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第一章 幸せの青い鳥?
1-45 開戦
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「サヤ、サヤ」
誰かが軽く私の肩を揺さぶっていた。
待機していた王宮の部屋の、椅子に座ったままで寝てしまっていたものらしい。
一緒にいた騎士や回復魔法士の人達は緊張を隠せないようだ。
「ん……」
「相変わらず図太い神経しているわねえ」
「あれ、マリエール。
どうして、ここに」
「何を言っているの。
うちの回復魔法士が大勢出るんだから、チーフのあたしがいないはずがないでしょう」
「あ、そっか。それで、もう始まるの?」
「まだだけど、もう夜の八時だから、いつ始まってもおかしくない時間よ。
もう起きていてね。
それから一回、トイレへ行っておいて。
いきなり事が始まると垂れ流しの運命よ」
そう言われたってどうも実感が沸かないというか、場違いというか、どうにも現実感がない。
だが、今この王宮にいる人の中には明日の朝日を拝めない奴が確実に存在するのだ。
それは必ずしも敵ばかりではない。
今、私と話しているマリエールがそうかもしれない。
実感はないけれど、私なのかもしれない。
断罪の夜。
王族同士での、その居城である、いわば王族にとって日常生活空間である王宮にて殺し合いが始まるのだ。
ここでは私達回復魔法士や騎士団が部外者なのだ。
ただ一人リュールを除き。
それと、やはりメイドのアメリさんもこの部屋へ一緒に来ていた。
彼女は我々のような服装ではなく、騎士のような重装でもなく、動きやすい、どちらかというと軽装の冒険者に近い装備だった。
もしかすると、元高位冒険者なのかもしれない。
それから眠気覚ましに、ポットごと収納しておいたお茶を出して飲んだ。
チュールも飲みたがったので、彼には果実水を彼用のサイズの小さなコップに注いでやった。
皆、言葉少なく黙り込んでいる。
「重い……空気も何もかも」
「そりゃあ軽かったらおかしいわね。
もし、これを向こうさんが仕掛けてきていたなら、そいつはクーデターと呼ばれる代物になるわ。
今回は為政者側から仕掛けるから、ただの粛清だけれどね」
「粛清……ねえ」
私はトイレなどの所要を済ませ、再び重い空気をかきわけた。
今はマリエールも口を閉ざしている。
私はチュールを膝に乗せて、無言で撫で回していた。
私こそは友人諸兄から『ミス・ドリトル』などと呼ばれてしまう人物なのだ。
こうしていると実に落ち着く。
チュールは元々、御当主様の護衛としてダンジョンに潜るなどの修羅場は潜っているのだし、そもそも人間ではないのだ。
このような空気にもまったく動じておらず、護衛対象である私の傍にピッタリついてくれている。
その時、そっとドアを開けて入って来た一人の若い騎士がいた。
連絡員を務めるのだろう。
「皆さん、いよいよ始まるようです。
一緒に来てください。
回復士の皆さんは準備を。
回復魔法士付きの騎士の皆さんはその護衛並びに、必要なら応援として前線に出られるよう準備を」
始まった!
ついに。
勢いでここまで来ちゃったけど、さすがに心細い。
だが、チュールは細長い尻尾で私の鼻をくすぐろうと悪戯してくる。
こんな時だから。
なんて可愛い奴!
