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第一章
八、そのスパイ、激怒する。
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<異空間の扉/ゲート>の先は、孤児院の私室。
変態からの解放。心の綺麗な子どもたちと一緒に遊び、心も体もリフレッシュしようと思った矢先に――俺の目にとんでもないものが飛び込んできた。
「ん……っ。あぁ……っ! オウル様のベッド……っ! 汗が染み込んだ掛け布団……っ! 髪の匂いがする枕ぁ……っ! あぁ、包まれる……支配されてしまう……っ!」
信じられないことに、あの清楚でおしとやかで気品溢れるハイサキュバスのサキュラが、上下真っ黒の下着姿で俺のベッドやら寝具一式に、全身をこすり付けていた。
(お、おぉ……? なんだ、これ、は……?)
普段の清楚然としたサキュラの姿はどこにもない。
あまり言いたくはないが、さっきの今なので、世紀の変態ダビデと重なって見えてしまう。
(<異空間の扉/ゲート>の座標設定を間違えてしまったのかな……?)
そう信じたかったが……現実は時に残酷である。
どこからどう見ても、ここは俺の建てた孤児院であり、どこからどう見ても俺の部屋だ。
(最近ベッドからいいにおいがするなと思っていたら……。こういうことだったのか……)
先ほどから怒涛の勢いで押し寄せてくる精神を削るイベントに、俺のメンタルがゴリゴリと削られていく。
(はてさて……どうしたものか……)
軽くトリップ状態になっているのか、サキュラが俺のことに気付く様子はない。
「あはっ……。オウル様……オウル様ぁ……っ」
艶っぽく色のある声で、俺の名前を呼び続けるサキュラ。
(……いけない。とにかくこのままではいけない)
このままでは下着も脱ぎかねない勢いである。さすがにその一線を越えてしまったら、サキュラはこちらに戻って来られなくなる。
(もちろん、そうなった場合でも――たとえどんな特殊な性癖を持っていようとも、サキュラが俺の大事な家族であることに変わりはない)
全てを受け入れた上で、ちゃんと一人の家族として愛するつもりだ。
子どもたちを拾ったそのときから、俺はこの子たちに関する全ての責任を負っている。
(……よし、行くか)
俺は意を決して彼女に声をかけることにした。
「えーっと……サキュラ?」
「あぁああああっ! オウル様っ! なんて凛々しく、聞くもの全てを虜にする魅惑のお声っ!」
俺の声を聞いたことでさらに興奮してしまったのか、彼女は激しくベッドの上でゴロゴロと転がり始めた。
そして――。
「……あれ? …………オウル様の、おこ、え?」
ふとした拍子に一瞬だけ平静を取り戻したのか、サキュラは壊れた機械のようにゆっくりと首をこちらに向けた。
「えっと……ただいま、サキュラ」
「……お、おかえりなさい、ませ」
彼女は掛け布団をマントのように羽織り、サッとベッドから立ち上がった。
そしていつも通りに優雅なお辞儀をしてみせる。
「い、いかがしました、か? オウルしゃま?」
(……こいつっ!? 何もなかったものとして強引に押し通すのか!? さすがはサキュラ、何という力技だっ!?)
意外にもパワーファイターな一面を持つサキュラだったが――やはりかなり強がっているのだろう。
顔は耳まで真っ赤に染まっており、目元に涙が浮かんでいる。何より笑顔があまりにもぎこちなかった。相当に精神的なダメージを負っているらしい。
(いったい何と声をかけたらいいのやら……)
こういった女の子の情緒的なことに男の俺は鈍い。
(あぁ、こんなときにツァドラスがいてくれたら……)
そんなあり得もしないもしもを考え、現実逃避をしてしまうほどにお手上げだった。
(……いや、そんな弱音を吐いていてどうするっ! しっかりしろっ、オウルっ!)
俺はこの子たちの親代わりなんだ。ちゃんとフォローしてやらなくてはならない。
俺は真っすぐサキュラの目を見て、口を開く。
「その、何だ……。俺は何も見てなかったからな? 気にしなくていいぞ?」
「は、はい……っ」
今にも泣きだしそうなサキュラ。
「オウル様……その、少し一人にしてもらっても……いいでしょうか? 今、優しい言葉をかけられると……その、泣いて……しまいそうなので」
今にも消えてなくなってしまいそうなほどに、か細い声で目を伏せながらそう言った。
「そうか……わかった。少し外に出てくるとするよ」
「っ、あ、ありがとう、ございます……っ」
サキュラのお願いを聞き入れ、俺は部屋を出て外の空気を吸ってくることにした。
■
孤児院を出た俺は、一人で森の中を散歩する。
「ふー……。まさかサキュラにあんな一面があったとはなぁ……」
今までずっと一緒に住んでいたのに全く気が付かなかった。
「まぁ、サキュラもサキュバスだもんな……。そういうこともあるんだろう」
人間もモンスターも、みんなそれぞれ種族ごとの特徴がある。
その違いを互いによく知り、理解し、受け入れることが大切なんだと思う。
漠然とそんなことを考えながら歩いていると、目の前から狐娘のファーを含めて三人の子どもたちが走ってきた。
「あっ、おじさんだーっ! もうー帰ってるなら、ちゃんと教えてよー!」
「へへっ、俺たちこれから缶蹴りするんだけど、おじさんも一緒にやってかない?」
「うんうんー。みんなでやったら、絶対に楽しいと思うなー」
子どもたちは俺の腕をグイと引っ張って、一緒に遊ぶように口々に言った。
「缶蹴りか……。そういえば久しくやっていないな」
太陽の昇り具合を見る限り、まだ元老院との会談までにはずいぶんと時間がある。
「よし、それじゃ今日は一緒に遊ぶか!」
「わーいっ!」
「やったーっ!」
「それじゃ、みんなでジャンケンしよーっ!」
子どもたちが無邪気に喜ぶ姿を見るとなんだかホッとする。
さきほどまでの少しハードなイベントがようやく終わった。
俺は穏やかな心持ちで、ファーたちとジャンケンをする。
「さいしょはグーッ! じゃんけん――」
「「「「ポンっ!」」」」
