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第一章 孤独の果てに
1-33 大帝国の恐怖
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「マリスちゃん達は、後は何が欲しいのかな」
「あっと、山の手で過ごすような格好ばかりなので街へ行く時の普通の格好と、あと履物なんかもこの雪山ブーツ以外の物が欲しいです。
あと体を洗ったり顔を洗ったりする洗剤や、髪や肌を手入れする香りオイルなどを」
そう、実は他にも履物なんかは持っているのだが、それらはやはり王女様仕様の物ばかりで、こいつもまたアウトな代物であった。
革製でしっかりとした暖かな内装が入っているファー付きのブーツは、帝国の追手と戦い倒れてしまうまで途中まで一緒にいてくれた、お付きの人達が用意してくれた普通の物なのだった。
「じゃあそれもハリオスの叔父さんのところへ行こうか。
あそこなら金貨で買い物をしても大丈夫よ。
まあこんな田舎だから、あなたが望む物があるとは限らないけれど」
「ありがとう、御世話をかけます」
二人は訳ありと見てシェリルが気を利かせてくれているので、その好意には素直に甘える事とした。
「ふふ、気にしなくてもいいわよ」
そして彼女は夢をみるかのような表情で自分の事について語った。
「ああ、私も本当にいろいろな人に助けてもらったわ。
ハリオスや団長に、そして街の親切な市井の人達に。
仕事まで世話をしてもらって。
お蔭で一人になってしまってもまだ頑張れた。
でもこれからは、どうなっていくのかしら」
「どうなるかっていうと?」
アリエスは、まるで保護者のように隣を歩いてくれている長身のシェリルを、首を巡らせて仰ぎ見た。
「ええ、それは帝国の話よ。
あの蛮族の帝国が隣国の港を抑えてしまったから、これからこの国も大変な事になるわ。
アルブーマ大山脈を隔てたこちら側にあたる、あの帝国が幅を利かすこの東の大平原で、このサンマルコス王国が海運並びに山脈の向こう側にいる八か国と通じている街道保守を担当していたのに、まだ国自体は落ちていないようだとはいえパルミシア王国の港を全部、そしてその向こうにあったアーデルセン王国の港まで膨大な距離に渡る海岸線を帝国海軍に押さえられてしまった。
きっと海岸沿いの大陸大街道も完全に押さえられてしまった事でしょう」
それがいかなる意味を持つのかは、馬鹿ではない二人にはよく理解できている。
きちんと家庭教師の先生に地理的政治的なリスクに関してはこれ以上ないくらいに厳しく叩き込まれていたのだから。
残念ながら、その与えられた知識を十分有効に使用する羽目になってしまった。
「この帝国と向き合わねばならない宿命を持つ東平原三兄弟国は、帝国本国と西平原の入り口となる帝国の軍を置く二か国の軍事海域に完全に挟まれる形となり、西平原の国々から孤立してしまったも同然だわ」
「そうですね、もうどこもそんな感じです」
そう、だからアリエス達もこの国から見て帝国とは反対側の東方面に陸路からは入れない。
もし東へ行くにしても、一旦このサンマルコス王国内の西方面にある、二つのまだ無事な港へ出ないとどうしようもない。
そしてそこすらも、そこから西方面にある帝国本国の多数の港と、帝国が占領したここよりも東方面となるアーデルセン王国の三つの大港群及び上陸作戦のため真っ先に制圧されたパルミシア王国の三つの大港群の、東平原にある都合六つの帝国海軍拠点に挟まれる大変危険な海域なのだ。
もはや東西平原区域の南の海ディープサウスに面した港で無事なものは、サンマルコス王国内の二つを除けば、大陸東端にある三つの港を残すのみだが、サンマルコス王国が落ちればそこもいずれは時間の問題だった。
ルーゲンシュタット帝国という巨大な魔物は大陸全体を飲み込むべくついに動き出したのだ。
その帝国と直接広大な国境を交えている国で、騎馬の軍勢が勇猛である事でも知られるオルガノ王国は、残された平原国家の対帝国防波堤としての役割のため陸に戦力を集中していたので海軍を置かず海岸線に港はない。
帝国と唯一直接国境を接する対帝国最前線であるオルガノ王国。
まるで扇の外側のみという感じに、同心円を四分の一に切り取ったような形のオルガノ王国にとっては、港への敵の直接上陸を避ける目的もあった。
