上 下
29 / 66
第一章 渡り人

1-29 激闘

しおりを挟む
 響く。奴の一歩一歩が足の裏の地面から重く。やると決めたものの、さすがの俺も眉が八の字になりそうな勢いだ。

 こっちゃ、まだ僅か二歳なんだぜ。何かハンデくれよ。だが生憎な事に、奴は俺を強者と見做し、全力で倒す所存のようだった。感激で嬉し涙がちょちょ切れちまうね。

「どうするんだ、大将」
 さすがのストーガも、その怪物を前にして渋い顔だ。賢者というのは何をしてくるのか予測不可能だから。

「あいつは俺がやるから、お前は奴を逃がさないようにして」
「おい! 相変わらずの無茶ぶりだな。踏み潰されないようにするのが精一杯だよ」

「おー、ナイスアイデア。さすがは俺のロバだけの事はあるな。それでいいや」
「お前なァ」
 奴も、もはや呆れるを通り越して感心したような声を出している。

「よし、ストーガ。そいつはお前の仕事だ」
 アネッサも遠慮がない。彼女もやる気満々だ。それがわかっているからストーガも大人しく首を竦めながら行く。

「へいへい、リーダー。あー、割に合わねえなあ」
 確かに遊撃はこいつの仕事だ。だが予想外の事が起きた。賢者の奴は信じられないほどに素早かったのだ!

「おっとっと。ああ、おい、なんだこれ。ちょっとヤバくねえ?」

 ちっ。あの賢者め、やたらとチョロチョロするから、例のスキルの狙いが定まらねえ。威力の高い火焔は狭いところで使い辛い。

 風も威力が高いと余波が吹き荒れて味方が全滅しそう。水は論外だった。こっちが外に洗い流されるわ。全員、山肌を転がっちまうよ。切断も気を付けないと味方を巻き込んじまう。あれが、アラビムのスキルが一番よさげなんだが。

「おい、ストーガ。そいつの足を止めてくれ。この岩肌じゃ泥沼も作れない」
「ふざけんな、こら。どうしろっていうんだ!」

 何しろ、全長五メートルはある大巨人が、コメディかと思うほど、まるで早送りの映像の如く俊敏に動くのだ。不謹慎だが、思わず笑いそうになるほどだった。ビデオが無くて残念だ。

 そして、ついにストーガが捕まってしまった。不意を衝くかのように、奴が凄いステップを披露しやがったのだ。

 今まで見せていなかった、奥の手というか隠し玉というか。とんでもない奴だった。なんて野郎だ。ストーガを両手で握り締めている。ヤベっ。これは死んだかな、あいつ。

「ぐがあー!」
 ストーガが叫ぶ。

「ストーガ!」
 アイサも一緒に挑発していたのだが、奴は素早くて捕まらないシーフよりも脅威度が高く、まだ捕獲しやすい軽戦士を捕まえるのに専念していたのだ。

 奴は、人間の盾を手に入れた。場合によっては、俺を崖下に落とすための武器として投げつけてくるだろう。

 だが思いもよらない行動に出た人がいる。それは当然のようにアネッサさんだった。足を切りつけようと突っ込むが、奴は腰を落とし、両手でストーガを突き付けた。

 これでは、俺にも魔法が撃てない。そのために奴はストーガを殺さないのだ。なんて奴、これが賢者か。大賢者だな。

 そして、アネッサさんは駆けた。ストーガの体の上を。初めて見たよ、垂直人間登りなんてものを。まあ、賢者の指も足掛かりにはなるんだが。

 自分を捕まえられる、その凶悪な悪魔の手に自ら足をかけるとは、なんて太い神経をしていやがるんだ。あのバケモンの異常な素早さを見た後で、あれができる奴は、そうそういねえぜ。

 奴もそう思ったらしい。一瞬、賢者の奴も驚いたらしく固まってしまったので、彼女は奴の腕を梯子代わりに駆け登りジャンプした。

『飛天切り』って感じのやつだな。今、命懸けの戦いで無茶をした彼女の中でスキル化したんじゃねえ?