ただ今の時刻は八時五十分。
この世界にも時計はある。
腕時計ではなく懐中時計のスタイルだ。
事態は、始まったら電撃的に決着が着くものらしい。
皆で部屋を出て、王宮内の通路を進む。
ほどなく広いメイン通路に出たが誰にも出くわさない。
事前に人払いを行なったものらしい。
あるいは人払いの結界とか魔法などを用いたものか。
聞こえる。剣戟の音が。
人の悲鳴のような物も。
思わず体が竦んだが、マリエールがそっと隣に来て手を取ってくれた。
その手から動揺は伝わってこない。
おそらく、いざとなったら私を連れて突っ走る覚悟なのだろう。
少し体の力が抜けるのを感じる。
ふと合った目が笑っていた。大丈夫と。
私も多少は晴れやかな気分で笑い返した。
少しぎこちないものだったが。
アメリも傍にいてニコっと笑ってくれる。
この子の任務はきっとメイド業務ではなく、私の護衛。
だから、そういう格好をしてきているのだ。
やはり私専属で、人間の、しかも気心の知れた護衛が一緒にいてくれるのは心強い。
だが、先頭を行く人が角を曲がる直前にチュールが言った。
『駄目、止まって。危ない!』
私は間髪入れずに夢中で叫んだ。
「全員、今すぐ止まってー!」
先頭を切って角の向こうを覗こうとしていた騎士が、その金切声に硬直して寸止めで通路に出る前に足を止めた。
その瞬間、この通路と直角に交わる通路の死角から凄まじいブレスが駆け抜けた。
先頭付近にいた騎士二名が凄まじい悲鳴を上げた。
こちらの通路に激しくはみ出て来た灼熱の炎に鎧の中をまともに焼かれたのだ。
だが生きている。
もし警告が間に合わなくて様子見のために通路に頭を出していたら、少なくとも頭部は消し炭になっていたのではないか。
なんというか、映画の中で火達磨にされた役者が演じる特有の舞踊を舞いながら。
そして私は放った。
「ホーリー・エクスライト」
騎士さん達のダンスが止まり、彼らが叫んだ。
「駄目だ。
敵に強力な魔物使いがいる。
王宮内の通路に入れられるサイズで、なおかつそのクラスで最大に強力な魔物を投入してきたようだ」
「全員一旦下がれ、奴がこっちへ来る。
その角を魔物に曲がられたら全滅するぞ。
急げ!」
硬直する回復魔法士達。
だが、私の手を取り駆けながらマリエールが叫んだ。
「聞こえないのか。
死にたくない奴は下がれ!」
そして全員が彫像から人に復帰し、彼女に続いて脇道に飛び込んだ。
騎士達は撤退戦の殿を務め、最後に戻ってきた。
さっきの角を曲がってきたらしい魔物のブレスで一吹きされ、私達のいた通路まで弱い熱波が叩いた。
「危なかった」
「我々、後方部隊の護衛騎士四人で、あれの相手をするのは無理だろう」
「なんで、あんな物がいるのよ~。
聞いてないわよ」
マリエールの抗議に護衛騎士分隊のリーダーは言った。
「我々だって聞いていないさ。
おそらく、あれでいずれ第一王子をやるつもりだったのだろう。
おそらく陛下もな」
「倒せそう?」
「わからん」
この騎士団四名・回復魔法士八名と護衛の戦闘メイド一名並びに護衛魔物一体からなる後方部隊を微妙な空気が覆っていった。
「リュール、ベロニカ……」
誰かが軽く私の肩を揺さぶっていた。
待機していた王宮の部屋の、椅子に座ったままで寝てしまっていたものらしい。
一緒にいた騎士や回復魔法士の人達は緊張を隠せないようだ。
「ん……」
「相変わらず図太い神経しているわねえ」
「あれ、マリエール。
どうして、ここに」
「何を言っているの。
うちの回復魔法士が大勢出るんだから、チーフのあたしがいないはずがないでしょう」
「あ、そっか。それで、もう始まるの?」
「まだだけど、もう夜の八時だから、いつ始まってもおかしくない時間よ。
もう起きていてね。
それから一回、トイレへ行っておいて。
いきなり事が始まると垂れ流しの運命よ」
そう言われたってどうも実感が沸かないというか、場違いというか、どうにも現実感がない。
だが、今この王宮にいる人の中には明日の朝日を拝めない奴が確実に存在するのだ。
それは必ずしも敵ばかりではない。
今、私と話しているマリエールがそうかもしれない。
実感はないけれど、私なのかもしれない。
断罪の夜。
王族同士での、その居城である、いわば王族にとって日常生活空間である王宮にて殺し合いが始まるのだ。
ここでは私達回復魔法士や騎士団が部外者なのだ。
ただ一人リュールを除き。
それと、やはりメイドのアメリさんもこの部屋へ一緒に来ていた。
彼女は我々のような服装ではなく、騎士のような重装でもなく、動きやすい、どちらかというと軽装の冒険者に近い装備だった。
もしかすると、元高位冒険者なのかもしれない。
それから眠気覚ましに、ポットごと収納しておいたお茶を出して飲んだ。
チュールも飲みたがったので、彼には果実水を彼用のサイズの小さなコップに注いでやった。
皆、言葉少なく黙り込んでいる。
「重い……空気も何もかも」
「そりゃあ軽かったらおかしいわね。
もし、これを向こうさんが仕掛けてきていたなら、そいつはクーデターと呼ばれる代物になるわ。
今回は為政者側から仕掛けるから、ただの粛清だけれどね」
「粛清……ねえ」
私はトイレなどの所要を済ませ、再び重い空気をかきわけた。
今はマリエールも口を閉ざしている。
私はチュールを膝に乗せて、無言で撫で回していた。
私こそは友人諸兄から『ミス・ドリトル』などと呼ばれてしまう人物なのだ。
こうしていると実に落ち着く。
チュールは元々、御当主様の護衛としてダンジョンに潜るなどの修羅場は潜っているのだし、そもそも人間ではないのだ。
このような空気にもまったく動じておらず、護衛対象である私の傍にピッタリついてくれている。
その時、そっとドアを開けて入って来た一人の若い騎士がいた。
連絡員を務めるのだろう。
「皆さん、いよいよ始まるようです。
一緒に来てください。
回復士の皆さんは準備を。
回復魔法士付きの騎士の皆さんはその護衛並びに、必要なら応援として前線に出られるよう準備を」
始まった!