ファーがただ一人パーを出し、残りはみんなチョキを出した。つまり今回の鬼は、一人負けをしたファーだ。
「ファーが鬼だーっ! みんな隠れろーっ!」
「おじさん、缶を蹴ってね! うーんと遠くにだよっ!」
「あぁ、任せておけ」
子どもたち二人が先に隠れ、俺は最初に缶を蹴る役目だ。
「そら……よっとっ!」
地面に置かれたアルミ製の缶を蹴ると、パカンという軽快な音が響き、天高く空を舞った。
(よし、いい感じだ)
そこまで遠くもなく、かといって近くもない――ここからおよそ十メートルほど先のちょうどいい辺りに缶を蹴り込んだところで、ゲームスタートだ。
「もぅーっ! おじさん遠くに飛ばし過ぎっ!」
ファーが「むぅーっ」と唸り声をあげて抗議をする。
「はははっ、悪い悪い。でも、ほら早く見つけてこないとゲームが始まらないぞ?」
「むぅーっ! 絶対に見つけてあげるんだからーっ!」
そう言ってファーは、缶が飛んでいった方へ走っていった。
「さてさてどこに隠れようか……」
子どもとの遊びに全力になるのは、ツァドラスやフェルだけで十分だ。
俺は子どもたちが適度に楽しめて、かつ俺もほどほどに楽しいぐらいの本気度で遊ぶ。
俺がキョロキョロと隠れ場所を探しているうちに、缶を拾ってきたファーが目をつぶってカウントを始めた。
我が家のルールでは鬼は缶の前で六十秒を数えてから、隠れたみんなを見つけにいく。
つまり、残された時間はもうあまりない。
(ふむ……この辺りでいいかな……?)
鬼であるファーの初期位置から、およそ南に十メートル先の地点。大きな木で陰になっている場所を隠れ場所に選んだ。
そのまま息を殺して忍ぶこと約五分。他の二人はあっけなく見つかってしまい、残りは俺一人となっていた。ファーは狐の特性を持つ獣人。意識を集中させたときの聴覚はすさまじいものがある。
(これは……中々気を抜けないな……)
俺が息を殺して木陰に潜んでいると――。
「あれー? フェルお姉ちゃんだー! おかえりーっ!」
「……ファーか。あぁ……ただいま」
少し先の方でファーが誰かと話し始めた。
ここからはずいぶんと離れているので、顔も見えなければ声もはっきりと聞こえない。
もしかして、他の子どもたちも参加したいと言ってきたのだろうか?
「ん? どうしたのフェルお姉ちゃん? そんなに暗い顔をして?」
「……あぁ、その、何だ。いや、すまない……。……やはり隠していても仕方ないな。ファー、今からとても大事なことを話すから、気をしっかりと持って聞いてほしい」
二人はそれほど大きな声で話していないようで、ここからでは何を話しているのかわからない。
「大事な話? それだったら、私じゃなくておじさんにお話しした方がいいと思うよ?」
「……そう、そのオウル――おじさんのことについて何だが」
ずいぶんと話し込んでいるな……。
俺が少し気になり始めたそのとき――。
「ねーねー、おじさーんっ! ちょっとこっちに来てーっ!」
ファーからお呼びの声がかかった。声の明るさからして、トラブルというわけではなさそうだが、いったい何なのだろうか?
「どうしたんだファー? 何かあったのか?」
ガサゴソと木陰から出て、ファーの元へと向かうとそこには――。
「フェルのお姉ちゃんがおじさんにお話しがあるんだってーっ!」
長い金髪をポニーテールにして、金と白を基調とした防具。刀身が真っ白な聖剣を腰に差した美女。フェルブランド=レスドニアの姿があった。
「「……あっ」」
思いもよらぬ遭遇。お互いの時間がピタリ止まった。
(なんということだ……)
さっきの裁判の言い訳をまだ何も用意していない。
およそ考えうる限り最悪のタイミングで、フェルと鉢合わせてしまった。
「……ずいぶんと元気そうじゃないか。オウルおじさん?」
フェルは額に青筋を浮かべながら、ニッコリと笑顔でそう言った。
ずいぶんとまぁ、ご機嫌斜めのようだ。……俺のせいだが。
「あ、あぁ……おかげさまでな」
引きつった笑顔で、返事を返す。
「……しっかりと納得のいく理由を話してもらえるんだろうな?」
「一応……頑張ってみようと思う」
あまり期待をしないでくれると助かる。そして出来れば物分かり良く、すぐに納得してくれるともっと助かる。
(あぁ……憂鬱だ)
がっくりと肩を落とし、脳内でうまく辻褄の通る話を高速で練り上げ始める。
その間にフェルは、ファーと交渉を開始した。
「すまない、ファー。私はこれからおじさんと大事なお話があるから……。少しの間だけおじさんを貸してくれないだろうか?」
そう言って両手をパチンと合わせ、片目をつぶってお願いをするフェル。
それに対してファーは――。
「んー……。いいよっ! その代わり、お話が終わったらすぐに返してね!」
一瞬だけ悩む素振りを見せたが、すぐにオーケーを出してしまった。
「あぁ、約束するよ。ありがとう、ファー」
「えへへぇー。どういたしましてー」
貸すとか返すとか……まるでレンタル品のようだな……。
そんなことを思いながら、フェルと一緒に孤児院へと向かった。
■
孤児院へと戻った俺は、自室にフェルを招き入れた。
そして森からここまでの道を歩く間に作り出した言い訳を語り聞かせた。
「――というわけで、あの裁判は元々仕組まれたものだったんだよ」
一応全ての筋は通してある。矛盾のない説明だった……はずだ。
するとフェルは目をつぶり、ゆっくりと俺の言い訳を整理するように「うんうん」と首を縦に振った。そして納得してくれたのか、カッと目を開き、俺の作った言い訳をまとめた。
「……なるほどつまり、そもそも火の勇者パーティは、いくつもの汚職事件に関わっていた。それを以前から問題視していた老院魔導団が、火の勇者パーティを懲らしめるようオウルに命令を下した。それを受けたオウルは今回の事件を起こし、裁判は元々決められた筋書き通りに進んだ。そして無事に仕事を終えたオウルは、刑務所から秘密裏に釈放され、少しの休暇を与えられた。――こういうことだな?」
「あぁ、その通りだ」
急造の言い訳にしては、中々いい線をいっているのではないだろうか?
