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第一章 孤独の果てに
1-53 港の一大事
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そして黄昏の港へ入り込んだはいいが、まだ慌ただしく働いている人達が大勢いた。
いや大勢い過ぎた。
こんな帆船が主力の世界で、まるで今の時間、闇という名の純粋に航行に関するのみならば船にとっては比類ないほどの危険をもたらす魔物が支配し始める時間から、本日の出航のピークを迎えるとでもいうような有様だった。
港には高価な魔導の灯りが惜しみなく、いや惜しんでも仕方がないとでもいうほどに多数が灯されて、船乗りや商人、そして荷役人夫達の叫ぶ大きな声が、夜の港を押し包んでいたはずの静寂を脅かす。
どうにも雰囲気が妙な按排だ。
まるでこの港に非常事態でも宣言されたような、ありえないほどに異様な空気に包まれた有様だった。
「ここは、なんだか凄く慌ただしいんだな」
「それは当り前よ。
同じ国内の『お隣の港』に帝国が暴れ込んだ様はもう伝わっているのだから。
ジン、この世界でも港間には地球にも劣らない凄い情報網が敷かれているのよ。
経済に特に大きな影響を与える大規模な物流基地なんだからね。
特にこの平原の港全域には、先日のアーデルセン王国陥落の時の衝撃が未だに残っているのだから。
あれはこの国にとっては喉笛に刃を突き付けられたも同然の出来事だったのよ」
「そうだったのか。
まあ、そういうものなのかもしれないな。アーデルセン王国奇襲の際は魔導による情報封鎖が行われたそうだが、ここでは最早それすらも行われなかったという訳か」
よく見れば、船に乗って逃げ出そうとしている商人もいるようだった。
大声で怒鳴り付け、知り合いの船を捕まえて、出航寸前でもう船が動き出している時にロープを投げてもらって無理やり乗り込んでいる人なんかもいた。
パッと見た加減では結構裕福な身なりだが、買い付けた荷物などは港へそのまま捨てていくのだろう。
それは一からの、あるいは借金を抱えてのどん底からのやり直しになってしまうのかもしれない。
いや、それでも今夜ここで船に乗り損なったら、帝国の支配域に取り残されてしまえば商人としても終わってしまうのかもしれないから、それが正しい選択なのかもしれない。
いずれ、この港も終わる運命だった。
それがたまたま今夜だというだけなのだろう。
はっと気が付いてレーダーで軍用ゾーン見たところ、既にもぬけの殻で軍艦さえ一隻もいない。
周り全ての港、そして自国のもう一つの大型港さえも落とされて、ここへの敵襲も時間の問題なのだ。
もう一つの軍港に残された軍艦の半分ほど、港に残っていた船は敵の手に落ちただろうから、残された貴重な軍艦を守るために、まだ帝国手勢の手薄な東方面の王国あたりにでも向かったものだろうか。
祖国を守るための軍勢が、後のために涙を飲んで自らの保身に走らざるを得ずに逃走を与儀なくされるなんて屈辱以外の何物でもないのだろうなあ。
この港は、そしてこのサンマルコス王国はお終いなのだ。
やがては、この平原全て、あるいは俺達が目指す西方諸国さえも。
まるで癌細胞のように膨れ上がり、大陸を蝕んでいく帝国。俺は港の夜を埋め尽くす冷気がもたらすかの如くに、この無敵の魔神ギガントの肉体に伝染したかのような寒気を覚えずにはいられなかった。
「ああ、港湾関係者もピリピリしていてね。
今回の襲撃も『ついに来るべきものがやって来たか』という感じに受け止められているのよ。
前回の騒ぎで、至近のパルミシア王国にあるアモスの港が落とされたから警戒はされていたのだけれど、このパルセンを飛び越えてブシュレが襲撃されたのだから、それはもうね。
まあ、本来ならばあちらの港の方が帝国本国には近いのであるから、事が終わってみれば納得というところかしら。
もう蜂の巣を突いた騒ぎとは、まさにこの事だわ」
「ああ、そういう事だったのか。
言われてみれば確かにな」
「これで、この国の物流には大きな影響が出たわ。
帝国相手に直接対峙して踏ん張っていた三か国の海運を一手に握っていた港の最後の一つがこの有様なのだから、それが担っていたこの東平原の三か国の兵站は苦しくなるなんてものじゃない。
