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レイズの過去を知る
存在しない彼らは、
しおりを挟むイザベルはいくつかの分厚い本を取り出し、指先で器用にページをめくっていく。
風に揺れる淡い桃色の髪が頬にかかり、光の筋がその横顔をやわらかく照らした。
「レイズ君はいま、どこまでできるのかな?」
優しい声音。教師というより、かつてを懐かしむ友のようだった。
レイズは少し緊張しながらも、胸を張って答える。
「魔力を錬成して、外に出すまではできるようになったよ。それから……基本的な行使も、なんとか身につけた」
イザベルは目を丸くし、それから柔らかく微笑んだ。
「それならすごい進歩だね。じゃあ、次は魔力の持続力と“質”を高めていくのがいいかも」
そう言いながら立ち上がり、窓の外を指差す。
青空の下に広がる庭園の向こう――金色の草原が一面に揺れていた。
「ほら、あそこなら練習にもぴったり。……一緒に行ってみない?」
その言葉は、ただの誘いではなかった。
“あなたと過ごしたい”という思いが、さりげなく、けれど確かに込められていた。
レイズは頬をかすかに赤らめながらも、わざと落ち着いた声で言う。
「構わぬ。では、ゆくぞ」
その芝居がかった言い回しに、イザベルは思わず吹き出した。
「なにそれ、変なの」
くすくすと笑う声が書斎の空気に溶けていく。
こうして二人は並んで歩き出した。
書棚の並ぶ大書斎を抜け、静かな廊下を渡り、やがて開けた庭園へ――
そして、その先に広がる草原へと。
穏やかな陽射し。鳥のさえずり。
遠くの丘には白い花が風に揺れ、二人の足音だけが柔らかな土を踏んでいく。
その光景はどこか懐かしさを帯びていた。
まるで昔、本当に兄妹のように寄り添っていた記憶が、
胸の奥から微かに蘇ってくるような感覚。
レイズは歩きながら、横に立つイザベルの横顔をちらりと見る。
淡い光に包まれたその微笑みを見て、心の奥でふと違和感を覚えた。
(……この世界のゲーム設定には、こんな人物はいなかったはずだ)
(なのに――どうして俺は、この光景を“知ってる気がする”んだ?)
草原に出ると、柔らかな風が二人を包み込んだ。
イザベルは小さく目を細めて微笑む。
「風が気持ちいいね?」
レイズは少し間を置き、冷静な声で返す。
「ああ、そうだな」
言葉とは裏腹に、彼の思考は別の場所を彷徨っていた。
(……おかしい。ゲームの中では、彼女も、リアナも、リアノも存在しなかった。
ただの“背景”だった世界に、こんなにも生きた人々がいる。
彼らは、本来の歴史では――どうなっていたんだ?)
消えた? 存在しなかった?
それとも、物語が進む裏で静かに“削除”されていたのか?
風に揺れる草花の中で、レイズの胸にひそかな痛みが広がる。
ただの設定だったはずの人たちが、今は確かに“生きている”。
その事実が、どこか哀しく、そして美しかった。
ふと遠くを見つめるレイズ。
草原の風に身を預けながら、深い思索に沈んでいく。
――そのとき。
「もしもーし! レイズくーん!」
耳元に飛び込んだ明るい声に、レイズはびくりと体を震わせた。
横を向けば、そこにイザベルの顔。
あまりの近さに、思わず跳ね上がるように叫ぶ。
「うわぁっ!! おいっ!」
イザベルはお腹を抱え、笑いながら身をよじった。
「なに考えてたのか、お姉さんに言ってごらん?」
無邪気な笑顔。
その眩しさに、レイズはしばらく言葉を失った。
(……やっぱり、子供だな)
胸の奥が少しだけ温かくなる。
さっきまでのドギマギした気持ちはすっかり消え、
代わりに兄のような穏やかな感情が芽生えていた。
「そうだな……今から何年も、いや、何十年も先のことを考えてた」
真面目にそう答えると、イザベルは目を丸くし、すぐにニコッと笑った。
「わぁ、なんかすごい偉い人みたいだねー」
レイズは胸を張り、得意げに顎を上げる。
「当たり前だろ! 俺は当主だぞ!」
草原に、二人の笑い声が重なる。
風が花を揺らし、陽光がきらめきながらその笑顔を包み込む。
その一瞬――
イザベルは横目でレイズを見つめながら、そっと心の中で呟いた。
(……あの日の、あの笑顔と同じだ)
かつて見たはずの光景が、
遠い記憶の彼方から静かに蘇っていた。
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