「……なるほどな。確かに筋は通っているな」
「だろう?」
自信作を褒められ、少し嬉しい気持ちとなってしまう。
「しかし、それにしても驚いたぞ。まさかオウルが老院魔導団に所属していたとはな」
「意外か?」
「いいや、納得がいったよ。さすがは私を打ち破った男だ」
「それはどうも」
老院魔導団の国内での評価は高い。
当時十歳だったダビデが団長に就任してからというもの、凶暴なモンスターの討伐に魔王軍幹部の撃退と八面六臂の大活躍を続けている。それに加えて、ダビデのルックスの良さだ。あの本性を知らないものからすれば、確かに魅力的に映るだろう。街に出ればあちらこちらから黄色い声援が飛ぶそうだ。
そんなこともあって、フェルも俺が魔導団に所属していると聞いて悪い気はしておらず、むしろ少し嬉しそうだった。
「っとまぁ、こんな感じだから、俺は大丈夫だ。心配をかけてすまなかったな、フェル」
「あぁ、わかった。とにかくオウルが無事でよかったよ」
こうして無事にフェルの誤解を解いた俺は、ようやくホッと一息をつく。そして緊張が取れたからか、少し気になることができた。
「そういえば……フェルはどうしてこの孤児院に来たんだ?」
俺がここにいることを彼女は知らなかったはずだ。
ではいったい何の目的があって、ここに来たんだろうか?
「いや、何。子どもたちにオウルの現状を伝えるのと、今後についての話しをしようと思ってな」
「今後についての話し……?」
「あぁ。ついさっき私の両親と話しをしてきてな。事情を説明したら、『正義はこちらにあり』ということで刑務所を襲撃することが決まったんだ」
(……両親もそうなのか)
ずいぶんと強い血の繋がりを感じるな……。
「それと万が一失敗したときのために、子どもたちへの食糧支援も既に決定してある。……まぁ、両方徒労に終わってしまったが、結果的に丸く収まったので問題なしだな」
そう言ってフェルはニッコリと笑った。
「そこまでしてくれていたとは……いろいろと迷惑をかけてすまなかったな」
「気にしないでくれ。オウルにはオウルの正義がある。それにオウルは今回、しっかりと自分の正義を成したじゃないか」
「あ、あぁ……ありがとう」
――心が痛い。俺は今回、フェルに嘘をついただけで、何の正義も成していない。確かに魔王からの依頼というのもあったが、実際のところは判決文にも合った通りただの『私怨』だ。
勇者パーティなら誰でもよかった。孤児院から一番近くて、『役立たず』と言われて少し腹が立ったから、むしゃくしゃしてフレムたちを襲った。
(いっそう全て白状できたら、どれだけ気が楽だろうか……)
しかし、そんなことは絶対にできない。俺には守るべきものが――子どもたちがいる。
この子たちが平和に楽しく、幸せに暮らすためにも、俺が二重スパイであることは、絶対に誰にも知られてはならない。
俺が決意を新たにしていると、フェルが大きく伸びをした。
「んー……。それじゃ私はそろそろ帰るよ。父と母が気を揉んで待っているだろうからな」
「そうか、ご両親にも心配をかけてすまなかったと伝えてくれ」
フェルの両親ということは、その人たちもまたツァドラスの子孫だ。
別に俺という存在を隠す必要はない。
「さて、それじゃ森の出口まで送って行くよ」
「そうか。ふふっ、ありがとう」
それからフェルを森の出口まで見送り、自室で軽い軽食を取ると、いい時間になってきた。
「そろそろか……」
元老院との会談は今夜二十一時の予定だ。そろそろ裁判所の最上階に飛んでおいた方がいいだろう。
「サキュラ……は、今はそっとしておくか」
どこかへ出かけるときは、いつもサキュラにひと声掛けていたので、ついうっかり呼んでしまうところだった。ちなみにサキュラはというと、やはり少し疲れたのだろう。彼女の部屋ですーすーっと眠っている。
「えーっと、ファーはどこにいるかな……っと」
広い孤児院の中をグルグルと歩き回って探すと――。
「っと、いたいた」
縁側にちょこんと一人座っているファーを見つけた。彼女は狐耳をピンと立て、空に浮かぶ月を見ていた。彼女の右隣には、白くて丸い月見団子が置かれており、中々絵になるような光景だった。
「よう、ファー。今日は月が綺麗だな」
俺は彼女の隣に座り、一緒になって月を眺める。
一片の欠けていない、見事な満月だ。
「あっ、おじさんだー。そうだねー。こんな日はお団子がとっても美味しいよ? おじさんも一つどうぞ」
そう言ってファーは、隣に置いてある月見団子を一つ渡してくれた。
お餅特有のほんのりとした優しい甘いにおいがする。
俺はそれをひと思いに口へ放り込んだ。
「おっ、確かにこれは……いつもよりおいしく感じるな」
「でしょー?」
それを聞いたファーは嬉しそうにモフモフした狐の尻尾をパタパタと振った。
「それでどうしたのおじさん? 何かあったの?」
「あー……またちょっと今から仕事があってな。少し出かけてくる」
「えーっ、またお仕事なのー?」
「悪いな。すぐに帰ってくるから、明日の朝にでも、みんなに知らせておいてくれないか?」
「むー……わかったー……」
