【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの過去を知る

受け入れられるわけもなく。

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店に足を踏み入れた瞬間――。

ガタッ、と椅子を引く音。
視線が一斉にこちらを向き、次の瞬間には慌てて逸らされる。

(……だよな。貴族の人間なんて来るはずない場所に、俺がいるんだからな)

レイズは苦笑しつつも、気にした素振りは見せず、静かにカウンターへ腰を下ろした。

「すまない。カウイのジュースを一杯」

声をかけられた店主はビクリと肩を震わせ、すぐに深々と頭を下げる。

「か、かしこまりました……!」

慌ただしく準備され、木製のグラスに注がれた赤みがかった果実ジュースが差し出された。

レイズはひと口。

「……っ!! めっちゃくちゃうまいなこれ!」

甘酸っぱく爽やかな味が喉を潤し、全身に染み渡る。
ただ――。

(……なんか、ぬるいな)

ちらりと辺りを見回す。誰もこちらを見ていない。

(よし……ちょっとだけだぞ)

掌をかざし、ひそかに魔力を流す。

「――フリーズ」

ごく自然な仕草で冷気を加える。
カラン……と氷のような冷たさが広がり、グラスの外側にうっすらと白い結晶が浮かんだ。

再び口をつける。

「……っはぁぁぁ……!! これだろ!!」

目を細め、まるで天にも昇るような心地で喉を鳴らす。
その姿はまるで、貴族らしからぬ少年が“庶民の贅沢”に心を奪われているかのようだった。


グラスを傾け、冷えたカウイのジュースを楽しんでいたその時――。

奥の方から、ひそひそとした声が漏れ聞こえてきた。

「……なんで、朝からあいつの姿を見なくちゃならねぇんだよ」
「それにな。見ろよ、あの体。……情けねぇにも程があるだろ」

断片的に聞こえる言葉。
だが、それが誰に向けられたものか――レイズには、すぐにわかった。

(……おれのことだな)

レイズは口元に微笑を浮かべ、軽く肩をすくめる。

「……まぁ、確かにな。この体を見たらそう思うだろ」

余裕のある心で、自嘲気味に納得してしまう。

しかし――。

ガタッ!

椅子を蹴立てる音が店内に響く。

一人の男が立ち上がり、顔を真っ赤にして歩み寄ってきた。

「……いい加減にしろや、てめぇ!」

レイズの席の前で乱暴に机を叩き、怒鳴り声を張り上げる。

「自分の家に帰れって言ってんのが伝わんねぇのかよ!
 貴族のガキが、庶民の店にしゃしゃり出てきやがって……!!」

周囲が一斉に息を呑む。
重苦しい沈黙と敵意の視線が、レイズへと注がれていた。



レイズは、目の前の男を見上げながら小さくため息をついた。

(……こいつ、大丈夫か?
 アルバードにそんな口をきいたら、自分の身が危ういって気づかねぇのか……?)

呆れるよりも先に、むしろ心配の気持ちが勝つ。

レイズは手を軽く上げて、マスターへと穏やかに声をかけた。

「すまない、マスター。……彼にエールを出してやってくれ」

マスターは驚いたように目を丸くし、すぐに「は、はい……」と答えて急ぎ足で奥へと下がる。

やがてジョッキに注がれたエールが、男の前に置かれた。

レイズは微笑み、柔らかな声で言った。

「心配するな。俺はすぐに帰るさ。
 ――ほら、よかったら奢るから飲んでくれ」

それは彼なりの“場を収める術”だった。
飲み屋なんてのは大抵そうだ。酒を奢れば、不思議と打ち解ける――。

そう、思っていた。

だが、返ってきたのはまったく違う反応だった。

――バシャッ!!

一瞬、何が起きたかわからなかった。
冷たい液体が頭から肩にかけて滴り落ちていく。

「……え?」

手で触れた感触は、濡れた髪と額。
目の前の男は、にやりと歪んだ笑みを浮かべていた。

「……そんな小細工でごまかせるかよ、貴族サマぁ」

そう――男は、レイズが奢ったエールを、そのまま彼の頭にぶちまけたのだった。


レイズは、頭から滴るエールを拭いもせず、冷静に問いただした。

「……お前。俺が誰かわかってやってるな?」

男は机を叩き、血走った目で怒鳴り返す。

「だからなんだ、てめぇ!!
 俺たちの村で暴れたお前を……忘れる奴がいると思ってんのか!?」

その言葉に、レイズははっとする。

(……そうか。これは、俺じゃない。“過去のレイズ”がここで……やらかしたんだな)

胸の奥に、重苦しい痛みが広がる。

レイズはそっと手を挙げ、マスターへ声をかけた。

「……マスター。彼にもう一つ、エールを」

戸惑いながらも差し出されたジョッキを、レイズが受け取る。

「……そうか。過去にやったことは、謝る」

そう言って、静かにエールを差し出した。
冷ややかな空気の中、こっそりと《フリーズ》をかけて冷やしたそれを、男へ手渡す。

「……これを、飲んでみてくれ」

しかし――。

「なめてんのかぁっ!!」

男は激昂し、拳を振り上げた。

――その腕が、空中で止まる。

「……!」

恐ろしいほどの殺気。
そこに立っていたのは、リアナだった。

普段の天真爛漫な笑みはどこにもない。
彼女の瞳には、はっきりとした“殺意”が宿っていた。

「……レイズ様に、これ以上の無礼は許さない」

低く響く声に、男は凍りついた。

間もなく、クリスも駆けつける。
周囲を見渡し、前に出ると鋭い声音で言い放つ。

「お前たち、一体何をしている」

そして――びしょ濡れのレイズに視線を落とす。

「……レイズ様……」

その瞳には、烈火のごとき怒りが宿る。

だが、レイズの手がそれを制した。

「違う。……この人は悪くない。悪いのは俺だ」

驚いたクリスとリアナをよそに、レイズは男へ再び向き直る。

「……あなたが俺に怒る理由はわかる。
 だが――このエールを注いでくれたマスターに、これ以上迷惑はかけたくない」

静かに言い切り、踵を返す。

「……行こう」

短くそう告げて、その場を後にした。


リアナは、その背中を見つめながら唇を噛んだ。
(……どうして、あんな風に笑えるの。あんなことをされても、怒らないなんて……)
胸の奥が熱くなる。悔しさと尊敬が入り混じり、涙がにじんだ。
(わたしなら――きっと殴ってた。けど、レイズ様は……違う。優しさの形が、強さなんだ)

クリスは、無言のまま主の後ろを歩く。
(……剣で制すより、言葉で抑えた。誰よりも強いのに、誰よりも“人”を選ぶ)
その姿に、静かに頭を垂れた。
(やはり私は、この人に仕えるべきだ――)


通りに出ると、昼下がりの風が三人の髪を撫でた。
レイズは額の雫を拭いながら、ふっと笑う。

「……腹、減ったな。今日は帰るか…」

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