全てを国内にて賄わないといけなくなるわ。
今までは東の平原にある盟主率いる国家連合が相当バックアップしてくれていたから、あの帝国を相手にしてもなんとか踏ん張ってこれたのに。
ただでさえ東の平原と分断されて帝国に挟み撃ちにされて戦況は悪くなる一方だというのに大打撃もいいところよ。
軍事力で敵方に押されている国は経済も衰退してこのように滅びへの道を歩む事になるのよ」
「そうか、俺が巻き込まれた騒ぎがそこまでの事態になっていたとは」
俺なんか最近まで暢気にかまくらで愛犬と一緒にボーっとしていただけだというのに、そんなにも世の中は大きく動いていたのだな。
「もうかなりの船がこの一日の間にこの港から出航していったはずよ。
帝国海軍がやってきて港湾が封鎖されたなんていったらオーナー船長あるいは船主の破産は免れないわ。
この国の東で騒ぎがあったのだから、本来ならまだ帝国の力が及ばないほど力の強い国の集まりである西方諸国へ逃げたかった船も、尻に帆をかけて東に向かったでしょうね」
「はあ、逃げ出すために苦心していたのは俺達だけじゃあなかったって訳なんだな」
「情報は大事よ、ジン。
我々だって対岸の火事ではいられないのだから。
他ならぬあなた自身が陥っている状況こそが、まさにその生きた証拠の一つなんじゃないのかな。
実は帝国には我々の存在は知られてしまっているのよ。
元々、帝国から追われていたような仲間を救うために一戦も二戦も交えたからね。
特に捕まっていた仲間の救出戦は熾烈を極めたわ。
あの子達は戦う力があまりなかったのもあって意地でも助けにいったから。
こちらに人的損害はなかったけれど、向こうは大損失だっただろうから、相当恨みは買ったわね。
まあ相手は強大な帝国なんだから、少々の事ではビクともしちゃあいないけれど」
「うわ、俺で三戦目くらいなのか?」
「うーん、一体幾つまでいったものやら。
あちこち事情が複雑なんで上手く数えられないのよ。
小規模戦闘の小競り合いまで含めたらね。
今回だって戦っていたのはサンマルコス王国と帝国の軍隊なんでしょう。
私はちょっと困っていたあなたの手助けをしただけ。
うちが帝国と本当にやりあう時は、間違いなく激しい殺し合いになるでしょうね」
なんて事だろう。
道理で連中も俺みたいなのを相手に戦い慣れている訳だ。
俺の、今までいる事さえ知らなかった『仲間』に苦渋を飲まされていた訳か。
いいだろう、俺も次回こそはそいつを連中に飲ます側に回ってやろうじゃないか。
さすがに、いい加減頭に来たぞ。
くだらねえ理由であんな子供達なんか追いかけ回しやがって。
その俺の燃える瞳を怜悧な顔立ちの頭を巡らせて覗き込んで、ショウは不敵に笑っていた。
「おや、大将。
ちょっとやる気なんじゃないの」
「ああ、ここに至って帝国の連中もちょっと調子こき過ぎなんじゃないかと思ってな。
さすがに温厚な俺も限界が来てるわ」
「頼りにしているわよ、魔神様。
実は未確認情報なんだけど、今度救出しなければならないかもしれない仲間がいるみたいなんだ。
まだ先の作戦になりそうなんだけどね」
「そうか、こっちの案件が終わったら是非とも参加させてもらいたいもんだな。
同じ日本出身で苦境に陥っている仲間がいるというならな。
どうせまた糞ったれの帝国絡みなんだろう」
「ええ、その通りだわ。
期待しているわよ、魔神ギガント君」
こうもやられっぱなしというのも癪に障り過ぎる。
こっちは静かに暮らしていたかっただけなのにな。
他人の権利を勝手に無闇に犯す者にはどういうお仕置きが待っているのか教えてやろう。
そして彼らが知らない事で、一つだけ俺が教えてやれる事がある。
どのような世界のどのような帝国であれ、帝国と名が付いてこの世で滅びなかった帝国など一つも無かったと言う事を。
それらの帝国なるものが滅びた理由の大半は、イケイケな拡張路線を推し進め過ぎて我儘が過ぎた挙句に、他人に余計な喧嘩を売り過ぎたのが主な原因なんだからな。
まったく他国に喧嘩を売らない温厚な国を帝国と呼ぶのもまた抵抗があるのだが。
そして、ショウは一隻の船に俺達を連れていってくれた。
寂れたような埠頭、まるで他に誰も使っていないというような空気を醸し出し、そこには他の商船とも軍艦とも違うオーラを纏った船が停泊していた。