ついに。
勢いでここまで来ちゃったけど、さすがに心細い。
だが、チュールは細長い尻尾で私の鼻をくすぐろうと悪戯してくる。
こんな時だから。
なんて可愛い奴!
ただ今の時刻は八時五十分。
この世界にも時計はある。
腕時計ではなく懐中時計のスタイルだ。
事態は、始まったら電撃的に決着が着くものらしい。
皆で部屋を出て、王宮内の通路を進む。
ほどなく広いメイン通路に出たが誰にも出くわさない。
事前に人払いを行なったものらしい。
あるいは人払いの結界とか魔法などを用いたものか。
聞こえる。剣戟の音が。
人の悲鳴のような物も。
思わず体が竦んだが、マリエールがそっと隣に来て手を取ってくれた。
その手から動揺は伝わってこない。
おそらく、いざとなったら私を連れて突っ走る覚悟なのだろう。
少し体の力が抜けるのを感じる。
ふと合った目が笑っていた。大丈夫と。
私も多少は晴れやかな気分で笑い返した。
少しぎこちないものだったが。
アメリも傍にいてニコっと笑ってくれる。
この子の任務はきっとメイド業務ではなく、私の護衛。
だから、そういう格好をしてきているのだ。
やはり私専属で、人間の、しかも気心の知れた護衛が一緒にいてくれるのは心強い。
だが、先頭を行く人が角を曲がる直前にチュールが言った。
『駄目、止まって。危ない!』
私は間髪入れずに夢中で叫んだ。
「全員、今すぐ止まってー!」
先頭を切って角の向こうを覗こうとしていた騎士が、その金切声に硬直して寸止めで通路に出る前に足を止めた。
その瞬間、この通路と直角に交わる通路の死角から凄まじいブレスが駆け抜けた。
先頭付近にいた騎士二名が凄まじい悲鳴を上げた。
こちらの通路に激しくはみ出て来た灼熱の炎に鎧の中をまともに焼かれたのだ。
だが生きている。
もし警告が間に合わなくて様子見のために通路に頭を出していたら、少なくとも頭部は消し炭になっていたのではないか。
なんというか、映画の中で火達磨にされた役者が演じる特有の舞踊を舞いながら。
そして私は放った。
「ホーリー・エクスライト」
騎士さん達のダンスが止まり、彼らが叫んだ。
「駄目だ。
敵に強力な魔物使いがいる。
王宮内の通路に入れられるサイズで、なおかつそのクラスで最大に強力な魔物を投入してきたようだ」
「全員一旦下がれ、奴がこっちへ来る。
その角を魔物に曲がられたら全滅するぞ。
急げ!」
硬直する回復魔法士達。
だが、私の手を取り駆けながらマリエールが叫んだ。
「聞こえないのか。
死にたくない奴は下がれ!」
そして全員が彫像から人に復帰し、彼女に続いて脇道に飛び込んだ。
騎士達は撤退戦の殿を務め、最後に戻ってきた。
さっきの角を曲がってきたらしい魔物のブレスで一吹きされ、私達のいた通路まで弱い熱波が叩いた。
「危なかった」
「我々、後方部隊の護衛騎士四人で、あれの相手をするのは無理だろう」
「なんで、あんな物がいるのよ~。
聞いてないわよ」
マリエールの抗議に護衛騎士分隊のリーダーは言った。
「我々だって聞いていないさ。
おそらく、あれでいずれ第一王子をやるつもりだったのだろう。
おそらく陛下もな」
「倒せそう?」
「わからん」
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「リュール、ベロニカ……」
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