渋々ながらも了承してくれたファーの頭をそっと優しく撫でる。
「それじゃ、行ってくるよ。――<異空間の扉/ゲート>」
「いってらっしゃーいっ! 気を付けて、早く帰ってきてねーっ!」
俺は右手をあげて返事を返す。
そして月明かりに照らされた漆黒の扉を通り、裁判所の最上階へと向かった。
■
<異空間の扉/ゲート>をくぐった先は、ダビデの待つ先ほどの部屋。
何かにつけて俺に接近しようとするダビデを必死にいなし続け、俺は無事に元老院との会談の場へとたどり着いた。
目の前にある巨大な扉の先には、この国の最高権力者――元老院が勢揃いしている。
「さてと、それじゃダビデ。お前はちゃんとここで大人しくしているんだぞ?」
ダビデを含む、オウル教徒の者は俺が参加する会談に同席することは許されていない。彼らがいると全て、『オウル様の仰せのままに』となってしまうからだ。そのうえ誰か一人でも俺に反対意見を言おうものなら、信者全員が一丸となって個人攻撃を開始する。まことに厄介極まりない存在なのだ。
「了解いたしました。それではオウル様にとって実りある会談となることを、陰ながら願っております」
そう言って大袈裟に頭を下げたダビデ。
「あぁ、ありがとう。それじゃ行ってくる」
会談が開かれる部屋の前で、オウル教徒たちとは一旦お別れし、元老院たちのいる部屋へと入った。
「――失礼します」
この国の最高権力者が一堂に会する場だというのに、部屋の中は殺風景なものだった。
一面石畳に部屋の真ん中に円卓が一台といくつかの椅子。
ただそれだけの生活感が全くない部屋だ。
(本当に何もない部屋だな……)
部屋の中央を見れば、円卓には既に元老院が全員集結していた。
元老院は総勢五名。聞いた話によれば世襲制で、遥か昔から何度も何度も同じ血族の者が脈々とこの国を運営しているだとか。
「よくぞおいでくださいました、オウルさん。早速ですが――急遽あなたを呼び出した理由に、心当たりはありますかな?」
真っ先に声を掛けてきた男が、元老院の中でも最年長を誇るヴァストルド=レヴェルストンさんだ。スキンヘッドに長く立派な白い顎鬚。背筋はピンと伸びており、鋭い目付きが特徴的だ。このように元老院が集まった際、暗黙の了解として司会を務めることになっている。
「えぇ。火の勇者パーティを襲撃した件……ですよね?」
「その通りです。確かに我々はあなた宛ての手紙に『何らかの問題を起こし、速やかに火の勇者パーティから脱退』するようにと記しました」
「はい。それなら、きちんと確認しましたよ」
「えぇしかし、今回の件はいささか――」
「――やり過ぎだ!」
突然、俺とヴァストルドさんとの会話に、元老院の男が割り込んできた。
彼は円卓に腕を強く打ち付け、ギロリとこちらを睨んでいる。
どうやら俺のした行いに対して、強く腹を立てているようだった。
「いやいや、ちゃんと手加減はしましたよ。ご存知かと思いますが、実際誰一人として殺してはいません。それにこれから魔王軍に入隊するんですよ? 俺は人間なんですから、手土産の一つや二つがなければ、門前払いされてしまいます」
「ぐっ、そ、それは……っ」
元老院たちが文句を言ってくるであろう内容は予想しているし、それに対する反撃もちゃんと用意してある。いわゆる理論武装という奴だ。
こちらに対する攻撃のしどころが無くなったその男は、議題とは全く関係のない俺個人に対する攻撃を始める。
「だ、第一、その生意気な言葉遣いはなんだっ! 年長者に対する敬意が足らんぞ!」
「いや、そう言われましても……」
最近時間の感覚がだいぶ薄れてきたから、何とも言えないが……。おそらく彼よりも俺の方が遥かに年上のはずである。
明らかに今回の議題から逸脱した発言の連続に、他の元老院からも注意が入る。
「少しは冷静におなりあそばせ」
「そうがなり立てられては、一向に話が進まんぞい」
しかし、頭に血が登った男は聞く耳を持たず。再び議題とはなんの関係もない――俺への攻撃を開始する。
「それにだっ! 立場というものをお前はもう少し考えろ、オウルっ! 私たちはお前の雇い主様だぞ!」
や、雇い主……? これまたとんでもない勘違いをしているな……。
お互いにいがみ合っていてはまともな話し合いなど不可能だ。
ここは俺が年長者として、一歩引いたところで、冷静に対応するべきだろう。
「いえ。あなた方と俺には一切の雇用関係はありません。お互い持ちつ持たれつの協力関係です。どちらが上か下か何てありません。どちらも対等です」
しかし、俺のその冷静な口振りが逆鱗に触れてしまったのか、彼は顔を真っ赤にして口を開いた。
「こんの……っ! おいこら、オウルっ! お前、これ以上つまらねぇこと言ってみろ、あの小汚い孤児院を今すぐにでもぶち壊すぞっ!」
「んなっ!? おい、馬鹿なんてことをっ!?」
慌ててヴァストルドさんが男の口を塞ぐが――もう遅い。
俺はもう――聞いてしまった。
……小汚い?
ツァドラスと二人で作った。あの美しく立派な孤児院が?
ぶち壊す?
俺とツァドラスと子どもたちとの思い出が詰まったあの大切な家を?
