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レイズは守る
メルェとのつながり。
しおりを挟むレイズは早朝、静寂と微かな陽光に包まれて目を覚ました。
まぶたを開いた瞬間――視界に飛び込んできたのは、隣で穏やかに眠るリアノの顔。
「……え?」
一瞬、思考が停止する。
(なんで……リアノと同じ布団で寝てるんだ?)
だが、脳裏に昨夜の出来事がゆっくりと戻ってきた。
宿にベッドが一つしかなく、そのまま隣同士で眠ったこと――。
「……あぁ、そういうことか」
軽く息をつきながら、そっと身を起こす。
リアノは幸せそうに寝息をたてていた。
その表情はどこか幼さが残り、普段の献身的な姿とは少し違って見える。
(……よく寝るやつだな)
そう呟きながら、レイズは静かに身支度を整えた。
動きは素早く、騒がしくしないように気を配る――だが。
リアノのまつげがかすかに震え、ぱちり、と瞳が開く。
「っ……レ、レイズ様!? もっ……申し訳ございません!!」
飛び上がるように布団から出て、髪を整え、服を直し、慌てふためいて部屋中を行ったり来たり。
「……相変わらず、慌てる音がでかいな。いつも通りのリアノだ」
レイズは苦笑しつつ、気を変えるように立ち上がる。
「ちょっと体、動かしてくる。外、行ってくるな」
そう言って部屋を出た。
これは昔から欠かさない、レイズの日課――鍛錬だ。
***
宿の一階――昨夜の酒場には、酔い潰れた男たちが床に転がり、
マスターが片付けをしていた。
「おい……大丈夫かよこいつら……」
思わず声を漏らすと、マスターはレイズを見るなりにやりと笑う。
「夜はお楽しみでしたねぇ」
「…………は?」
間の抜けた声を出すレイズ。
その直後――昨夜、リアノと同じ布団で眠った光景が脳裏に蘇り、
さらに酒の席で言ってしまった言葉も思い出す。
――当たり前だろうが! ハハハハハ!!
(リアノが好きだ、と言ったあの言葉)
「……っ!? ま、まさか……俺、リアノに……?!」
一気に顔が青ざめる。
(いやいやいやいや、いや待て……でも……何かしたのか?
いや俺は寝た……寝たはずだ……でも気づいてないだけか!?)
頭の中がぐるぐるする。
そのまま鍛錬を始めるが――
拳を振るうたびに、ふくらむのは不安と焦り。
「……まさか、俺……知らないうちに……?」
肩がほんの少し震えていた。
しばらくして、ほとんど泣きそうな顔でリアノが外へ飛び出してきた。
「お、お待たせしました……!」
だがその視線はレイズの顔を避けるように逸れている。
頬は桜色に染まり、気まずさが滲んでいた。
その仕草を見た瞬間――
レイズの中の勘違いが爆発した。
(やっぱり……昨夜、何かあったんだ……!!)
動揺を隠しつつ、気まずそうに頬を掻く。
「あ、ぁあ……じゃあ、行くか」
その言い方がまた絶妙に重く聞こえた。
リアノの胸は跳ね上がり、表情が熱を帯びる。
(やっぱり……レイズ様は覚えているんですね……
私のことを……その…好きって……
昨夜……そばにいたことも……)
嬉しさと恥ずかしさが入り交じり、
リアノは胸を押さえながら小さく頷いた。
互いに深刻な勘違いを抱えたまま――
二人は並んで歩き出す。
沈黙。
けれど、どこか甘い空気をまとった沈黙。
リアノの横顔は、少しだけ嬉しそうで。
レイズはその表情を見て、さらに思い込む。
(……嫌がってはいない……ってことは――
受け入れてくれたってこと、なのか……?)
そしてレイズはさらに深い勘違いへ落ちていく。
こうして、二人の間には奇妙に甘く、妙に気まずい――
しかしどこか幸せな空気が流れ始めていた。
そうして二人は――境界線を越えた。
そこは、明らかに“気配”が変わる世界だった。
風の流れ、土の匂い、遠くで鳴く獣の声。
森の木々でさえ、まるでこちらを値踏みするようにざわめく。
リアノは一歩踏み入れた瞬間、思わずレイズの腕へしがみついた。
ぎゅっ……と、細い指がレイズの袖を掴む。
(……こ、怖い……)
胸を高鳴らせるリアノ。
しかしレイズはその感触を別の意味で受け取る。
(ま、まじか……リアノって……
もう完全に俺のこと……受け入れてる……?)
