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レイズは守る
死属性と魔石
しおりを挟むヴィルは低い声音で告げた。
「……魔石とは本来、武器として使われるものです。魔族を殺して得た結晶を刃に宿し、その力を奪い取る……それが人の常。ゆえに王国はあれほどまでに執着するのです」
魔石は凝縮された膨大な魔力。
ひとたび扱えば、炎を纏う剣も、氷壁を生む槍も造れる。
ゆえに魔石は、命を踏みにじる道具としてあまりにも都合がよかった。
ヴィルの瞳が鋭さを帯びる。
「レイズ……お前も同じことをするのか? 死属性を用いて、さらなる武器を作るつもりなのか?」
レイズは首を横に振った。
「いや、逆だよ。俺は魔石を“守るため”に使うつもりだ」
ヴィルの息が止まる。
レイズの言葉には曇りがなく、迷いすら削ぎ落とされた透明さがあった。
「奪うためじゃない。喰らうためでもない。――みんなを守る力にするために、魔石の力を借りたい」
その声音は静かだが、決意は重い。
その場の空気ごと、魔石の価値が反転していくかのようだった。
ヴィルは机の上にひとつの魔石を置いた。
「……ならば見せてみなさい。お前が成そうとしているものを」
レイズは無言で頷き、掌を魔石に添える。
死属性の魔力を、優しく流し込む。
「――《エクリプスドレイン》」
淡い輝きがふっと消える。
魔石の命の光が終わり、本来の“死”へと還った。
ヴィルは小さく息を呑む。
「……魔力の核が……消えた?」
レイズは続けて呟いた。
「――《フロストウィスパー》」
次の瞬間、魔石は青白く灯る。
まるで静かな息遣いを取り戻したかのように。
「ヴィル。魔力を流してみてくれ」
促されるまま、ヴィルは魔力を注ぐ。
すると石はそれを吸収し――
冷気がふわりと空間に広がった。
「ば……馬鹿な……!」
それは本来ありえない。
ヴィルは氷属性を扱えない。
それなのに――魔石が氷を生んだ。
レイズは落ち着いた声で告げる。
「魔石に“別の魔法”を刻むことができる。
死属性は、魔石の役割を一度終わらせて……新しく、生まれ変わらせるんだ」
ヴィルの瞳が揺れる。
「……それはつまり……誰でも氷属性を扱えるということなのか?」
レイズは頷き、もう一度魔石に死属性を流し込む。
「――《エクリプスドレイン》」
また石は“死”へ還り――
「――《フロストヴェール》」
柔らかな守護の冷気を灯した。
「ヴィル。もう一度、魔力を」
ヴィルが魔力を注ぐと、今度は優しい霧のような氷が広がり、
盾のように彼を包み込んだ。
「……これは……魔法を“覚えた”というのか……?」
レイズは静かに続ける。
「氷だけじゃない。すべての属性を刻める。
本来使えない魔法を――誰でも使えるようになる」
その事実に、ヴィルは声を失う。
常識が、音を立てて崩れていく。
レイズは青白く光る石を掲げた。
「ただし、魔石は一つの魔法しか覚えられない。
死属性で“終わらせ”、新たな魔法を刻むことで――
魔石は《メモリアルストーン》に変わるんだ」
石は、まるで意志ある生命のように脈動していた。
ヴィルは震える息を吐いた。
「……これは……同時に恐ろしいことでもあります」
「そうだ。もし王国が知れば、戦場は崩壊する。
どんな兵士でも、あらゆる魔法を使えるようになるんだ。
炎も氷も雷も……努力も才能も関係なくなる」
想像しただけで、背筋が凍る異常だった。
「だからこそ――」
レイズの声に迷いはない。
「これは秘匿する。
俺たちの手の内でだけ使う。
さもなければ……世界そのものが壊れる」
ヴィルは深く頷いた。
その瞳に宿った光は、恐れと理解――そして決意。
だが、この奇跡には前提がある。
一度、“死属性を通さねばならない”。
つまり――
メモリアルストーンを作れる者は極めて限られる。
レイズの無属性と死属性。
世界にわずかしか存在しない、特異な資質。
ヴィルは悟った。
「……死属性と魔石。その組み合わせは……世界の形を塗り替える」
ただの可能性ではない。
確信。
その力は、人と魔族の歴史――
そして未来の均衡さえも、静かに揺り動かし始めていた。
ヴィルの声が、低く重く揺れた。
「レイズ……守るために使う、と言ったな。
だが……その真意は、まさか……」
剣神の思考は誰よりも早い。
すでに頭の中ではいくつもの応用案と危険性が弾け飛んでいた。
だが、そのどれをも凌駕する“異端”が、いま目の前に在る。
レイズは迷いなく告げる。
「――あぁ。俺は、メモリアルストーンに死属性を付与する」
その一言に、ヴィルの瞳が大きく揺れた。
「死属性までも……付与するというのか……?
それは……魔法を無効化するほどの異常な力を……“全員”が扱えるようになるという話だぞ……」
信じがたい。
だが現にこの男は、それを実現して見せている。
魔法が効かない。
それは単なる“守り”ではない。
この世界そのものを支えてきた魔法文明の根本――戦いの前提を覆す脅威だった。
レイズは静かに問いかけた。
「ヴィル……この力は、みんなを守る力になると思うか?」
ヴィルは答えられなかった。
守るどころではない――
その現実が胸を重く締めつける。
魔法を纏えば攻撃力は跳ね上がり、
魔法障壁は数百、数千の命を救ってきた。
その全てを“無効”にできる石。
持つ者と持たざる者の差は、もはや戦力の比較ですらない。
メモリアルストーンを持たぬ者は、生身の肉体と技術だけで死地に立つしかない。
――世界の戦いの形が、完全に変わってしまう。
レイズはそんな危険性を理解しながら、それでも確信に満ちて言葉を続けた。
「メモリアルストーンは――俺たちだけで使う。
だが、これは絶対に奪われてもいけない。悟られてもいけない。
魔石が関係していると知られたら終わりだ。
だから細工を施す。形を変え、性質を隠し、正体を覆い隠す。
“アルバードだけが生み出した特殊な石”――
そう思わせるようにする。
魔石と死属性の関係は……
アルバードの仲間にすら伝えてはいけない」
そこまで言い切り、レイズは真っ直ぐにヴィルを見据えた。
「――その上で聞く。
俺はこれは使うべきだと思う。
ヴィル……どうする?」
長い沈黙が流れた。
やがてヴィルは、静かに目を閉じ、深く息を吐く。
「……わかりました。使いましょう」
ゆっくりと開かれた瞳には、決意が宿っていた。
「みんなを守るために。
そして――散った魔族の魂に、新たな役割を与えるために。
守る力として生かすのなら……私は、許します」
その言葉は、アルバードの未来を根底から変えていく“許可”であった。
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