――ふざけるな。
頭に血が登り過ぎてしまい、逆に冷めてしまった俺はとある魔法を発動させる。
「――<最後の雫/ザ・ラストドロップ>」
すると人差し指の先に、親指サイズの小さな黒い雫が発生した。
ここがちょうど分岐点だ。――この国が存続するか否かの、大きな大きな分岐点。
「……今、なんて言った?」
室内の空気がガラリと変わり、元老院たちは一斉に口をつぐむ。
「聞こえなかったのか? ならこれが最後だ、もう一度聞くぞ。――今、なんて言った?」
今日この国の運命が決定する。
変態からの解放。心の綺麗な子どもたちと一緒に遊び、心も体もリフレッシュしようと思った矢先に――俺の目にとんでもないものが飛び込んできた。
「ん……っ。あぁ……っ! オウル様のベッド……っ! 汗が染み込んだ掛け布団……っ! 髪の匂いがする枕ぁ……っ! あぁ、包まれる……支配されてしまう……っ!」
信じられないことに、あの清楚でおしとやかで気品溢れるハイサキュバスのサキュラが、上下真っ黒の下着姿で俺のベッドやら寝具一式に、全身をこすり付けていた。
(お、おぉ……? なんだ、これ、は……?)
普段の清楚然としたサキュラの姿はどこにもない。
あまり言いたくはないが、さっきの今なので、世紀の変態ダビデと重なって見えてしまう。
(<異空間の扉/ゲート>の座標設定を間違えてしまったのかな……?)
そう信じたかったが……現実は時に残酷である。
どこからどう見ても、ここは俺の建てた孤児院であり、どこからどう見ても俺の部屋だ。
(最近ベッドからいいにおいがするなと思っていたら……。こういうことだったのか……)
先ほどから怒涛の勢いで押し寄せてくる精神を削るイベントに、俺のメンタルがゴリゴリと削られていく。
(はてさて……どうしたものか……)
軽くトリップ状態になっているのか、サキュラが俺のことに気付く様子はない。
「あはっ……。オウル様……オウル様ぁ……っ」
艶っぽく色のある声で、俺の名前を呼び続けるサキュラ。
(……いけない。とにかくこのままではいけない)
このままでは下着も脱ぎかねない勢いである。さすがにその一線を越えてしまったら、サキュラはこちらに戻って来られなくなる。
(もちろん、そうなった場合でも――たとえどんな特殊な性癖を持っていようとも、サキュラが俺の大事な家族であることに変わりはない)
全てを受け入れた上で、ちゃんと一人の家族として愛するつもりだ。
子どもたちを拾ったそのときから、俺はこの子たちに関する全ての責任を負っている。
(……よし、行くか)
俺は意を決して彼女に声をかけることにした。
「えーっと……サキュラ?」
「あぁああああっ! オウル様っ! なんて凛々しく、聞くもの全てを虜にする魅惑のお声っ!」
俺の声を聞いたことでさらに興奮してしまったのか、彼女は激しくベッドの上でゴロゴロと転がり始めた。
そして――。
「……あれ? …………オウル様の、おこ、え?」
ふとした拍子に一瞬だけ平静を取り戻したのか、サキュラは壊れた機械のようにゆっくりと首をこちらに向けた。
「えっと……ただいま、サキュラ」
「……お、おかえりなさい、ませ」
彼女は掛け布団をマントのように羽織り、サッとベッドから立ち上がった。
そしていつも通りに優雅なお辞儀をしてみせる。
「い、いかがしました、か? オウルしゃま?」
(……こいつっ!? 何もなかったものとして強引に押し通すのか!? さすがはサキュラ、何という力技だっ!?)
意外にもパワーファイターな一面を持つサキュラだったが――やはりかなり強がっているのだろう。
顔は耳まで真っ赤に染まっており、目元に涙が浮かんでいる。何より笑顔があまりにもぎこちなかった。相当に精神的なダメージを負っているらしい。
(いったい何と声をかけたらいいのやら……)
こういった女の子の情緒的なことに男の俺は鈍い。
(あぁ、こんなときにツァドラスがいてくれたら……)
そんなあり得もしないもしもを考え、現実逃避をしてしまうほどにお手上げだった。
(……いや、そんな弱音を吐いていてどうするっ! しっかりしろっ、オウルっ!)
俺はこの子たちの親代わりなんだ。ちゃんとフォローしてやらなくてはならない。
俺は真っすぐサキュラの目を見て、口を開く。
「その、何だ……。俺は何も見てなかったからな? 気にしなくていいぞ?」
「は、はい……っ」
今にも泣きだしそうなサキュラ。
「オウル様……その、少し一人にしてもらっても……いいでしょうか? 今、優しい言葉をかけられると……その、泣いて……しまいそうなので」
今にも消えてなくなってしまいそうなほどに、か細い声で目を伏せながらそう言った。
「そうか……わかった。少し外に出てくるとするよ」
「っ、あ、ありがとう、ございます……っ」
サキュラのお願いを聞き入れ、俺は部屋を出て外の空気を吸ってくることにした。
■
孤児院を出た俺は、一人で森の中を散歩する。
「ふー……。まさかサキュラにあんな一面があったとはなぁ……」
今までずっと一緒に住んでいたのに全く気が付かなかった。
「まぁ、サキュラもサキュバスだもんな……。そういうこともあるんだろう」
人間もモンスターも、みんなそれぞれ種族ごとの特徴がある。
その違いを互いによく知り、理解し、受け入れることが大切なんだと思う。
漠然とそんなことを考えながら歩いていると、目の前から狐娘のファーを含めて三人の子どもたちが走ってきた。
「あっ、おじさんだーっ! もうー帰ってるなら、ちゃんと教えてよー!」
「へへっ、俺たちこれから缶蹴りするんだけど、おじさんも一緒にやってかない?」
「うんうんー。みんなでやったら、絶対に楽しいと思うなー」
子どもたちは俺の腕をグイと引っ張って、一緒に遊ぶように口々に言った。
「缶蹴りか……。そういえば久しくやっていないな」
太陽の昇り具合を見る限り、まだ元老院との会談までにはずいぶんと時間がある。
「よし、それじゃ今日は一緒に遊ぶか!」
「わーいっ!」
「やったーっ!」
「それじゃ、みんなでジャンケンしよーっ!」
子どもたちが無邪気に喜ぶ姿を見るとなんだかホッとする。
さきほどまでの少しハードなイベントがようやく終わった。
