デビルナイツ・ジン

緋色優希

文字の大きさ
35 / 59
第一章 孤独の果てに

1-35 追撃のローエングリム

しおりを挟む
 シェリルは、彼女達のために心尽くしの料理を作ってくれた。

 材料費はそれほどかかってはいないが、じっくり手間暇と愛情を込められており、それはかつて家のお手伝いとして少女時代から宿のお客さんにも出されていたものだ。

「うわあ、いい匂い」

「今日はいっぱい歩いたから、お腹がペコペコよ。
 いただきます」

「たくさん召し上がれ。
 三人分なのに、つい量を作り過ぎちゃったわ。
 誰かと御飯にするのも久しぶりね」

 それは野菜たっぷりで、高い部位ではないがじっくりと柔らかく煮込んだ肉、そして山羊の乳で煮込んだ美味しいシチューだった。

 ハーブが一緒に似込まれているようだった。

 それに葉野菜のサラダ、ここの堅いパンをスライスして炙った物、それに昔宿で使っていたとみえる、よく手入れされていて今もその輝きを失っていない、美しい幾何学的な模様や花々などの装飾が刻まれた銀のポットに入った果実水。

「ねえ、シェリルは誰かと結婚しないの」

 子供らしくストレートな物言いで無邪気にシェリルに尋ねるメリーベル。

「ああ、こらこら。そういう事を不躾に聞くもんじゃないのよ」

「だって、シェリルさん、こんなに美人なのに独り身だなんて」

「ふふ、ありがとう。
 そう言って私を誘ってくれる男の人もいるのよ。

 でもね、まだ心の踏ん切りがつかないのよ。
 この家族でやっていた宿を捨ててしまって、両親の事も忘れてしまうのかって」

「そうか、そうだよね。
 まだ若いんだし、思い出いっぱいのこの家を離れたくないよね」

 そういうメリーベルも、王宮での暮らしを懐かしく思い出したものか、夢見るかのような表情を見せた。

 今ではもう本当に夢のような、本当にあったのかさえもわからなくなるような王宮での生活。

 しかし、それが現実だったのだと示してくれる者こそ、皮肉な事に彼女達を追い立てる帝国の追手達なのであった。

 そして、お代わりもいっぱい頂いて、用意してくれた部屋で、粗末だけれども心を込めて準備してくれた清潔な布団で二人はあっという間に眠りについた。

 もう王宮を秘密の抜け穴から出た時点で多数の追手に追われていたので、まともな宿などに泊まれたりはしなかった。

 へこたれそうになっても止まる事は許されない。
 回復魔法で支援してもらって、それこそ馬車や騎馬の馬のように行軍したのであった。

 そして、最後にはとうとう回復魔法をかけてくれる人すら誰もいなくなり、食糧や水さえも尽きて体を凍らせるような雪しか口にする物は無くなった。

 そして、とうとう哀れ山中で行き倒れとなったのであった。

 だが、たとえ二人だけになったといっても、あそこまで頑張って諦めずに進んだからシルバーに見つけられて、ここまでやってくることができたのだった。

 その夜、久しぶりにまともな布団にくるまれた子供達が、深い、本当に心底深い眠りについてしまったとて、誰が責められようか。

 だが、彼らは狙いすましたかのようにその晩にやってきたのである。
 それは深夜の敵襲だった。

「ぐむっ!」

 乱暴に布団を剥がされ、いきなり猿轡をかまされて、寝巻のまま縛り上げられたアリエス。

 幸いな事に服や靴なども仕舞い込んであった、買い物した品や王宮から持ってきた荷物の入った収納バッグをつけたベルトはしっかりとしたままだ。

 いつ何があるかわからないので用心していたのだが、まさに今こうなってしまった。
 そして、メリーベルといえば。

「おい、そこの小さい王女、特に止める気もないが布団の中で逃げ回っても時間の無駄だぞ」

 傍にしゃがみこんだ賊は小声で彼女を脅した。
 ここは他国につき、目立つような荒事にするつもりはないのかもしれない。

 だが、上役と思われる人間は言った。
「何をしているか。
 さっさと片付けろ、家人に気づかれる」

「その時はそいつを片付ければいい。
 物盗りの仕業にでも見せておけばよいのだ。
 この街の治安は悪いからな」

 それを耳にして、ピタリと動きを止めたメリーベル。
 シェリルに危害が及ぶのを恐れたものらしい。

 だがなす術がなかったという訳ではない。

 彼女は吹いていた。
 あの『御守りの笛』を吹いていたのだ。

 何度も、何度も繰り返し繰り返し、一心に。
 そして、それからほぼ間を置かずに応えがある。

「ワオーーーーン」

 あの独特な、若干人が狼の遠吠えを真似しているのではないかと思うような妙に人間臭い遠吠えが遠くから街に響いてきて、メリーベルの比較的感度のいい耳朶を安心で打った。

 そして彼は駆けたのだ。
 友の呼ぶ笛の音源目掛けて駆けに駆けた。

 メリーベルは布団を引き剥がされ、縛り上げられるまで必死にそれを吹き続けていた。

 この街のあるのかないのか、よくわからないような中途半端な柵をヒラリっと殆ど跳躍というでもなく、走るついでに少し勢いよく駆け越えたとでもいう感じに速度も落とさずに駆け通したシルバー。

 大事なお友達に呼ばれたので、そのピンチに駆け参じるために。

 二人を担いで、そっと家を出てくる賊達を獲物として、その野獣の双眸で狙い澄ますシルバー。

 そして、仲間と打ち合わせ済みなので、そのタイミングを計らっている。

 不意打ちはガルーダから始まった。
 突如として闇夜の道端に出現した、羽根を打ち広げた巨大なガルーダ。

 それは手練れの男達にしても、闇夜で突然の予期せぬエンカウントでは心臓に悪い物だった!

「な! こんな街中で、いきなり魔物か」
「どこから出た!」

 もちろん、彼らが担いでいる攫ってきた獲物の袋からに決まっている。

 人質が殺されないのを知っていたので、ルーも狭い部屋の中での立ち回りはやめて、外で応援の犬と一緒にケリを付ける事にしたのである。

「く、我々が足止めする。
 お前達は王女達を早く連れていけ」

 だが、足止めも何もない。
 次の瞬間に背後から音もなく忍びやってきた電光狼の前足によってその全員が、瞬刻の内に冷たい雪国の地へと沈んだ。

「ご苦労さん、シルバー」
「へっへー、狩り楽しい」

「やれやれ、さあ二人を出してあげなくちゃ」

 ルーの人のような手であり、また強力な鍵爪にパワーを込められるそのガルーダ・ハンドで袋も縄も引き千切った。

 もちろん、二人の体に被害が及ばないようデリケートに扱って。
 さすがは守り神と崇められる魔物、いや神獣だけあって誠に素晴らしい手際だった。
 ご面相は暗い夜道で出くわしたくないものであったのだが。

 そもそも、ルーが一緒にいるので既にテレパシーでジンとシルバーには襲撃を知らせてある。

 犬笛は万が一のための物に過ぎず、前からあの笛を吹きたがっていたメリーベルには存分に吹かせてやったというわけである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...