【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの過去を知る

賑やかな夜へ

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ヴィルはゆるやかに頷いた。
静かに茶を置き、落ち着いた声で告げる。

「――リアナ。当主は空腹だ。すぐに食事の支度を」

その一言に、リアナはぱっと姿勢を正し、嬉しそうに答える。
「はいっ、かしこまりました!」

……そして、ヴィルの視線がレイズの腹へと向かう。
今まさに「パチン」と叩かれたそのお腹。
――それを、見事に“空腹の合図”と受け取っていた。

(え、いや違うんだって!!)
レイズの心の叫びは、当然のように誰にも届かない。

ヴィルは満足げに頷き、続けてイザベルの方へと顔を向ける。

「……イザベル。言わなくても分かっている。
だが心配はいらない。じっくり話す機会もあるだろう。では、それぞれ動いてくれ」

「え、ちょ、ちょっと待っ――」
イザベルが慌てて手を伸ばすより早く、
セバスが一歩前に進み出て、朗々と声を響かせた。

「――皆、速やかに動いてください!」

その号令に、屋敷全体が一瞬で活気づく。
足音、皿の音、水の音――まるで戦場のような喧騒が広がった。

「……完璧だ」
ヴィルは想像以上の成果に満ち足りた表情を浮かべ、その場をあとにする。

「ま、待って……!」
イザベルが小さく手を伸ばすが、その声は賑やかな音の渦に飲み込まれた。

レイズはといえば、
“食事”という言葉を聞いた瞬間に表情が凍りついていた。

「え……」

(ま、まさか……また肉の山じゃないだろうな……?)
胃袋が悲鳴を上げる気配を感じながら、
レイズは心の中でそっと天を仰いだ。


そのとき、リアノが一歩前に出て、優雅にスカートの裾を摘みながら頭を下げた。

「それでは、レイズ様。お食事の前に――入浴の方へご案内いたします」

「……は?」

レイズの顔が一瞬でこわばる。
脳裏によぎるのは、昨日の“あの悪夢”。
泡だらけの修羅場。あの羞恥と混乱の記憶が甦る。

「や、いやだぁぁぁ!! 一人で行く!! だれも来るなぁぁぁ!!」

悲鳴のような叫びを上げ、レイズは全力疾走。
廊下を駆け抜け、階段をすべり、勢いのまま風呂場へ一直線。

「お待ちください! 当主様ぁぁ!!」
リアノが慌てて追いかける。

残されたイザベルは、呆然と立ち尽くしていた。
「……なにこの屋敷……」
ぽつりと呟いたその声は、誰にも聞こえなかった。

* * *

ようやく「一人での入浴権」を勝ち取ったレイズは、
堂々と胸を張って湯殿へと向かった。

「……ふぅ、これでようやく落ち着いて入れる」

体をざっと洗い流し、湯船に足を入れようとした――その瞬間。

背筋をなぞるような悪寒。

(やばい……この展開、まさか“お背中をお流しします”パターンじゃ……!?)

心臓が跳ね、目線が勝手に入口へ向く。
しん、と静まり返る湯殿。
だが次の瞬間、扉の向こうに人影が差し込んだ。

(き、きたぁぁぁ!! でも見ない! 絶対に見ないぞ!!)

息を詰め、ひたすら湯の中で身を潜めるレイズ。

静寂を破るように、低く落ち着いた声が響いた。

「……お背中をお流ししてもよろしいでしょうか?」

(や、やっぱりきたぁぁぁぁ!!)

恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは――

完璧な立ち姿。鋭い眼差し。
正真正銘の美形執事、クリス。

レイズは叫んだ。
「おまえかいッ!!!」

クリスはきょとんとした表情で首を傾げる。
「……はい? 何かおかしなことを申しましたでしょうか?」

湯けむりの中、レイズは湯船の縁を掴みながら心の中で絶叫する。

(おかしいだろ!! 当主が風呂入ってんのに、なんで平然と入ってくんだよ!?)

だが――目の前にいるのは、あの完璧超人クリス。
下手に反論したら“情けない当主”確定。
レイズはプライドを総動員し、無理やり落ち着いた声を絞り出す。

「……ふっ、よく来たな」

(何言ってんだ俺ぇぇぇぇ!!!)

だがクリスは真面目に頷き、湯船の前で恭しく一礼する。


――少し前。

ヴィルの執務室では、静かな会話が交わされていた。

「……それでは、クリス。レイズは入浴に向かったようだな」
「はい」
「ならば君も一緒に入りなさい」

「……はい?」

クリスは目を瞬かせる。

「相談役として距離を縮めるには、ああいう場が最も適している。
湯気の中では心も開きやすい」

「し、しかし……さすがにそれは――」
「問題ない。むしろ効果的だ」

ヴィルの言葉は揺るぎなかった。
こうして、クリスは正式な“同行命令”を受けていたのだ。




そして現在。

クリスは湯けむりの中で深く頭を垂れ、静かに言葉を紡ぐ。

「……やはり、ヴィル様のお考えは正しかった。
レイズ様は私をお待ちになっていたのですね。
このようにご同行させていただけること、誠に感謝いたします」

その真剣な言葉に、レイズの心の中では再び叫びが爆発した。

(待ってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)

だが、外の顔は必死に保つ。
「……あ、あぁ。まぁ……そういうことだな」

(頼むからもう誰も入ってくるなぁぁぁ!!)

湯けむりの奥、レイズの悲痛な叫びは誰にも届くことなく、
屋敷の夜は――今日も平穏を保っていた。



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