俺は穏やかな心持ちで、ファーたちとジャンケンをする。
「さいしょはグーッ! じゃんけん――」
「「「「ポンっ!」」」」
ファーがただ一人パーを出し、残りはみんなチョキを出した。つまり今回の鬼は、一人負けをしたファーだ。
「ファーが鬼だーっ! みんな隠れろーっ!」
「おじさん、缶を蹴ってね! うーんと遠くにだよっ!」
「あぁ、任せておけ」
子どもたち二人が先に隠れ、俺は最初に缶を蹴る役目だ。
「そら……よっとっ!」
地面に置かれたアルミ製の缶を蹴ると、パカンという軽快な音が響き、天高く空を舞った。
(よし、いい感じだ)
そこまで遠くもなく、かといって近くもない――ここからおよそ十メートルほど先のちょうどいい辺りに缶を蹴り込んだところで、ゲームスタートだ。
「もぅーっ! おじさん遠くに飛ばし過ぎっ!」
ファーが「むぅーっ」と唸り声をあげて抗議をする。
「はははっ、悪い悪い。でも、ほら早く見つけてこないとゲームが始まらないぞ?」
「むぅーっ! 絶対に見つけてあげるんだからーっ!」
そう言ってファーは、缶が飛んでいった方へ走っていった。
「さてさてどこに隠れようか……」
子どもとの遊びに全力になるのは、ツァドラスやフェルだけで十分だ。
俺は子どもたちが適度に楽しめて、かつ俺もほどほどに楽しいぐらいの本気度で遊ぶ。
俺がキョロキョロと隠れ場所を探しているうちに、缶を拾ってきたファーが目をつぶってカウントを始めた。
我が家のルールでは鬼は缶の前で六十秒を数えてから、隠れたみんなを見つけにいく。
つまり、残された時間はもうあまりない。
(ふむ……この辺りでいいかな……?)
鬼であるファーの初期位置から、およそ南に十メートル先の地点。大きな木で陰になっている場所を隠れ場所に選んだ。
そのまま息を殺して忍ぶこと約五分。他の二人はあっけなく見つかってしまい、残りは俺一人となっていた。ファーは狐の特性を持つ獣人。意識を集中させたときの聴覚はすさまじいものがある。
(これは……中々気を抜けないな……)
俺が息を殺して木陰に潜んでいると――。
「あれー? フェルお姉ちゃんだー! おかえりーっ!」
「……ファーか。あぁ……ただいま」
少し先の方でファーが誰かと話し始めた。
ここからはずいぶんと離れているので、顔も見えなければ声もはっきりと聞こえない。
もしかして、他の子どもたちも参加したいと言ってきたのだろうか?
「ん? どうしたのフェルお姉ちゃん? そんなに暗い顔をして?」
「……あぁ、その、何だ。いや、すまない……。……やはり隠していても仕方ないな。ファー、今からとても大事なことを話すから、気をしっかりと持って聞いてほしい」
二人はそれほど大きな声で話していないようで、ここからでは何を話しているのかわからない。
「大事な話? それだったら、私じゃなくておじさんにお話しした方がいいと思うよ?」
「……そう、そのオウル――おじさんのことについて何だが」
ずいぶんと話し込んでいるな……。
俺が少し気になり始めたそのとき――。
「ねーねー、おじさーんっ! ちょっとこっちに来てーっ!」
ファーからお呼びの声がかかった。声の明るさからして、トラブルというわけではなさそうだが、いったい何なのだろうか?
「どうしたんだファー? 何かあったのか?」
ガサゴソと木陰から出て、ファーの元へと向かうとそこには――。
「フェルのお姉ちゃんがおじさんにお話しがあるんだってーっ!」
長い金髪をポニーテールにして、金と白を基調とした防具。刀身が真っ白な聖剣を腰に差した美女。フェルブランド=レスドニアの姿があった。
「「……あっ」」
思いもよらぬ遭遇。お互いの時間がピタリ止まった。
(なんということだ……)
さっきの裁判の言い訳をまだ何も用意していない。
およそ考えうる限り最悪のタイミングで、フェルと鉢合わせてしまった。
「……ずいぶんと元気そうじゃないか。オウルおじさん?」
フェルは額に青筋を浮かべながら、ニッコリと笑顔でそう言った。
ずいぶんとまぁ、ご機嫌斜めのようだ。……俺のせいだが。
「あ、あぁ……おかげさまでな」
引きつった笑顔で、返事を返す。
「……しっかりと納得のいく理由を話してもらえるんだろうな?」
「一応……頑張ってみようと思う」
あまり期待をしないでくれると助かる。そして出来れば物分かり良く、すぐに納得してくれるともっと助かる。
(あぁ……憂鬱だ)
がっくりと肩を落とし、脳内でうまく辻褄の通る話を高速で練り上げ始める。
その間にフェルは、ファーと交渉を開始した。
「すまない、ファー。私はこれからおじさんと大事なお話があるから……。少しの間だけおじさんを貸してくれないだろうか?」
そう言って両手をパチンと合わせ、片目をつぶってお願いをするフェル。
それに対してファーは――。
「んー……。いいよっ! その代わり、お話が終わったらすぐに返してね!」
一瞬だけ悩む素振りを見せたが、すぐにオーケーを出してしまった。
「あぁ、約束するよ。ありがとう、ファー」
「えへへぇー。どういたしましてー」
貸すとか返すとか……まるでレンタル品のようだな……。
そんなことを思いながら、フェルと一緒に孤児院へと向かった。
■
孤児院へと戻った俺は、自室にフェルを招き入れた。
そして森からここまでの道を歩く間に作り出した言い訳を語り聞かせた。
「――というわけで、あの裁判は元々仕組まれたものだったんだよ」
一応全ての筋は通してある。矛盾のない説明だった……はずだ。
するとフェルは目をつぶり、ゆっくりと俺の言い訳を整理するように「うんうん」と首を縦に振った。そして納得してくれたのか、カッと目を開き、俺の作った言い訳をまとめた。
「……なるほどつまり、そもそも火の勇者パーティは、いくつもの汚職事件に関わっていた。それを以前から問題視していた老院魔導団が、火の勇者パーティを懲らしめるようオウルに命令を下した。それを受けたオウルは今回の事件を起こし、裁判は元々決められた筋書き通りに進んだ。そして無事に仕事を終えたオウルは、刑務所から秘密裏に釈放され、少しの休暇を与えられた。――こういうことだな?」
「あぁ、その通りだ」
急造の言い訳にしては、中々いい線をいっているのではないだろうか?
