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レイズの過去を知る
初めての街と、乾いた現実
しおりを挟む許可を得たレイズは、どこか誇らしげに胸を張った。
「じゃあ、今日はそろそろ休む。明日は朝から――俺の美しい走りを見せないといけないからな」
わざとらしくカッコをつけて背を向けるその姿に、リアナは目を輝かせ、クリスは微笑を浮かべる。
見送るヴィルは、穏やかな表情でその背を見つめた。
(……本当に、嬉しそうだな)
けれど――イザベルだけは、少しだけ寂しそうに目を伏せていた。
胸の奥に小さな痛みを覚えながら、そっと手を組む。
(……レイズくん。どうか、無事に帰ってきてね)
――そして夜。
レイズの部屋には静寂が広がっていた。
布団に体を預けながら、レイズはふと天井を見つめる。
(……そういえば。鍛錬を重ねると、また“あの乾き”が来るんだよな……)
喉を焼くような渇き。
魔力を練るたびに襲う、あの底なしの苦痛。
あの感覚を思い出し、レイズは無意識に喉へ手を当てた。
(だから今日は、ちゃんと備えておいた)
枕元には、冷たい水をたっぷりと満たした瓶。
それをちらりと確認して、ようやく安心したように息をつく。
「入念にしとかねーと!」
小さく呟き、もう一度水瓶を確かめてから布団に潜り込む。
――明日は、外の世界。
初めて見る街並み。初めて交わす他人との会話。
どんな出会いがあるのか。どんな風が吹くのか。
レイズの胸は、期待でいっぱいだった。
(……なんか、遠足の前みたいだな)
思わず自嘲気味に笑いながらも、その表情は嬉しそうだった。
そうして彼は、深い眠りへと落ちていった。
その寝顔は――まるで明日を夢見る少年のように、安らかで穏やかだった。
……けれど。
翌日、彼を待ち受けているのは、そんな無邪気な期待をあざ笑うような“現実”だった。
朝日が昇る。
三名――レイズ、リアナ、クリスはアルバードの敷地を抜け、外の道へと足を踏み出した。
澄んだ空気。広がる青空。
レイズは大きく伸びをして、思わず笑みをこぼした。
「よしっ!」
そして突然、地面に手をつき、クラウチングスタートの構えをとる。
「な、なんて綺麗な構えなのっ!?」
リアナが感激したように両手を握りしめる。
その隣でクリスは静かに頷いた。
「……レイズ様の動きには、必ず意味があります」
(……いや、ただ一回やってみたかっただけなんだけどな)
レイズは内心で苦笑しながら、息を吸い込む。
そして――地を蹴った。
ザッ、と音を立てて走り出す。
最初は軽い気持ちだった。
だが数歩で気づく。
(……なんだこれ、走れる! この体で、ここまで……!)
風が頬を切る。
体が軽い。心地いい。
まるで自分が風になったようだった。
「……っ、悪くねぇ!」
思わず笑みがこぼれる。
やがて道沿いに、小さな村の屋根が見えてきた。
遠くに人の姿。煙の匂い。
それだけで胸が高鳴る。
だが、ふと後ろを振り返った瞬間――その高揚は粉々に砕けた。
リアナは汗ひとつかかず、満面の笑みでついてくる。
クリスは淡々と、一定の距離を保ちながら走っていた。
(……どんな体力してんだよ、こいつら……!)
顔を引きつらせながら、奥歯を噛みしめる。
「絶対に……突き放してやる!」
レイズは呼吸を整え直し、ペースを緩めるのではなく――逆にフォームを変えた。
肩の力を抜き、長く、遠くを見据えるように。
「……今だ!」
曲がり角に差し掛かった瞬間、全身の力を解き放つ。
「レイズ様!?」「レイズくん!?」
後方からリアナとクリスの声が聞こえるが、もう耳に入らない。
(よし! 突き放した!)
風を裂き、一人で駆け抜ける。
自由。爽快。
まるで、この世界そのものが自分のものになったかのようだった。
――だが。
しばらく走るうちに、胸が重くなり、喉が焼けるように乾いてきた。
「……っ、はぁ……水……」
ふらつく足取りで辺りを見渡す。
通り沿いに、小さな商店が見えた。
(ふふふ……準備は万端だ。金もちゃんと持ってきてる)
懐から袋を取り出し、中を覗く。
金貨、銀貨、銅貨――
数枚の硬貨が朝日に光る。
(ゲームでの相場だと……金貨は十万、銀貨は一万、銅貨は百円。これだけあれば、足りないわけがねぇ)
そう確信すると、レイズは勢いよく戸を押し開けた。
カラン――と鈴の音が鳴る。
そして、初めての“現実”の世界が、彼を迎え入れたのだった。
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