そのため、港の運営は同じく国境を接する長い海岸線を持つ兄弟国サンマルコス王国に一任していた。
その帝国が圧倒的に支配する、このサンマルコス王国から見て東西双方に当たる広大な海のどちらかを越えていかなければ目的地である叔母のいる国には辿り着けない。
西は真面に帝国本国の沿海である、強大過ぎる長く広大な支配海域を越えねばならない。
東は二か国に渡って海岸線を占領されてしまった、同じく帝国の長めの支配海域を越えて更に膨大な海路を行かねばならない。
どちらも棘の道を行くように困難な海路であった。
そして国を出た時もまた、プリンのような台形の形をした祖国アーデルセン王国の左下にある短めの長方形の形をした国パルミシア王国の港と、また自国の港さえもすべて敵の物量作戦で押さえられてしまったため街道も海路も塞がれ、かなり距離のある東方の隣国群への逃走も、それらとの国境沿いには周辺国家との戦争に備えた帝国軍がうようよいるため不可であった。
そういう訳で、王宮を脱出したアリエス達の一行はやむなくまだ制圧されていないパルミシア王国側へ入り込んで、国境沿いに逃走した。
そして無茶を承知でアルブーマ大山脈に逃げ込んで、そこを越えようとしたのだ。
アーデルセン王国の王都アーデはパルミシア王国の中央の上付近にあり、自国の港からも遠く、また帝国が上陸した兄弟国パルミシア王国の港からもまだ距離があった。
お蔭で王都を急襲した先遣部隊に捕まっても、なんとか王国の残党に救出されて逃げ出す時間があったともいえるのだが。
人も馬車も、軒並み追いはぎの如くに無体で乱暴な臨検をされているであろう国内の主街道や港は危険過ぎ、アーデルセンの北側にある勇猛なカイエルン王国を抑えるために帝国は大軍勢を北の国境方面へ投入していたので、その方面へ逃げるのは自殺行為だった。
唯一逃げる道は、厳寒の剣ヶ峰が刃のように並ぶ『人を食らう魔神が棲む』とも言われるあの大山脈、人が生きて越えられるとは信じがたい狂気のアルブーマ大山脈越え以外にないという、端からまるで無理無謀という単語が計画という形を取ったの如くの逃避行であったのだ。
そして、王女に付き添っていた僅かな人間達も、その忠義と引き換えに二人を守るために一人また一人と倒れていったのであった。
そして最後には、まだ年端もいかぬ王女達も雪に埋もれてしまった。
そして、それを救ってくれたのは皮肉にも人を食らうと恐れられた魔神その人であったのだ。
「何よりも平原の盟主であったアーデルセン王国が電撃的に陥落した事実は多くの国に衝撃を与えたわけだしね。
帝国と対峙しないといけない国々も、おそらく今まで程の士気は保てないわ。
急な報を聞いて青ざめた隣国の軍隊も救援に向かってくれたでしょうに、その甲斐もなく彼の国は落ちたのよ」
「アーデルセン王国……」
その言葉一つに万感を込めて秘められた想いの重さには、自国の先行きの暗さに沈むシェリルも気付いていないようだった。
「ええ、このサンマルコス王国に扇状に被るようにハリオス王国とオルガノ王国があり、なんとか陸路からの平原東部への帝国の侵入は食い止めてきたというのに、まさか西の大平原三ヶ国を飛び越えて、盟主アーデルセン王国を数の論理と電撃速度戦で強引に攻め落とすなどとは通常であれば考えられない。
いくら最強の海軍を誇る帝国といえども、あの魔物の海を越えてありえないような暴挙だわ。
あの国の皇帝が発狂したとしか思えない」
「そこまで凄かったのかしら」
王宮の奥深くで外の様子を見る事も叶わずにいた二人の王女には、その猛攻をその目で見る事はなかった。
「ええ、あの一気果敢に進軍して、どうあってもいかなる犠牲を払ってもアーデルセンを落とすといった鬼気迫るような、あの占領のための電撃突撃戦で大量に投入した大軍勢の半数以上の兵士をたったの三日で消耗したとも言われる帝国軍の妄念には、周辺国家そのすべてが震撼した事でしょう。
帝国からあそこまで無傷で兵を送る事など決して叶わぬ魔の海ディープサウスを、損耗に次ぐ損耗を物ともせずに強引に屍の海を築き上げながら送った貴重な戦力を惜しまず投入した、家族を人質に取られて自爆突撃さえ厭わぬ死兵達の猛突撃の前に、どうする事も出来なかったでしょうね。
もしここにも、その帝国の蛮族兵がやってきたならば、その時は」
