15 / 107
レイズの過去を知る
悪魔の仕業だ!!
しおりを挟む食後、リアノが部屋まで案内してくれた。
俺は、なんとか尊厳を取り戻したつもりで顎を引き、わざと低い声で言い放つ。
「……ご苦労」
まるで当主の風格を取り戻したかのように。
だが、扉を開けたその瞬間――その幻は粉々に砕け散った。
「…………え?」
部屋の中は、まるで戦場の跡だった。
壁に掛けられていたはずの絵は無残に裂かれ、
カーテンは外れかけて垂れ下がり、
床には血のような赤黒い染みが滲んでいる。
「……いや、ホラーかよ!!」
思わず全力でツッコミを入れ、慌てて廊下へ飛び出した。
「リアノ!! きてくれ! 部屋を……部屋を!! 悪魔の仕業だぁぁぁぁ!!!」
情けない悲鳴を上げる俺に、駆けつけたリアノは目を丸くして問いかける。
「当主様!? 一体どうなさいましたか!!」
「ひ、一人じゃ入れない! 見てくれ! 一緒に確認してくれぇ!!」
リアノは驚いたように眉を上げる。
「……い、いいのですか? いつもは誰もお部屋に入れてくださらなかったのに……」
(……そんな設定知らねぇよ!?)
必死に懇願する俺に、リアノは覚悟を決めて部屋の中へ入った。
そして――
「……っ!」
口元を押さえ、瞳に涙を浮かべる。
「当主様……ここまで……心を痛めて……」
その視線の先は、裂かれた絵だった。
(……あぁ、そういうことか……)
ようやく察する。
前の“レイズ”がどれほど荒れていたのか――その痕跡。
俺は深刻そうな顔を作り、低く言った。
「……あぁ、いろいろあった。だが、それはもう……思い出してはいけないんだ」
もちろん心の中では「何も知らんけどな!」である。
リアノはその言葉に感極まったようにうなずいた。
「わかりました……! では、今夜は私の部屋でお休みください!」
「……え、女の子の部屋に!?」
俺が思わず声を上げる間もなく、リアノは真剣な表情で続けた。
「それなら、私は代わりにこちらで寝泊まりします」
「いやいやいやいや!! 女の子をこんなホラー部屋に泊められるわけないだろ!!」
必死に否定する俺。だがリアノは一歩も引かず、きっぱりと口を開く。
「では――当主様。私の部屋で、一緒にお休みしましょう!」
「…………」
噛み合わない。完全に会話が成立していない。
俺は深いため息をつき、すっかり威厳を失っていた。
連れられて来たリアノの部屋は、香草の香りがほのかに漂う柔らかな空間だった。
だが、俺はベッドを見ただけで固まる。
「無理無理無理無理……」
心の中で叫びながらも、なんとか声を落ち着けて言う。
「……わたしは鍛錬の身だ。ベッドで寝れば、修行の邪魔になる。ここで休む」
その言葉に、リアノの瞳が潤んだ。
「そ、そんな……あれほどの鍛錬をなさったのに、まだご自身を追い込むなんて……!
時にはお身体を休めてください……! 当主様が壊れてしまいます!」
その声には、あの訓練場での姿が焼き付いている。
木刀を握る手の震え。流れる汗。
それでも立ち上がり続けた“彼”の姿を、リアノは確かに見ていた。
(……やれやれ、何を言っても聞かねぇな)
心の中で苦笑する。だが、なぜだろう――その頑なさが、少しだけ嬉しかった。
「……では、ここで休ませてもらおう」
俺が折れると、リアノはぱっと笑顔を見せ、「はいっ!」と返事をした。
だが次の瞬間、彼女は床に毛布を敷き始めた。
「リアノ。おまえに負担をかけるくらいなら、私は部屋に戻る。おまえがここで寝ろ」
リアノは一瞬、息を呑み――そして静かに言った。
「いいえ。当主様が安心して休めるなら、それでいいのです」
そう言って、彼女はそっと俺の隣に身を横たえた。
距離を保ちつつも、触れそうで触れない距離。
俺は観念してベッドの端に移動し、背中を向ける。
彼女の穏やかな息づかいが、すぐ後ろから聞こえてくる。
その温もりに、胸の奥がなぜかざわついた。
外は静かに夜が更けていく。
二人の間に言葉はなかったが、確かな何かがそこに生まれつつあった。
――訓練の疲労と、言葉にならない絆の芽吹き。
静かな夜が、それらを優しく包み込んでいった。
だが――眠りについたはずの夜、俺を襲ったのは強烈な熱だった。
「……あつい……あつい……」
体の奥から沸き上がるような灼熱。
汗が滝のように噴き出し、シーツを濡らす。
隣で眠っていたリアノはすぐに異変に気づいた。
「当主様……!?」
慌ててのぞき込むと、俺の顔は真っ赤に染まり、唇は乾いていた。
――脱水。
リアノはすぐに枕元のコップを掴んだが、俺は力なく首を横に振るだけ。
水を飲み込む力すら残っていなかった。
「……失礼します」
リアノは小さく呟き、唇を噛みしめた。
そして、そっと俺の唇に指先を触れさせる。
「――アクアミスト」
指先から透明な水の粒が生まれ、静かに俺の口へと流れ込んでいく。
冷たいしずくが喉を潤し、焼けるような痛みが少しずつ和らいでいった。
やがて、俺のまぶたがかすかに動き――
「……んがっ……んがぁぁぁがぁぁぁぁ!!」
目を開けた瞬間、口の中にリアノの指があることに気づき、情けない悲鳴を上げた。
だが、見上げた先で――
そこにあったのは、真剣な瞳。
俺を案じ、必死に支えようとするリアノの顔だった。
その真っすぐな眼差しに、言葉を失う。
(……もう、何も言えねぇな)
静かに目を閉じ、リアノの温もりと共に再び眠りへと落ちていった。
夜の帳が降りる中、ふたりの呼吸が静かに重なり、
屋敷には穏やかな息遣いだけが残った。
19
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる