デビルナイツ・ジン

緋色優希

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第一章 孤独の果てに

1-31 シェリルの宿

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「着いたよ、ここがうちの団員シェリルの家だ。

 街はずれにあるが、ここも昔は北の玄関口として栄えていたものさ。
 今では見る影もないのだが、君ら二人くらいなら泊めてもらうのは難しくないだろう」

 営業を中止した宿であるそこは、もうあまり外観などの手入れをされていないらしく、この厳寒な雪国では劣化が激しいものだが、日本でもよく見られる寂れてしまった村や島などにありがちな感じの朽ちかけた建物だった。

 風雪の厳しいこの辺境では、碌に手入れをしない建物など一溜まりもない。

 表口の門や扉、また壁などは明らかには何者かによる激しい破壊を受けたと思しき痕跡などもあり、見た人間が思わず顔を顰めそうな代物だったが、悪徳宿巡りを終えた今の王女姉妹には何故かホッとするような温かい雰囲気があった。

 それにまだ人が住んでいるという生気は感じられる。
 そして彼が木口を叩いて名を呼ぶと、しばらく間を置いて中から声と足音がした。

「どうしたの、ハリオス。
 今日はあたし、巡回の当番じゃあ。
 あら、その子達は?」

「旅の途中で宿を探していたので連れてきた。
 ロッシェムの宿に入ろうとしていたのを見つけたので保護してきたんだ。
 済まないがシェリル、この子達の世話を頼む」

「まあ、あなた達は命知らずね。
 あそこは悪徳宿の上に街のゴロツキの巣窟なのよ。
 まともな街の人間ならば絶対に近寄ったりはしないわ」

「あうう……」
 一言も返せない世間知らずのアリエスであった。
 無理もない話なのだが。

 一応はルーから、「この女性も特に問題なし」とフォローがあった。

「すいません、二・三日ほどお世話になります。
 旅の疲れを取りたいのと、ここら辺で物資を買い集めたいので」

「物資ねえ。
 この街は碌な物がないけれど、まあ見たところ荷物も碌に持っていないみたいだし。

 いいわ、好きなだけいても。
 どうせもう宿は廃業しているのですもの。
 部屋だけはあるの。

 こうやって時々、ハリオスが訳ありっぽいお客を連れてくるのよ。

 あなた達もどうせ何か訳ありなんでしょうけど、何も聞かないでおくとするわ。

 ああ、あたしはシェリル・バーデンよ。
 よろしくね」

 そこまで見抜かれていた。

 しかし屈託のないその女性の笑顔は、苦境にある子供達に救いを与えようとしていた。
 以前、彼女がハリオス達にそうしてもらったように。

「あ、マリスです。
 こっちは妹のマリーン」

 御世話になる人にも本当の名は明かせない。
 心は痛んだのだが、これについてはジンから厳命されていた。

「いいか、二人とも。間違っても本名を名乗るんじゃないぞ」と。

 そういえば、ハリオスには名乗っていなかった。
 向こうが子ども扱いするもので、単に子供だけで通ってしまっていたのだ。

 ありがたいというのか、なんというのか。

 案内してくれた礼を伝えてからハリオスと別れて、中に入れてもらった宿の中はボロくなってはいたが清掃は行き届いていた。

 まるで、いつでもまた商売を始められるようにとでもいうように。
 きょろきょろと見回す二人にシェリルは笑って話してくれる。

「ここも、そのうちにはどうにもならなくなるのでしょうけど、今は団員たちが手伝ってくれて中の補修とか屋根の修理とかも手伝ってくれているの」

「ここに住んでいるのは、シェリル一人なの?」

 彼女は頷いて少し悲しそうにした。

「両親は心労が重なって病に倒れてしまったわ。
 私は団員達のお蔭でなんとかなったけれど。

 ああ、いつかあの悪徳な代官や街の悪党どもに天のアレスの裁きがありますように」

「元気を出して、シェリル。
 私達も両親は亡くなったけれど、親戚の家まで行くの。

 長い旅になりそうだけど、シェリル達みたいに助けてくれる人もいるんだから頑張るわ」

 それを聞いて彼女は麗しい笑顔を見せ、二人の頭を両腕に優しく抱いた。

「さて、今からお部屋の支度をするけど、二人はどうするの」

「買い物をしたいんです。
 旅の支度を。

 食べ物に飲み物、それから着替えや気候が変わるので少し旅装をと思って」

「うーん、そうね。
 私も買い物があるし、一緒に行ってあげるわ。

 安心して買い物ができる店もあるから。
 中には変な店もあるからね、そういうところは近寄っちゃ駄目よ。

 ちょっと待っていてね、着替えてくるから」

 危ないのは宿だけではなかったかと、あらためて頭を抱えたくなるアリエスだったのだが、お言葉には甘える事にした。

 そして、準備をして現れたシェリルの姿は。

「わあ、シェリル格好いい」

 青年騎士団とは名ばかりの若者有志による自警団、特に決まった格好はなさそうだったが、上半身の肩や胸を覆っただけの簡易な革鎧に自前の武器を携え、腕に巻いた青の布みのみが唯一ローエングリム青年騎士団としての紋章であった。

 それも、このあたりではその染料が簡単に入手できるので、どの家でも入手が容易であるというだけの消極的というか必然的な理由からであった。

 シェリルは動きやすいように短めの灰色の皮スカートに厚地の藍のタイツ、そしてハリオスと同じく古そうな装備であるレイピアを、これまた古びた感じの頑丈そうな男物らしい幅広の剣帯に提げていた。

 そしてシェリルは名ばかりである騎士団としての僅かばかりの誇りの証として、背筋を伸ばし胸も張ってその魂を輝かせた。

「ふふ、巡回するならそれなりの格好をしていないと舐められるからね。

 いつもなら買い物の時は普段着だけど、今日は女の子ばかりで行くから。
 なにしろ君達は余所者で目立つし」

「私達……やっぱり目立っていますか?」

「そりゃあもう。
 こんな田舎町じゃ、あなた達みたいに気品のある少女達は、色とりどりの飾り紐を体中に垂らし蝋燭で飾り立てて火を付けたみたいに目立ちそうよ」

「あうう」

 自分が知らないだけで、そのような事になっていたようだ。

 追われる身としては、景気よく足跡をバラまいているようなものだった。

「はは、気を取り直して買い物に出かけましょ」
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