「……なるほどな。確かに筋は通っているな」
「だろう?」
自信作を褒められ、少し嬉しい気持ちとなってしまう。
「しかし、それにしても驚いたぞ。まさかオウルが老院魔導団に所属していたとはな」
「意外か?」
「いいや、納得がいったよ。さすがは私を打ち破った男だ」
「それはどうも」
老院魔導団の国内での評価は高い。
当時十歳だったダビデが団長に就任してからというもの、凶暴なモンスターの討伐に魔王軍幹部の撃退と八面六臂の大活躍を続けている。それに加えて、ダビデのルックスの良さだ。あの本性を知らないものからすれば、確かに魅力的に映るだろう。街に出ればあちらこちらから黄色い声援が飛ぶそうだ。
そんなこともあって、フェルも俺が魔導団に所属していると聞いて悪い気はしておらず、むしろ少し嬉しそうだった。
「っとまぁ、こんな感じだから、俺は大丈夫だ。心配をかけてすまなかったな、フェル」
「あぁ、わかった。とにかくオウルが無事でよかったよ」
こうして無事にフェルの誤解を解いた俺は、ようやくホッと一息をつく。そして緊張が取れたからか、少し気になることができた。
「そういえば……フェルはどうしてこの孤児院に来たんだ?」
俺がここにいることを彼女は知らなかったはずだ。
ではいったい何の目的があって、ここに来たんだろうか?
「いや、何。子どもたちにオウルの現状を伝えるのと、今後についての話しをしようと思ってな」
「今後についての話し……?」
「あぁ。ついさっき私の両親と話しをしてきてな。事情を説明したら、『正義はこちらにあり』ということで刑務所を襲撃することが決まったんだ」
(……両親もそうなのか)
ずいぶんと強い血の繋がりを感じるな……。
「それと万が一失敗したときのために、子どもたちへの食糧支援も既に決定してある。……まぁ、両方徒労に終わってしまったが、結果的に丸く収まったので問題なしだな」
そう言ってフェルはニッコリと笑った。
「そこまでしてくれていたとは……いろいろと迷惑をかけてすまなかったな」
「気にしないでくれ。オウルにはオウルの正義がある。それにオウルは今回、しっかりと自分の正義を成したじゃないか」
「あ、あぁ……ありがとう」
――心が痛い。俺は今回、フェルに嘘をついただけで、何の正義も成していない。確かに魔王からの依頼というのもあったが、実際のところは判決文にも合った通りただの『私怨』だ。
勇者パーティなら誰でもよかった。孤児院から一番近くて、『役立たず』と言われて少し腹が立ったから、むしゃくしゃしてフレムたちを襲った。
(いっそう全て白状できたら、どれだけ気が楽だろうか……)
しかし、そんなことは絶対にできない。俺には守るべきものが――子どもたちがいる。
この子たちが平和に楽しく、幸せに暮らすためにも、俺が二重スパイであることは、絶対に誰にも知られてはならない。
俺が決意を新たにしていると、フェルが大きく伸びをした。
「んー……。それじゃ私はそろそろ帰るよ。父と母が気を揉んで待っているだろうからな」
「そうか、ご両親にも心配をかけてすまなかったと伝えてくれ」
フェルの両親ということは、その人たちもまたツァドラスの子孫だ。
別に俺という存在を隠す必要はない。
「さて、それじゃ森の出口まで送って行くよ」
「そうか。ふふっ、ありがとう」
それからフェルを森の出口まで見送り、自室で軽い軽食を取ると、いい時間になってきた。
「そろそろか……」
元老院との会談は今夜二十一時の予定だ。そろそろ裁判所の最上階に飛んでおいた方がいいだろう。
「サキュラ……は、今はそっとしておくか」
どこかへ出かけるときは、いつもサキュラにひと声掛けていたので、ついうっかり呼んでしまうところだった。ちなみにサキュラはというと、やはり少し疲れたのだろう。彼女の部屋ですーすーっと眠っている。
「えーっと、ファーはどこにいるかな……っと」
広い孤児院の中をグルグルと歩き回って探すと――。
「っと、いたいた」
縁側にちょこんと一人座っているファーを見つけた。彼女は狐耳をピンと立て、空に浮かぶ月を見ていた。彼女の右隣には、白くて丸い月見団子が置かれており、中々絵になるような光景だった。
「よう、ファー。今日は月が綺麗だな」
俺は彼女の隣に座り、一緒になって月を眺める。
一片の欠けていない、見事な満月だ。
「あっ、おじさんだー。そうだねー。こんな日はお団子がとっても美味しいよ? おじさんも一つどうぞ」
そう言ってファーは、隣に置いてある月見団子を一つ渡してくれた。
お餅特有のほんのりとした優しい甘いにおいがする。
俺はそれをひと思いに口へ放り込んだ。
「おっ、確かにこれは……いつもよりおいしく感じるな」
「でしょー?」
それを聞いたファーは嬉しそうにモフモフした狐の尻尾をパタパタと振った。
「それでどうしたのおじさん? 何かあったの?」
「あー……またちょっと今から仕事があってな。少し出かけてくる」
「えーっ、またお仕事なのー?」
「悪いな。すぐに帰ってくるから、明日の朝にでも、みんなに知らせておいてくれないか?」
「むー……わかったー……」
渋々ながらも了承してくれたファーの頭をそっと優しく撫でる。
「それじゃ、行ってくるよ。――<異空間の扉/ゲート>」
「いってらっしゃーいっ! 気を付けて、早く帰ってきてねーっ!」
俺は右手をあげて返事を返す。
そして月明かりに照らされた漆黒の扉を通り、裁判所の最上階へと向かった。
■
