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レイズの過去を知る
祖父ヴィル
しおりを挟む湯気が立ちのぼる食堂の静寂を破ったのは、ヴィルの低く重い声だった。
どうやら彼は、俺が――“この世界のレイズではない”ことをイザベルに話したことを、不本意に思っているらしい。
慌てて俺は口を開く。
「いや、ヴィル! 相談役を寄越すって……イザベルのことじゃなかったのか?」
ヴィルは一瞬だけ目を伏せ、短く息を吐いた。
「……えぇ。これは誤算でした。ですが、いずれ話す時が来ると思っていたので」
その声音には、どこか申し訳なさの滲む柔らかさがあった。
イザベルはため息をひとつつき、やや呆れた調子で言う。
「おじいさまが悪いのよ。ひとりでどんどん決めちゃうんだから。ねぇ、レイズ君だって困るでしょ?」
「え……お、おじいさま……?」
思わず俺はイザベルを見つめた。
その呼び方に、胸の奥で違和感が弾ける。
――そうか。
イザベルとヴィルの距離感があまりに自然だった理由。
まるで家族そのもののような雰囲気を纏っていたのは……。
「まさか……二人は……孫と祖父!?」
思わず叫ぶと、イザベルは軽く目を丸くし、ヴィルはほんの少し眉を上げただけだった。
ヴィルは深く息をつき、静かに言葉を紡ぐ。
「……えぇ。ですので、この場でしっかり話しておく必要がある」
その声音は重くも穏やかで、食堂に新たな緊張を落とした。
「イザベルは確かに、私の孫だ。――だが、レイズ。おまえもまた、私の大切な孫なのだ」
「……は?」
あまりの衝撃に、俺は一瞬で思考を手放した。
気がつけば手元の皿に顔を近づけ――。
ガブリッ。
皿の上の肉に、衝動的にかぶりついていた。
「……な、なんで今、肉を?」とイザベルが呆れたように言う。
「し、仕方ないだろ! 驚きすぎて……口が勝手に動いたんだよ!」
そんな俺の姿を見て、ヴィルはふっと笑みを浮かべた。
その笑顔はどこか懐かしげで、ほんの一瞬だけ優しかった。
イザベルは肩をすくめて笑い、穏やかな声で続ける。
「だからね、レイズ君と私は従兄妹なの。ちょっと不思議な感じでしょ?」
「従兄妹……? ぁあ、つまり親が違うのか。……そういえば俺の親って、どこにいるんだ? 会ったことがないんだけど」
その言葉を放った瞬間、空気が一変した。
ヴィルの表情が険しくなり、イザベルの笑顔が消える。
食堂の灯がやけに暗く見えた。
「……死にました」
ヴィルの低い声が、鋼のように重く響いた。
胸に、何か冷たいものが突き刺さる。
イザベルは目を伏せ、唇を噛んでいた。
俺は咄嗟に返す言葉を見つけられず、ただ無意識に皿の肉を握りしめていた。
長い沈黙のあと、ヴィルが静かに語り始める。
「……セシルさんとリヴェルは、レイズがまだ物心もつかぬ頃に亡くなりました」
「……リヴェル?」
その名に、心のどこかがざわつく。
「リヴェルは、私の息子です」
ヴィルの目がほんの少し揺れた。
「……つまり、おまえの父だ」
イザベルが小さく息を呑む。
レイズはただ黙っていた。
胸の奥に、どろりとした痛みが広がっていく。
(……そうか。レイズは、幼い頃に両親を亡くしたんだな。だからあんなにも荒んでいたのか……)
そう思いかけたが、ヴィルの表情はそれを否定するかのように硬い。
「……両親を失ったことだけが、彼を変えたのではありません。だが――それが始まりではありました」
その一言に、レイズの胸の奥が重く軋んだ。
(……じゃあ、何があったんだ? 本当のレイズに、いったい何が……)
怖くて、聞けなかった。
今この瞬間、その“真実”を知ることが、自分を壊してしまいそうで。
沈黙が続く中、ヴィルは静かに話を終えるように言った。
「……昔のことです」
その言葉は、まるで“これ以上は語らない”という幕引きのようだった。
食堂には再び静寂が戻る。
暖かなスープの香りが、なぜか遠く感じた。
――そんな空気を、軽やかに変えたのはイザベルだった。
「それでね、レイズ君。私、今日からこの屋敷に住むことにしたの」
明るい声が響く。
だがレイズは、すぐには言葉を返せなかった。
「……ぁあ、そうなのか」
それだけが精一杯だった。
イザベルは頬をふくらませ、少し不満そうに笑う。
「なんか反応が薄いなぁ」
けれど、レイズの頭の中では別の疑問が渦巻いていた。
(……なんで俺が“当主”なんだ?)
胸の奥がざわつく。
そのまま勢いで言葉がこぼれ落ちた。
「……なぁ、どうして俺が当主なんですか?」
その瞬間、空気が張り詰める。
ヴィルの瞳が鋭く光り、部屋の空気を一瞬で支配する。
イザベルがはっと顔を上げた。
ヴィルはしばらく何も言わず、静かにレイズを見つめていた。
やがて、深く重いため息を吐く。
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