【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの過去を知る

本当の魔法。

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レイズは重苦しい空気の中、静かに椅子へ腰を下ろした。
銀のフォークを手に取り、震える指で小皿のサラダへと伸ばす。

そのわずかな動きひとつにすら、周囲の空気が張りつめた。
扉の向こうでは、厨房の方からこっそりと覗く使用人たちの姿。

「だ、大丈夫でしょうか……」
「サラダなど口にされたら、体を壊してしまうのでは……」

小声で交わされる不安の囁きは、まるで大嵐を前にした祈りのよう。
その場の誰もが、まるで“命を賭けた儀式”でも見守るような面持ちだった。

沈黙を破ったのは、リアナ。
彼女は一歩、静かに前へ進み出る。

「レイズ様……いえ、当主様はきっと乗り越えてくださいます。私は、もう迷いません」

その声は澄んでいた。
震えもなく、ひとつの信仰のように力強かった。

リアナの決意に、使用人たちは息を呑み、次の瞬間、静かに頷く。
――もはや言葉はいらなかった。
やがて誰もが敬意を込めて頭を下げ、その場を離れていく。

残されたのは、ただ一人。
サラダと、向き合うレイズ。

「……さて」

誰にともなく呟き、フォークを突き刺す。
レタスが小さく鳴いたような気がした。

一口、口へ運ぶ。
青臭い味が、舌に広がる。

(……これが、野菜の……味……)

無言で咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。
その瞬間――彼の中に、奇妙な達成感が満ちた。

(……俺は今、何かを超えた気がする)

* * *

食事を終えたレイズは、リアナを呼んだ。
何事もなかったかのように姿勢を正し、淡々と告げる。

「……それでは午後から大書斎に向かう。手筈は整っているな?」

ちらりと、空になった皿へ視線をやる。
リアナは一瞬だけ息を呑み――やがて、誇らしげに頷いた。

「はい。当主様、すべて整っております」

二人は、胸を張って食堂を後にした。

ほどなくして、片付けのために使用人たちが入ってくる。
そこに残されていたのは、きれいに空になった小皿。
一枚の葉すら残されていない。

「……本当に、乗り越えられたのだ」
「我らは本当に、すごい御方に仕えているのかもしれない……」

ざわめきの中に、敬意が溶けていく。
誰も笑わず、誰も軽口を叩かない。
ただ静かに、当主への忠誠が、胸の奥で熱を帯びていた。

* * *

大書斎へ向かう回廊。
陽光が差し込む白い廊下の先で、リアノが慌てて駆け寄ってきた。

「当主様! お体は……本当に大丈夫なのですか?!」

その必死の声に、レイズは腕を組み、胸を張る。
筋肉の欠片もない腕に、ありもしない力瘤を作りながら、堂々と答えた。

「是非もない!」

どや顔で言い放つ。

リアノは一瞬、きょとんとした。
――いや、そういう意味じゃない。

彼女の脳裏に、昨夜の光景がよみがえる。
汗にまみれ、脱水で倒れかけ、声すら出せなくなっていたレイズの姿。

だが、今の彼は違った。
妙に自信を宿し、前を向いて歩いている。
リアノは唇を噛み、静かにその背を見送った。

(……どうか、無茶をしないでください。当主様)

* * *

大書斎の扉の前に立つ。
磨かれた黒檀の扉が、荘厳にそびえ立つ。

その瞬間、レイズの胸に再び鼓動が跳ねた。
(ついに……魔法、か)

扉の向こうに何が待っているのか。
それは、かつての“ゲーム世界”で最も胸躍らせた瞬間。

だが――

「当主様。中にはイザベル様がお待ちです。私はここまでです」

リアナが静かに一礼した。

「え? 一緒に入らないの?」

レイズの問いに、リアナは小さく首を振る。
「私には許可がございませんので」

それを聞いたレイズは、ふんと胸を張る。

「ならば、このレイズ・アルバードが許可する! 共に行くぞ、リアナ!」

その声は廊下を超え、大書斎の分厚い扉の向こうにまで響いた。

――その中で、本を読んでいた少女が顔を上げる。
桃色の髪がふわりと揺れ、紫の瞳がやわらかく光を受け止める。

「……なんだか、雰囲気が変わっちゃったな」

窓辺で呟くイザベルの唇に、小さな笑みが浮かんだ。
「でも……そんなレイズ君も、かわいくて好きだなぁ」

* * *

しかし、リアナは首を振った。
「ですが……私にはやらなければならないことがございます。ですから、どうか当主様お一人でお入りください」

そして、少し照れたように言葉を添える。
「……でも、嬉しいです」

そう言って柔らかく笑い、静かにその場を離れる。

レイズはその背中を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……なんだよ。せっかく一緒にって言ったのに」

ほんのわずかな寂しさを胸に残しながらも、彼はすぐに顔を上げた。
深く息を吸い込み、扉の前へ立つ。

その姿は、まるでこれから“運命の戦場”へ向かう勇者のように。

* * *

重厚な扉を押し開ける。
そこに広がっていたのは――

天井まで届く巨大な書架。
無数の魔導書が並び、窓から差し込む光が紙の表面で反射している。
静謐と知識の香りに満ちた空間。

そして、その中心で一冊の本を手にしていた少女。

桃色の髪が光を受け、ほのかに揺らめく。
年の頃は十六ほど。
柔らかな指先でページをめくる姿は、まるでこの空間そのものが彼女の一部であるかのようだった。

――レイズの胸が、どきんと跳ねた。

(……か、かわいい……)

思わず男の本能が顔を出す。
しかし、すぐに背筋を正し、ぎこちない声で名を呼ぶ。

「そ、その……イザベルさん、……ですか?」

少女はぱたりと本を閉じ、ふわりと微笑む。
「いらっしゃい、レイズ君」

その声は、春の風のように柔らかく、心の奥まで染み渡った。

レイズは緊張のあまり舌がもつれながらも、どうにか言葉を絞り出す。

「そ、それでは……魔法のご教授、お願いします!」

沈黙。

イザベルはしばらくの間、彼をじっと見つめていた。
その瞳には笑いでも試しでもなく、ただ優しい光が宿っていた。

(う……っ、なんだこの間……!)

レイズが心の中で悲鳴を上げたその時、
イザベルはふっと微笑み、囁くように言った。

「レイズ君……たくましくなったね」

その一言が、まっすぐ胸に突き刺さった。
努力を見てくれていた――その実感が、胸を熱くさせる。

「えっ……、その……ありがとう」

頬が熱くなり、目をそらすレイズ。

イザベルは微笑みながら、軽く肩をすくめる。

「じゃあ――今日から、あなたに“本当の魔法”を教えてあげる」

その声に、レイズの瞳が再び輝いた。
未知の扉が、今まさに開かれようとしていた。
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