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レイズの過去を知る
ずるをした鍛練
しおりを挟むイザベルは手に宿した魔力をゆらゆらと揺らしながら、からかうように首をかしげた。
その笑みは挑発と余裕に満ちていて、まるで舞台の上で観客を煽る女優のようだ。
「それでね……レイズくん。
私たち、いま一生懸命やってるけど――外から見たら、どんな風に映ってるのかなぁ?」
「どんな風にって……そりゃ、真面目に魔法鍛練をして……」
そう言いかけたレイズの脳裏に、ふと奇妙な光景が浮かぶ。
――細いイザベルの手を、汗だくになりながら両手で必死に握りしめている自分。
それを遠目で見れば、鍛練というより、まるで熱烈な告白でもしているかのようで。
「……………」
レイズは固まり、みるみる顔を真っ赤に染めた。
「な、なんだろ……めちゃくちゃ恥ずかしい図にしか……!」
イザベルはその様子に吹き出し、笑いながら身を乗り出す。
「ふふっ。やっぱりそう思った? じゃあ、外から誰かに見られてたら――」
「やめろっ!!!」
反射的に叫ぶレイズ。
イザベルは嬉しそうに目を細め、ますます笑いの波をこぼした。
――数分後。
「なぁイザベル……もう一回だ。今度は全力でいけよ。」
イザベルは唇をゆるく弧にし、わざと色っぽい声で返す。
「ふーん……そんなに私に触りたいんだ?」
「ち、違ぇよ!!」
レイズの顔が一瞬で茹だったように真っ赤に染まる。
だが、胸の奥に火が灯る。
(……見てろよ。今度こそ驚かせてやるからな!)
レイズは深く息を吸い、両手を握りしめた。
イザベルはその本気の気配を感じ取り、笑みを消す。
「……じゃあ、いくね。」
彼女の掌が淡い光を放つ。
空気が張り詰め、まるで透明な壁が庭全体に広がったような圧が走る。
――それは、イザベルの“本気の壁”。
「さぁ、掴めるもんなら掴んでみて?」
挑発的な声。だが、その目は真剣だった。
レイズの口角がわずかに上がる。
「上等だ。今度こそ――絶対に掴んでやる!」
(……ただの力比べじゃ無理だ。なら、俺の“武器”を使わせてもらう。)
掌の奥で、黒い光が瞬いた。
――死属性。
ひんやりとした魔力が指先に絡み、音もなく形を変えていく。
「……消えろ。」
低く、静かに放った一言。
次の瞬間、イザベルの魔力壁が、風が止むようにふっと掻き消えた。
「なっ――!?」
イザベルが反応するより早く、レイズの手が彼女の腕を掴む。
しっかりと。確かに、指先が肌に触れていた。
「……どうだ! 驚いたか!? さぁ、もっと驚けよ!」
勝ち誇る声。
その顔は少年のように輝いていた。
イザベルは呆然と腕を見下ろし、そして――
ほんの少し、頬を赤く染めた。
「……っ、もう……ほんとに掴んじゃうなんて……」
その声音は、怒りでもなく、呆れでもなく、どこか甘い響きを帯びていた。
レイズの胸がどくんと鳴る。
勝ったはずなのに、妙な負けを感じる。
(……なんで俺のほうが照れてんだよ……!)
彼は焦って視線を逸らすが、イザベルはそっと笑った。
柔らかく、少しだけ照れくさそうに。
「……そろそろ離してくれる? ね? ね?」
優しく促す声。
だが、レイズはその声を聞きながらも、しばらく動けなかった。
指先から伝わるのは、熱。
柔らかくて、あたたかくて、思っていたよりもずっと――生きている温度。
(……すべすべ……あったか……)
心臓が跳ねる音が、はっきりと耳に響く。
「な、ななな……っ!」
レイズは慌てて手を放し、勢いよく後ずさる。
「ちょ、ちょっと! これは、その、ちがう! 訓練だし!!」
イザベルは唇に指を当て、にやりと笑う。
「うんうん。訓練ね。……ふふ、訓練かぁ。」
彼女の笑みは、どこまでも悪戯っぽく。
けれど――ほんの一瞬だけ、その瞳の奥に“優しさ”が灯った。
風が止み、二人の間を淡い光だけが包む。
レイズの頬はまだ熱を残し、イザベルの手の中には、消えかけた温もりが残っていた。
――こうして、勝負はレイズの敗北で終わった。
だが、その敗北を口にする者は、誰もいなかった。
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