その船に飾られていた旗のマークは髑髏。
そう、それは俗に言うところの紛れもない海賊船だった。
いや大勢い過ぎた。
こんな帆船が主力の世界で、まるで今の時間、闇という名の純粋に航行に関するのみならば船にとっては比類ないほどの危険をもたらす魔物が支配し始める時間から、本日の出航のピークを迎えるとでもいうような有様だった。
港には高価な魔導の灯りが惜しみなく、いや惜しんでも仕方がないとでもいうほどに多数が灯されて、船乗りや商人、そして荷役人夫達の叫ぶ大きな声が、夜の港を押し包んでいたはずの静寂を脅かす。
どうにも雰囲気が妙な按排だ。
まるでこの港に非常事態でも宣言されたような、ありえないほどに異様な空気に包まれた有様だった。
「ここは、なんだか凄く慌ただしいんだな」
「それは当り前よ。
同じ国内の『お隣の港』に帝国が暴れ込んだ様はもう伝わっているのだから。
ジン、この世界でも港間には地球にも劣らない凄い情報網が敷かれているのよ。
経済に特に大きな影響を与える大規模な物流基地なんだからね。
特にこの平原の港全域には、先日のアーデルセン王国陥落の時の衝撃が未だに残っているのだから。
あれはこの国にとっては喉笛に刃を突き付けられたも同然の出来事だったのよ」
「そうだったのか。
まあ、そういうものなのかもしれないな。アーデルセン王国奇襲の際は魔導による情報封鎖が行われたそうだが、ここでは最早それすらも行われなかったという訳か」
よく見れば、船に乗って逃げ出そうとしている商人もいるようだった。
大声で怒鳴り付け、知り合いの船を捕まえて、出航寸前でもう船が動き出している時にロープを投げてもらって無理やり乗り込んでいる人なんかもいた。
パッと見た加減では結構裕福な身なりだが、買い付けた荷物などは港へそのまま捨てていくのだろう。
それは一からの、あるいは借金を抱えてのどん底からのやり直しになってしまうのかもしれない。
いや、それでも今夜ここで船に乗り損なったら、帝国の支配域に取り残されてしまえば商人としても終わってしまうのかもしれないから、それが正しい選択なのかもしれない。
いずれ、この港も終わる運命だった。
それがたまたま今夜だというだけなのだろう。
はっと気が付いてレーダーで軍用ゾーン見たところ、既にもぬけの殻で軍艦さえ一隻もいない。
周り全ての港、そして自国のもう一つの大型港さえも落とされて、ここへの敵襲も時間の問題なのだ。
もう一つの軍港に残された軍艦の半分ほど、港に残っていた船は敵の手に落ちただろうから、残された貴重な軍艦を守るために、まだ帝国手勢の手薄な東方面の王国あたりにでも向かったものだろうか。
祖国を守るための軍勢が、後のために涙を飲んで自らの保身に走らざるを得ずに逃走を与儀なくされるなんて屈辱以外の何物でもないのだろうなあ。
この港は、そしてこのサンマルコス王国はお終いなのだ。
やがては、この平原全て、あるいは俺達が目指す西方諸国さえも。
まるで癌細胞のように膨れ上がり、大陸を蝕んでいく帝国。俺は港の夜を埋め尽くす冷気がもたらすかの如くに、この無敵の魔神ギガントの肉体に伝染したかのような寒気を覚えずにはいられなかった。
「ああ、港湾関係者もピリピリしていてね。
今回の襲撃も『ついに来るべきものがやって来たか』という感じに受け止められているのよ。
前回の騒ぎで、至近のパルミシア王国にあるアモスの港が落とされたから警戒はされていたのだけれど、このパルセンを飛び越えてブシュレが襲撃されたのだから、それはもうね。
まあ、本来ならばあちらの港の方が帝国本国には近いのであるから、事が終わってみれば納得というところかしら。
もう蜂の巣を突いた騒ぎとは、まさにこの事だわ」
「ああ、そういう事だったのか。
言われてみれば確かにな」
「これで、この国の物流には大きな影響が出たわ。
帝国相手に直接対峙して踏ん張っていた三か国の海運を一手に握っていた港の最後の一つがこの有様なのだから、それが担っていたこの東平原の三か国の兵站は苦しくなるなんてものじゃない。
全てを国内にて賄わないといけなくなるわ。
今までは東の平原にある盟主率いる国家連合が相当バックアップしてくれていたから、あの帝国を相手にしてもなんとか踏ん張ってこれたのに。
