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レイズの過去を知る
野菜は精神の"鍛練"
しおりを挟む昼時が近づいた頃、庭に響く木刀の音がようやく途切れた。
ヴィルは腕を組み、ゆっくりと歩み寄りながら、穏やかな声で告げる。
「そろそろお昼になります。リアナ、今日も精のつく料理をレイズ様にご用意してください」
リアナは満面の笑みを浮かべ、ぱっと姿勢を正した。
「もちろんでございます!」
その声は明るく、まるで朝露のきらめきのようだった。彼女は深く一礼し、厨房へ向かって駆け出す。
だが、その背中を――レイズの一声が止めた。
「待てぃ!!」
空気が張りつめる。
ふざけ半分の軽い響きではない。確かな“決意”がそこにあった。
リアナは驚いて立ち止まり、振り返る。
「と、当主様……?」
ヴィルも孫の動きを静かに見つめる。
レイズは深く息を吸い、厳かに言葉を紡いだ。
「今日の昼食は――野菜を食べる」
静寂。
リアナの顔から血の気が引く。
「そ、そんな……!! それだけは……!!」
まるで“禁忌”の名を口にしたかのような反応だった。
その驚愕を見たヴィルは、眉間に皺を寄せる。
「何を言っている!」
その声は、かつて戦場で号令をかけた将のように鋭く響いた。
リアナは怯え、口をつぐむ。
だがレイズは怯まない。
真っすぐに前を向き、胸を張った。
「食事は体を作る資本だ。しかし、精神を鍛えてこそ真の強さを得られる。
野菜を食べることは、精神を磨く“試練”のひとつなのだ!」
その堂々たる言葉に、空気が凍りつく。
だが、次第に――ヴィルの瞳に感動の色が浮かび始めた。
「……すばらしい」
まるで奇跡でも見たかのように、震える声で呟く。
そして力強くリアナへ向き直った。
「聞きましたね? 本日の食事は肉だけでなく、野菜もたっぷり使ったものを作りなさい」
リアナは青ざめたまま、それでも使命を帯びた兵士のように背筋を伸ばす。
「……は、はいっ!!」
勢いよく走り去っていく彼女の足音が遠ざかる中、
レイズは心の底からため息を吐いた。
(……“たっぷり”って、どんな基準なんだよ……)
遠くを見つめるその顔は、なぜか悟りに満ちていた。
そんなレイズを見つめながら、ヴィルは静かに頷く。
(この子は――未来を見ている)
その姿には、決意と信念、そして若き当主としての覚悟が宿っていた。
老執事は、胸の奥で確信する。
――やはり私の眼に狂いはなかった。
* * *
食事の話が落ち着くと、ヴィルは表情を和らげ、柔らかく声をかけた。
「さて……午後の予定についてお話ししましょう」
手を後ろに組み、ゆったりと歩を進めながら語る。
「昼食のあとは、あちらの大書斎へ向かっていただきます。
リアナに案内させますので、彼女について行きなさい。
そこには、あなたに魔法を教えてくれる優秀な者がいます」
「魔法……」
その言葉が耳に入った瞬間、レイズの表情が固まる。
心臓がひとつ、跳ねた。
ヴィルの声音は穏やかだが、その響きの奥には明確な期待がこもっていた。
「それから……鍛錬は続けても構いません。ただし今後は模擬戦を取り入れ、実戦に備えなさい。
相手はクリスに任せます。彼ならば、きっと良い経験になるはずです」
静かに語り終えたヴィルは、満足そうに頷き、レイズの返答を待った。
一拍の沈黙。
そして――
「ま、魔法?!」
レイズは勢いよく顔を上げた。
瞳が、朝日に反射するように輝きを放つ。
痩せることは、たしかに彼の使命である。
だが、“魔法”という言葉の響きは、それ以上の興奮を呼び起こした。
――炎を操る力。氷を結ぶ力。風を切り、雷を呼ぶ。
ゲームの世界で、何度も画面の向こうに憧れた“それ”を、
今、自分が手にできるかもしれない。
「ありがとう、ヴィル! 楽しみにしてるよ!」
満面の笑みを浮かべるレイズに、ヴィルは一瞬だけ目を細めた。
老執事としての厳しさを一時忘れ、祖父の顔で微笑む。
「……では、頑張ってください」
それだけを残し、静かにその場を後にした。
* * *
レイズは屋敷へ戻る途中、胸の鼓動が止まらなかった。
手のひらに滲む汗。乾いた喉。
まるで“初めて魔法書を手にする少年”そのものだった。
(いよいよ……俺も魔法使いか……!)
自分の未来を想像するだけで、頬が緩む。
――炎をまとう自分。氷で敵を封じる自分。
想像は際限なく広がっていった。
だが、その足取りは次第に重くなる。
(……でも、まずは昼飯か)
戦いの前の“最初の試練”が、まだ残っていた。
* * *
食堂の前で、レイズは立ち止まった。
目の前の扉が、まるで巨大な魔王の門に見える。
(開けたら最後……もう後には引けない)
脳裏をよぎるのは、かつてゲームで見たあの名シーン。
主人公が魔王の城を前に仲間に告げた。
「みんな、覚悟はいいか? もう後には引けないぞ」
仲間たちが頷き、扉が開かれる。
――その瞬間、物語が動き出した。
レイズもまた、大きく息を吸い込み、決意を胸に扉を押し開いた。
そして――
目に飛び込んできた光景に、息を呑む。
巨大なテーブルの中央に、堂々と鎮座する一匹の豚の丸焼き。
その周囲には、山のように積まれた肉料理。
そして――端のほうに、申し訳程度の小皿。
中には、しなびたレタスと薄切りトマトが数枚。
「…………」
レイズは、何も言えなかった。
いや、言葉を超えた“何か”が込み上げていた。
やがて、かすかに口元が歪む。
そして――涙を滲ませながら、笑った。
「ククク……これではまるで、俺こそが魔王ではないか……」
自嘲とも、勝利宣言ともつかぬ笑いが、食堂に響く。
だが次の瞬間、拳を握りしめて叫んだ。
「逆だろおおおおおおおお!!!」
屋敷中に響き渡る、魂の叫び。
使用人たちは顔を見合わせ、静かに目を伏せた。
――かくして、アルバード家の昼食は再び伝説を刻んだ。
この日の食堂には、誰もが忘れぬほどの“野菜の香り”が漂ったという。
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