そして、ブルっと恐ろし気に身を震わせるシェリルに思わず同調して震えてしまう二人なのであった。
「あっと、山の手で過ごすような格好ばかりなので街へ行く時の普通の格好と、あと履物なんかもこの雪山ブーツ以外の物が欲しいです。
あと体を洗ったり顔を洗ったりする洗剤や、髪や肌を手入れする香りオイルなどを」
そう、実は他にも履物なんかは持っているのだが、それらはやはり王女様仕様の物ばかりで、こいつもまたアウトな代物であった。
革製でしっかりとした暖かな内装が入っているファー付きのブーツは、帝国の追手と戦い倒れてしまうまで途中まで一緒にいてくれた、お付きの人達が用意してくれた普通の物なのだった。
「じゃあそれもハリオスの叔父さんのところへ行こうか。
あそこなら金貨で買い物をしても大丈夫よ。
まあこんな田舎だから、あなたが望む物があるとは限らないけれど」
「ありがとう、御世話をかけます」
二人は訳ありと見てシェリルが気を利かせてくれているので、その好意には素直に甘える事とした。
「ふふ、気にしなくてもいいわよ」
そして彼女は夢をみるかのような表情で自分の事について語った。
「ああ、私も本当にいろいろな人に助けてもらったわ。
ハリオスや団長に、そして街の親切な市井の人達に。
仕事まで世話をしてもらって。
お蔭で一人になってしまってもまだ頑張れた。
でもこれからは、どうなっていくのかしら」
「どうなるかっていうと?」
アリエスは、まるで保護者のように隣を歩いてくれている長身のシェリルを、首を巡らせて仰ぎ見た。
「ええ、それは帝国の話よ。
あの蛮族の帝国が隣国の港を抑えてしまったから、これからこの国も大変な事になるわ。
アルブーマ大山脈を隔てたこちら側にあたる、あの帝国が幅を利かすこの東の大平原で、このサンマルコス王国が海運並びに山脈の向こう側にいる八か国と通じている街道保守を担当していたのに、まだ国自体は落ちていないようだとはいえパルミシア王国の港を全部、そしてその向こうにあったアーデルセン王国の港まで膨大な距離に渡る海岸線を帝国海軍に押さえられてしまった。
きっと海岸沿いの大陸大街道も完全に押さえられてしまった事でしょう」
それがいかなる意味を持つのかは、馬鹿ではない二人にはよく理解できている。
きちんと家庭教師の先生に地理的政治的なリスクに関してはこれ以上ないくらいに厳しく叩き込まれていたのだから。
残念ながら、その与えられた知識を十分有効に使用する羽目になってしまった。
「この帝国と向き合わねばならない宿命を持つ東平原三兄弟国は、帝国本国と西平原の入り口となる帝国の軍を置く二か国の軍事海域に完全に挟まれる形となり、西平原の国々から孤立してしまったも同然だわ」
「そうですね、もうどこもそんな感じです」
そう、だからアリエス達もこの国から見て帝国とは反対側の東方面に陸路からは入れない。
もし東へ行くにしても、一旦このサンマルコス王国内の西方面にある、二つのまだ無事な港へ出ないとどうしようもない。
そしてそこすらも、そこから西方面にある帝国本国の多数の港と、帝国が占領したここよりも東方面となるアーデルセン王国の三つの大港群及び上陸作戦のため真っ先に制圧されたパルミシア王国の三つの大港群の、東平原にある都合六つの帝国海軍拠点に挟まれる大変危険な海域なのだ。
もはや東西平原区域の南の海ディープサウスに面した港で無事なものは、サンマルコス王国内の二つを除けば、大陸東端にある三つの港を残すのみだが、サンマルコス王国が落ちればそこもいずれは時間の問題だった。
ルーゲンシュタット帝国という巨大な魔物は大陸全体を飲み込むべくついに動き出したのだ。
その帝国と直接広大な国境を交えている国で、騎馬の軍勢が勇猛である事でも知られるオルガノ王国は、残された平原国家の対帝国防波堤としての役割のため陸に戦力を集中していたので海軍を置かず海岸線に港はない。
帝国と唯一直接国境を接する対帝国最前線であるオルガノ王国。
まるで扇の外側のみという感じに、同心円を四分の一に切り取ったような形のオルガノ王国にとっては、港への敵の直接上陸を避ける目的もあった。
そのため、港の運営は同じく国境を接する長い海岸線を持つ兄弟国サンマルコス王国に一任していた。