 あまり覚えたくないスキルだなあ。命がいくらあっても足りないぜ。こいつはスキルとか技量だけじゃなくって、器量ってもんが必要な技だわ。

 あと、女のくせに股座に金玉がついているんじゃないかって思うほどの肝っ玉が要るよね。俺にも一応そいつはついていますが、パス一回。まだ可愛い包茎の奴よ。この世界、少なくともこの地方には割礼の習慣はないらしい。

 そして、そいつはまたもやありえない技を見せた。自分で自分の歯を噛み砕いて、そのアメ車どころではない、まるで船舶エンジン並みの肺活量で大音響と共に吹き付けたのだ。

 その勢いでアネッサは10メートル以上も距離のある反対側の壁に思いっきり激突して大量の血を吹いた。

 弾丸も自前調達の大口径ショットガンだ。これなら銃刀法にも引っかからないぜ。ありかよ、そんなもん。ふざけやがって。ヤバイ、今度こそ致命傷かも。

「うわあ、また一人仲間が死んだー」
 だが、またもや信じられない真似をした人がいる。我が叔父上だった。

 なんと、彼は回復役のアリエスをお姫様抱っこで抱き上げて、アネッサの元へ駆けだしたのだ。奴は向こうを向いていたので、足元を抜けていった二人にまた驚いたようだ。

 我が叔父ながら、いい根性していらっしゃいますな。そして、背中はがら空きだった奴は足を止めた。叔父上ったら男前すぎるぜ。彼に向けて俺は投げた。エルフの秘薬を。

「叔父上!」
 彼は笑顔を伴った阿吽の呼吸で、軽く片手で受け止めた。彼とは仕事中によくそういう事をやっていた。

 獲物の肉だったり、竈用の石だったり、あるいは水稲などを投げ渡していた。時々、不意打ちでお菓子を投げてくれたっけ。ありゃあ嬉しかったなあ。

 俺が思わず笑顔になったまま、ガラ空きの奴の背中に向かいすかさず放った、狙いを絞り切った『神々の裁断』。風の真空は、こんなところで使えないからな。

 耳障りな、咆哮とどこが違うんだというような悲鳴を上げた奴。だが、さすがに俺も驚いた。何、この堅さ。魔法は命中した時の感触でそういう事もわかるのだ。

 余裕で致命傷と思ったのによ。日本刀で油断していた相手に背中から不意打ちで切りつけたら、鎖帷子を着込んでいて刃が滑っちゃって服しか切れませんでしたみたいな。だが奴は怒りのままに、ストーガの野郎を壁に叩きつけた。

「ぐべばあー‼」
 全身から血を拭き、口から滝のように溢れる赤い飛沫。今度こそ死んだか、俺のロバ!

「やべえ」
 だが、叔父さんは素晴らしい守備を発揮して、落ちてくる彼を上手に抱き留めた。

 うーん、何のスポーツが一番向いてそうかしら。野球? アメフト? それくらい考える余裕をくれたほどのファインプレーだった。

 すかさず、傍の大好きなナース嬢に出番が回った。叔父さんもエルフの秘薬を使っている。彼女も一本持っていたようだ。

 しかし、今度は俺に出番が回ってきた。しかも野郎、腰を思いっきり落として、二歳児の俺にタックル決めようとしてやがる。

 なんて臨機応変な野郎だ。このままだと崖から落とされる。死なば諸共かよ、本格的にいかれてやがる。

「狂王、こいつは賢者なんてものじゃない。誇りのために、いつでも死ねるゴブリン王の中の王、狂王だ。俺はこいつを完全に見誤っていた!」

 一体、どれほどの年月を鍛錬に費やしたものなのか。やられる‼
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

就活の最終面接だったんです!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:733pt お気に入り:171

追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:818pt お気に入り:573

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,350pt お気に入り:517

異世界性生活!!~巻き込まれ召喚された勇者のスキルが変態すぎた~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,097

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:451

貞操観念がバグった世界で、幼馴染のカノジョを死守する方法

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:398pt お気に入り:17

処理中です...