<異空間の扉/ゲート>をくぐった先は、ダビデの待つ先ほどの部屋。
何かにつけて俺に接近しようとするダビデを必死にいなし続け、俺は無事に元老院との会談の場へとたどり着いた。
目の前にある巨大な扉の先には、この国の最高権力者――元老院が勢揃いしている。
「さてと、それじゃダビデ。お前はちゃんとここで大人しくしているんだぞ?」
ダビデを含む、オウル教徒の者は俺が参加する会談に同席することは許されていない。彼らがいると全て、『オウル様の仰せのままに』となってしまうからだ。そのうえ誰か一人でも俺に反対意見を言おうものなら、信者全員が一丸となって個人攻撃を開始する。まことに厄介極まりない存在なのだ。
「了解いたしました。それではオウル様にとって実りある会談となることを、陰ながら願っております」
そう言って大袈裟に頭を下げたダビデ。
「あぁ、ありがとう。それじゃ行ってくる」
会談が開かれる部屋の前で、オウル教徒たちとは一旦お別れし、元老院たちのいる部屋へと入った。
「――失礼します」
この国の最高権力者が一堂に会する場だというのに、部屋の中は殺風景なものだった。
一面石畳に部屋の真ん中に円卓が一台といくつかの椅子。
ただそれだけの生活感が全くない部屋だ。
(本当に何もない部屋だな……)
部屋の中央を見れば、円卓には既に元老院が全員集結していた。
元老院は総勢五名。聞いた話によれば世襲制で、遥か昔から何度も何度も同じ血族の者が脈々とこの国を運営しているだとか。
「よくぞおいでくださいました、オウルさん。早速ですが――急遽あなたを呼び出した理由に、心当たりはありますかな?」
真っ先に声を掛けてきた男が、元老院の中でも最年長を誇るヴァストルド=レヴェルストンさんだ。スキンヘッドに長く立派な白い顎鬚。背筋はピンと伸びており、鋭い目付きが特徴的だ。このように元老院が集まった際、暗黙の了解として司会を務めることになっている。
「えぇ。火の勇者パーティを襲撃した件……ですよね?」
「その通りです。確かに我々はあなた宛ての手紙に『何らかの問題を起こし、速やかに火の勇者パーティから脱退』するようにと記しました」
「はい。それなら、きちんと確認しましたよ」
「えぇしかし、今回の件はいささか――」
「――やり過ぎだ!」
突然、俺とヴァストルドさんとの会話に、元老院の男が割り込んできた。
彼は円卓に腕を強く打ち付け、ギロリとこちらを睨んでいる。
どうやら俺のした行いに対して、強く腹を立てているようだった。
「いやいや、ちゃんと手加減はしましたよ。ご存知かと思いますが、実際誰一人として殺してはいません。それにこれから魔王軍に入隊するんですよ? 俺は人間なんですから、手土産の一つや二つがなければ、門前払いされてしまいます」
「ぐっ、そ、それは……っ」
元老院たちが文句を言ってくるであろう内容は予想しているし、それに対する反撃もちゃんと用意してある。いわゆる理論武装という奴だ。
こちらに対する攻撃のしどころが無くなったその男は、議題とは全く関係のない俺個人に対する攻撃を始める。
「だ、第一、その生意気な言葉遣いはなんだっ! 年長者に対する敬意が足らんぞ!」
「いや、そう言われましても……」
最近時間の感覚がだいぶ薄れてきたから、何とも言えないが……。おそらく彼よりも俺の方が遥かに年上のはずである。
明らかに今回の議題から逸脱した発言の連続に、他の元老院からも注意が入る。
「少しは冷静におなりあそばせ」
「そうがなり立てられては、一向に話が進まんぞい」
しかし、頭に血が登った男は聞く耳を持たず。再び議題とはなんの関係もない――俺への攻撃を開始する。
「それにだっ! 立場というものをお前はもう少し考えろ、オウルっ! 私たちはお前の雇い主様だぞ!」
や、雇い主……? これまたとんでもない勘違いをしているな……。
お互いにいがみ合っていてはまともな話し合いなど不可能だ。
ここは俺が年長者として、一歩引いたところで、冷静に対応するべきだろう。
「いえ。あなた方と俺には一切の雇用関係はありません。お互い持ちつ持たれつの協力関係です。どちらが上か下か何てありません。どちらも対等です」
しかし、俺のその冷静な口振りが逆鱗に触れてしまったのか、彼は顔を真っ赤にして口を開いた。
「こんの……っ! おいこら、オウルっ! お前、これ以上つまらねぇこと言ってみろ、あの小汚い孤児院を今すぐにでもぶち壊すぞっ!」
「んなっ!? おい、馬鹿なんてことをっ!?」
慌ててヴァストルドさんが男の口を塞ぐが――もう遅い。
俺はもう――聞いてしまった。
……小汚い?
ツァドラスと二人で作った。あの美しく立派な孤児院が?
ぶち壊す?
俺とツァドラスと子どもたちとの思い出が詰まったあの大切な家を?
――ふざけるな。
頭に血が登り過ぎてしまい、逆に冷めてしまった俺はとある魔法を発動させる。
「――<最後の雫/ザ・ラストドロップ>」
すると人差し指の先に、親指サイズの小さな黒い雫が発生した。
ここがちょうど分岐点だ。――この国が存続するか否かの、大きな大きな分岐点。
「……今、なんて言った?」
室内の空気がガラリと変わり、元老院たちは一斉に口をつぐむ。
「聞こえなかったのか? ならこれが最後だ、もう一度聞くぞ。――今、なんて言った?」
今日この国の運命が決定する。
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