心臓が逆に跳ねたのはレイズの方だった。
だが表では平然を装い、落ち着いた声で言う。
「リアノ。無理に受け止めなくていい。
俺は……この気持ちを忘れない。だから任せてくれ」
“この気持ち”の意味が、二人の中でまるで違っているとは知らずに。
リアノはその言葉を、頼もしさと優しさの証として受け止めた。
「はい……レイズくんがいれば、私は前に進めます」
その小さな声に、レイズもまた胸の奥が熱くなる。
(……やっぱり、気持ち伝わってるんじゃねぇか……?)
互いの勘違いが甘い空気を作り出してしまう中、
魔族領の闇は確実に密度を増していた。
――視線。
レイズは、はっきりと気付いていた。
木々の影、岩の間、風の流れ。
あらゆる場所から複数の視線がふたりを追っている。
ただの警戒ではない。
「敵か味方か」を、静かに、鋭く見定める魔族特有の視線だった。
リアノも寒気を覚え、思わずレイズの腕を強く掴み直す。
(……み、見られてる……。怖い……。でも……)
――でも、レイズくんがいる。
その一心だけが、足を止めずにいられる理由だった。
レイズは立ち止まらない。
むしろ視線に向かうように一歩踏み出し――
何もない闇へ向けて、静かに声を投げる。
「おまえたちと話がしたい。問題はないか?」
その場の空気が、一瞬だけ張り詰めた。
空気が硬く凍るような沈黙。
森の葉すら揺れるのをやめるような、緊張の間。
――そして。
『……ああ、レイズ。おまえなら問題はない。
だが――その女は……何者だ?』
低く、重い声が闇の奥から響いた。
魔族特有の“影を引くような声”。
それにリアノはびくりと肩を震わせる。
だが、レイズは迷わなかった。
ゆっくりと懐へ手を入れ、
丁寧に一つの小さな角を取り出す。
メルェの角。
唯一残された、彼女の魂の象徴。
「これを見てくれ。いや――感じてほしい。
この子はメルェを、大切に思ってくれていた。
その気持ちは……おまえたちにも伝わるはずだ」
角が淡く光り、空気がわずかに震える。
魔族にとって、“角”は魂の在り方そのもの。
嘘偽りはつけないし、隠しようもない。
レイズは続けた。
「こいつの名はリアノ。
メルェの……仲間だ」
リアノは驚きに目を見開き、思わずレイズを見つめた。
仲間。
その一言は、彼女にとって大きすぎるほどの意味を持っていた。
闇が静かに揺れる。
数息の沈黙のあと――
そこから滑り出すように、一人の魔族が姿を現した。
白い髪を背に流す女魔族。
以前レイズを案内した、あの知的な眼差しの女だった。
彼女はゆっくりと近づき、リアノをじぃぃ~~……っと見つめる。
まるで魂そのものを覗き込むように。
リアノは緊張で体が固まりそうになる。
だが逃げず、真っ直ぐに視線を返した。
やがて女魔族は、小さく息を吸い――
深く頷いた。
「……確かに。
イェイラ――メルェとの繋がりを、この娘から感じます」
メルェの名を口にするときの、敬意を含んだ声音。
リアノは思わず小さく息を呑んだ。
(……メルェ……)
女魔族はレイズへ向き直る。
「わかりました。
レイズ、あなたが連れて来たのなら信用しましょう。
それに――この娘は嘘をつけない“目”を持っています」
リアノは意味が分からず戸惑うが、
レイズにはその言葉の重さが理解できた。
魔族は“心”を読む。
嘘をつけば、すぐにわかる。
彼女たちがリアノを受け入れたのは――
彼女の心が澄んでいたからだ。
女魔族は静かに頭を下げ、手をひらりと動かす。
「では――ついて来なさい。
魔族の村へ案内いたします」
その声は厳かでありながら、どこか柔らかかった。
こうして二人は、魔族の深部へと踏み入る。
互いの勘違いを胸に抱えたまま。
けれど、その勘違いが二人の距離を確実に縮めていくことを、
まだ誰も知らなかった。
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