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第一章 巻き込まれたその日は『一粒万倍日』

1-68 収納

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「お前に二つ授けよう。一つは金、そしてもう一つは商品だ。そいつは売ってこいという事じゃない。お前が好きに使っていいものだ。お前がコネを作るためにだけ使え。俺が元の世界から持ち込んだ物で、この世界にはまだ存在すまい。

 出すところを間違えると殺されるかもしれないから気をつけろ。賢いお前なら、そういう事は見れば一目でわかるだろう。あと、この世界に俺達が持っているような『収納の魔道具』は存在するか?」

 彼は俺からの思わぬ申し出に真剣な顔で考え込んでいたが、やがて手元のコップから冷め加減の御茶を一口飲んで答えた。

「僕なんかには過分なお申し出で非常に驚きましたが、もしそうしていただけるなら頑張りますよ。

 収納に関してですが、さまざまな形と収納サイズの収納袋という物があります。いわゆる魔道具なのですが、滅多に出るものではありません。また出ても非常に高価です。

 そのあたりは相場という奴でして、なんともいえませんがランクにより異なりますが、一般に出回る荷馬車クラスの荷物が持てる物で、最低でも金貨百枚と言われています」

 ふうむ。完璧に軽四ワンボックスのバンクラスの荷物容量で日本円にして最低で一千万円相当の値段か。高い、高いな。

 しかし確かに高いのだが、こいつに持たせておけば、この村にいながらにしてあれこれとよい物が手に入りそうだ。これは間違いなく買いだ。

「そんな物を買える金を出して、行商人のお前が分不相応に収納袋なんか買おうとしたら殺されたりしないか」

「うーん、なんともいえませんが、金額が非常に大きいため場合によっては殺されると思います。あれこれありますので、そういう事がないとは断言できませんね。あなたが収納袋を買ってくださって、こっそりと僕が持っている分には下手を打ったりしなければ大丈夫だと思いますが」

「うーむ、やっぱり俺が一回街まで行ってこないと駄目か、しかし俺が行った時にそいつがあるとは限らないしな」

「そこは金貨一枚くらいを前金で渡しておいて予約をという事ではいかがでしょう。そうすれば、商品が入りしだい取り置きしてもらっておいて、あなたが取りに行くという段取りではいかがでしょう。例の上級のポーションなんかでも、大金が動きますから同じ段取りにした方がいいかもしれません」

「それが良さげな按排だな」
 徒歩で片道五日の街ならば、フォリオなら一日か二日、いや街道が混んでいると二日はみないと駄目だろうな。

 ああ、それに街道がよくなかったら駄目だ、空いていてもスピードが出せないだろう。

「よし、じゃあ金は明日だが、こいつは今日授けよう」
 そして俺が渡したものは『チョコ』だった。

「これは……」
 異国の文字で書かれた訳のわからない語句。見知らぬ素材で作られた斬新なデザインに鮮やかな色合いで彩られたパッケージと、仄かに鼻腔をくすぐる香る甘い匂い。

「うわあ、これは」
「一つ食ってみろ」

 そして、差し出されたチョコの銀紙の包みの封印を自力で上手に剥がし、まず匂いを嗅ぎ繁々と眺めてから口に放り込み、彼は魂を捉われた。

「こ、こ、こ、これは~」
 初めて口にする砂糖とミルクのたっぷり練り込まれたチョコレート、丹念に加工されたカカオの大変よい香りを口内いっぱいに広げて、しばしの至福に彼は酔いしれた。

 商人なればその価値は一目瞭然、皮膚感覚ならぬ粘膜感覚というか嗅覚味覚というか、彼はその、この世界では値千金の家財となりうる神品と出会ったのであった。

「どうだ。こいつは日持ちこそするが、うーん熱に弱くてな。そうか、今の熱い夏の季節は難しいな。それこそ収納が要るレベルなのだ。仕方がない、チョコはそいつが手に入ってからだな。そうでないと、却って信用を落としそうだ」

「そうなのですか?」
「こいつはな、溶けてしまっても冷やせば元に戻るのだが、そうすると著しく風味が落ちるのさ」

「そうですか、ではそれは収納がいただけてからの切り札にするということで」
「なかなかうまくいかないものだな。じゃあ、代わりにこれを授けよう」

 そう言って渡した物は、袋入りのラムネ菓子とキャラメルだ。これなら多少は暑くても大丈夫だろう。こいつも味見させてみた。

「うん、これもいけますね。でもまだチョコの幻影が頭の中で踊っていますよ」
「ははは、まあチョコは俺達の世界でも大人気のお菓子だからねえ」

 はあ、ベルギーチョコとかあったらなあ。生憎とそんないい物は会社へ行くバッグには入れちゃあいないけどね。
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