ただでさえ東の平原と分断されて帝国に挟み撃ちにされて戦況は悪くなる一方だというのに大打撃もいいところよ。
軍事力で敵方に押されている国は経済も衰退してこのように滅びへの道を歩む事になるのよ」
「そうか、俺が巻き込まれた騒ぎがそこまでの事態になっていたとは」
俺なんか最近まで暢気にかまくらで愛犬と一緒にボーっとしていただけだというのに、そんなにも世の中は大きく動いていたのだな。
「もうかなりの船がこの一日の間にこの港から出航していったはずよ。
帝国海軍がやってきて港湾が封鎖されたなんていったらオーナー船長あるいは船主の破産は免れないわ。
この国の東で騒ぎがあったのだから、本来ならまだ帝国の力が及ばないほど力の強い国の集まりである西方諸国へ逃げたかった船も、尻に帆をかけて東に向かったでしょうね」
「はあ、逃げ出すために苦心していたのは俺達だけじゃあなかったって訳なんだな」
「情報は大事よ、ジン。
我々だって対岸の火事ではいられないのだから。
他ならぬあなた自身が陥っている状況こそが、まさにその生きた証拠の一つなんじゃないのかな。
実は帝国には我々の存在は知られてしまっているのよ。
元々、帝国から追われていたような仲間を救うために一戦も二戦も交えたからね。
特に捕まっていた仲間の救出戦は熾烈を極めたわ。
あの子達は戦う力があまりなかったのもあって意地でも助けにいったから。
こちらに人的損害はなかったけれど、向こうは大損失だっただろうから、相当恨みは買ったわね。
まあ相手は強大な帝国なんだから、少々の事ではビクともしちゃあいないけれど」
「うわ、俺で三戦目くらいなのか?」
「うーん、一体幾つまでいったものやら。
あちこち事情が複雑なんで上手く数えられないのよ。
小規模戦闘の小競り合いまで含めたらね。
今回だって戦っていたのはサンマルコス王国と帝国の軍隊なんでしょう。
私はちょっと困っていたあなたの手助けをしただけ。
うちが帝国と本当にやりあう時は、間違いなく激しい殺し合いになるでしょうね」
なんて事だろう。
道理で連中も俺みたいなのを相手に戦い慣れている訳だ。
俺の、今までいる事さえ知らなかった『仲間』に苦渋を飲まされていた訳か。
いいだろう、俺も次回こそはそいつを連中に飲ます側に回ってやろうじゃないか。
さすがに、いい加減頭に来たぞ。
くだらねえ理由であんな子供達なんか追いかけ回しやがって。
その俺の燃える瞳を怜悧な顔立ちの頭を巡らせて覗き込んで、ショウは不敵に笑っていた。
「おや、大将。
ちょっとやる気なんじゃないの」
「ああ、ここに至って帝国の連中もちょっと調子こき過ぎなんじゃないかと思ってな。
さすがに温厚な俺も限界が来てるわ」
「頼りにしているわよ、魔神様。
実は未確認情報なんだけど、今度救出しなければならないかもしれない仲間がいるみたいなんだ。
まだ先の作戦になりそうなんだけどね」
「そうか、こっちの案件が終わったら是非とも参加させてもらいたいもんだな。
同じ日本出身で苦境に陥っている仲間がいるというならな。
どうせまた糞ったれの帝国絡みなんだろう」
「ええ、その通りだわ。
期待しているわよ、魔神ギガント君」
こうもやられっぱなしというのも癪に障り過ぎる。
こっちは静かに暮らしていたかっただけなのにな。
他人の権利を勝手に無闇に犯す者にはどういうお仕置きが待っているのか教えてやろう。
そして彼らが知らない事で、一つだけ俺が教えてやれる事がある。
どのような世界のどのような帝国であれ、帝国と名が付いてこの世で滅びなかった帝国など一つも無かったと言う事を。
それらの帝国なるものが滅びた理由の大半は、イケイケな拡張路線を推し進め過ぎて我儘が過ぎた挙句に、他人に余計な喧嘩を売り過ぎたのが主な原因なんだからな。
まったく他国に喧嘩を売らない温厚な国を帝国と呼ぶのもまた抵抗があるのだが。
そして、ショウは一隻の船に俺達を連れていってくれた。
寂れたような埠頭、まるで他に誰も使っていないというような空気を醸し出し、そこには他の商船とも軍艦とも違うオーラを纏った船が停泊していた。
その船に飾られていた旗のマークは髑髏。
そう、それは俗に言うところの紛れもない海賊船だった。
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