その帝国が圧倒的に支配する、このサンマルコス王国から見て東西双方に当たる広大な海のどちらかを越えていかなければ目的地である叔母のいる国には辿り着けない。
西は真面に帝国本国の沿海である、強大過ぎる長く広大な支配海域を越えねばならない。
東は二か国に渡って海岸線を占領されてしまった、同じく帝国の長めの支配海域を越えて更に膨大な海路を行かねばならない。
どちらも棘の道を行くように困難な海路であった。
そして国を出た時もまた、プリンのような台形の形をした祖国アーデルセン王国の左下にある短めの長方形の形をした国パルミシア王国の港と、また自国の港さえもすべて敵の物量作戦で押さえられてしまったため街道も海路も塞がれ、かなり距離のある東方の隣国群への逃走も、それらとの国境沿いには周辺国家との戦争に備えた帝国軍がうようよいるため不可であった。
そういう訳で、王宮を脱出したアリエス達の一行はやむなくまだ制圧されていないパルミシア王国側へ入り込んで、国境沿いに逃走した。
そして無茶を承知でアルブーマ大山脈に逃げ込んで、そこを越えようとしたのだ。
アーデルセン王国の王都アーデはパルミシア王国の中央の上付近にあり、自国の港からも遠く、また帝国が上陸した兄弟国パルミシア王国の港からもまだ距離があった。
お蔭で王都を急襲した先遣部隊に捕まっても、なんとか王国の残党に救出されて逃げ出す時間があったともいえるのだが。
人も馬車も、軒並み追いはぎの如くに無体で乱暴な臨検をされているであろう国内の主街道や港は危険過ぎ、アーデルセンの北側にある勇猛なカイエルン王国を抑えるために帝国は大軍勢を北の国境方面へ投入していたので、その方面へ逃げるのは自殺行為だった。
唯一逃げる道は、厳寒の剣ヶ峰が刃のように並ぶ『人を食らう魔神が棲む』とも言われるあの大山脈、人が生きて越えられるとは信じがたい狂気のアルブーマ大山脈越え以外にないという、端からまるで無理無謀という単語が計画という形を取ったの如くの逃避行であったのだ。
そして、王女に付き添っていた僅かな人間達も、その忠義と引き換えに二人を守るために一人また一人と倒れていったのであった。
そして最後には、まだ年端もいかぬ王女達も雪に埋もれてしまった。
そして、それを救ってくれたのは皮肉にも人を食らうと恐れられた魔神その人であったのだ。
「何よりも平原の盟主であったアーデルセン王国が電撃的に陥落した事実は多くの国に衝撃を与えたわけだしね。
帝国と対峙しないといけない国々も、おそらく今まで程の士気は保てないわ。
急な報を聞いて青ざめた隣国の軍隊も救援に向かってくれたでしょうに、その甲斐もなく彼の国は落ちたのよ」
「アーデルセン王国……」
その言葉一つに万感を込めて秘められた想いの重さには、自国の先行きの暗さに沈むシェリルも気付いていないようだった。
「ええ、このサンマルコス王国に扇状に被るようにハリオス王国とオルガノ王国があり、なんとか陸路からの平原東部への帝国の侵入は食い止めてきたというのに、まさか西の大平原三ヶ国を飛び越えて、盟主アーデルセン王国を数の論理と電撃速度戦で強引に攻め落とすなどとは通常であれば考えられない。
いくら最強の海軍を誇る帝国といえども、あの魔物の海を越えてありえないような暴挙だわ。
あの国の皇帝が発狂したとしか思えない」
「そこまで凄かったのかしら」
王宮の奥深くで外の様子を見る事も叶わずにいた二人の王女には、その猛攻をその目で見る事はなかった。
「ええ、あの一気果敢に進軍して、どうあってもいかなる犠牲を払ってもアーデルセンを落とすといった鬼気迫るような、あの占領のための電撃突撃戦で大量に投入した大軍勢の半数以上の兵士をたったの三日で消耗したとも言われる帝国軍の妄念には、周辺国家そのすべてが震撼した事でしょう。
帝国からあそこまで無傷で兵を送る事など決して叶わぬ魔の海ディープサウスを、損耗に次ぐ損耗を物ともせずに強引に屍の海を築き上げながら送った貴重な戦力を惜しまず投入した、家族を人質に取られて自爆突撃さえ厭わぬ死兵達の猛突撃の前に、どうする事も出来なかったでしょうね。
もしここにも、その帝国の蛮族兵がやってきたならば、その時は」
そして、ブルっと恐ろし気に身を震わせるシェリルに思わず同調して震えてしまう二人なのであった。
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