか何事かがあった時は不足しがちで、他所から応援を貰ったりしているのよね」
「そうですか。
就職活動中なのですが、何せ経験がないですからねえ」
なんというか、しっかりと若葉マークです。
ペーパー魔法士っていう奴ですね。
「じゃあ、見習いという事で仮採用するのはどうかしら。
雑用仕事なんかもあるから人手は欲しいのよね。
回復魔法さえ持っているのなら、ここで指導も可能ですよ」
「あ、それはいいですね。
ちょっと試してみたいです」
「そう。いいかしら、ベロニカ」
「ええ、いいわよ。
その子、うちで仕事を捜してあげる約束になっているんだけど、他にあまり能がないらしくて。
そのうちにあなたのところへ連れていこうと思っていたところなの。
ああ、この子ってリュール預かりになっているから、よろしくね」
「へえ、副団長の?
じゃあ、彼には言っておいてもらっていいかな」
「ええ。
それに、この子はホルデム公爵家住みの子だから、どの道自分でも報告するから大丈夫よ。
サヤ、この人はうちの回復神官のチーフでマリエール・グランドールだ。
優秀な回復魔法の使い手だから、よく習っておくといい」
「お願いします」
今日はなんと、騎士団の身分証と就職先を獲得できたのだった。
実にめでたいっ。
あ、ここの馬と遊ぶのをまた忘れてしまった!
「さて、朝っぱらからナイスガイな王太子殿下の御尊顔も拝めて望外に眼福であった事だし、後の本日の予定は騎士団の馬達と目いっぱい遊ぶだけですね!」
「そう言い切るところが、またサヤらしいな」
「初対面の王太子殿下相手にも、まったくブレていませんからね。
まあいいわ。
あちこち回りながら行きましょうか」
「イエス、マム」
そして、まず連れていかれたのは洗濯場だった。
「う、なんか匂う。
山盛り溜まってますよ、洗濯物。
しかも、ヤバそうな奴が!」
まさか、騎士団でくれる仕事ってこれの事~?
これだけは絶対に回避したい。
部活のマネージャーじゃないんだからね!
「あっはっは、それはないから安心しなさい」
どうやら顔に書いてあったようですね。
「そもそも、そんな物は浄化の魔法でなんとか出来るような物だから、ここの騎士で臭っている奴なんていないわよ。
王国騎士団にそんな奴がいたら大変でしょ。
というか、そのような不埒者がいたら、この私が絶対に許さないわ」
ああ、そんな怠慢で大馬鹿な奴がいたら、ベロニカの姐御が生かしてはおかないよね。
「じゃあ、これはナニ」
私は鼻を摘まんで、その山と積まれた汚物の群れを指差した。
「それは鍛練のために、若い騎士達にあえてやらせているのだけれど、ここのところ団旗騒動で大変だったので忘れ去られていたのではないでしょうか。
後で言って片付けさせます」
「うーん、朝っぱらから何か爽やかでない物を拝んでしまった。
ここは仕方がないので、あのナイスガイな王太子殿下の御尊顔を思い出してなんとか凌ごう」
「うーん、確かにこいつは少し予想外でした。
私も少し精神的なダメージを受けましたよ」
「お次は?」
「あなたの身分証を取りに。
昨日はドタバタしていて、事務処理の部署まで行けませんでしたからね」
「そうでした~」
一番大事な用件じゃないですか。
まあ、既に身分証は一ついただいてあるので余裕ですが。
「こっちよ、サヤ」
その『汚物置場』を去り、本部のやや広めの通路を辿って、事務所のような場所へと着いた。
また来る事になるといけないので、よく覚えておこう。
ここって案内板がないんだよね。
ベロニカさんは、そこにいた眼鏡をかけている、茶髪おさげの二十代後半くらいの女性に話しかけた。
「こんにちは、サリー。
例の身分証を取りに来たのだけれど。
受け取る本人も一緒よ」
「ああ、例の副団長から依頼された奴か。
もう出来てるよ。
へえ、その子か」
そして机の上でピシっと縁に対して直角に置かれていた、その定期券のパスカードのような物を渡してくれた。
非常にしっかりとした革製で、なんというかFBIが使う身分証のような二つ折りになった立派な物だった。
『全員、そこを動くな。王国騎士団の者だ』なんてね!
「こいつは絶対に無くさないようにね。
そいつは特別発行する特殊な物で、発行するには王宮の許可が必要なので再発行が非常に面倒臭いものだから。
元王子様で公爵家の跡取りでもある、うちの副団長だからこそ速攻で発行を決定できるという裏技的な代物だからね。
本来なら絶対に無い物なのさ」
「あ、ありがとうございます。
普段は必要ないので収納に入れたままにしておきます」
そんな凄い物だとは知らなかった。
てっきり、騎士団で紙切れ一枚をさっと書いてくれるだけだと思っていたのに。
「へえ、なるほど。
あの副団長預かりだけあって、普通じゃない訳あり人士っていう事か。
パッと見に、そうは見えないけどねえ。
むしろ、何もかもが緩すぎる」
また言われてしまった。
まあそういう扱いにも慣れましたけどね。
「まあいいや。
また何か事務的な問題があって、騎士団の連中がいない時は、あたしのところへおいで。
あたしはサリー・クレストン。
こう見えて、王宮にも結構顔が利くんだ。
よろしくな、嬢ちゃん」
「あ、よろしくお願いします。
サヤ・アドです」
「ああ、頑張んな」
なかなか仕事が出来そうな人だった。
貴族ではないが、切れ者っぽい印象だ。
ああいう、いきなり申し付けられた裏技みたいな仕事を、ほいほいとやってしまえる能力があるらしい。
それから医務室のような場所へと向かった。
「あんたは自分で回復魔法が使えるから多分ここに用はないと思うが、一応案内しておこう。
むしろ、能力が高ければここで働いてもいいくらいだ」
「さあ、回復魔法は習っただけで、まだ一回も使った事がないもんで」
だが、それを聞き咎めた神官風の女性が声をかけてきた。
「あら、あなた見かけない顔だけど、回復魔法を使えるの?
回復魔法士は貴重なのよ。
よかったら、ここで働かない?
普段はそれほど忙しくないけど、演習とか何事かがあった時は不足しがちで、他所から応援を貰ったりしているのよね」
「そうですか。
就職活動中なのですが、何せ経験がないですからねえ」
なんというか、しっかりと若葉マークです。
ペーパー魔法士っていう奴ですね。
「じゃあ、見習いという事で仮採用するのはどうかしら。
雑用仕事なんかもあるから人手は欲しいのよね。
回復魔法さえ持っているのなら、ここで指導も可能ですよ」
「あ、それはいいですね。
ちょっと試してみたいです」
「そう。いいかしら、ベロニカ」
「ええ、いいわよ。
その子、うちで仕事を捜してあげる約束になっているんだけど、他にあまり能がないらしくて。
そのうちにあなたのところへ連れていこうと思っていたところなの。
ああ、この子ってリュール預かりになっているから、よろしくね」
「へえ、副団長の?
じゃあ、彼には言っておいてもらっていいかな」
「ええ。
それに、この子はホルデム公爵家住みの子だから、どの道自分でも報告するから大丈夫よ。
サヤ、この人はうちの回復神官のチーフでマリエール・グランドールだ。
優秀な回復魔法の使い手だから、よく習っておくといい」
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