【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズは守る

純粋なる種族

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エルイは、ずっと胸の奥に渦巻く迷いを振り払えずにいた。

「……やはり、やめておいた方がいいかもしれません。
 ここは、あなたたち人間にとってあまりにも危険です」

リアノも弱々しく頷く。

「私も……なんとなくですが、嫌な気配を感じるのです」

二人の不安をよそに、レイズは肩をすくめて笑った。

「まぁ、大丈夫だよ。案内してくれてるんだろ? 信じてるさ」

その楽観さに、エルイは思わずため息を漏らした。
だがその“根拠のない強さ”が、不思議と恐怖を薄めてくれるのも事実だった。


そうして三人は、ダークエルフの集落の手前へと辿り着いた。

――その瞬間。

空気が変わった。

風が止まり、森のざわめきは一気に消え失せる。
代わりに肌を刺すような鋭い殺気が、三人を包み込んだ。

「動くな!」

闇の木々から十数の影が一斉に姿を現し、弓と短剣を向ける。
光を吸うような黒髪、鋭い耳、深い琥珀色の瞳――紛れもなく、純血のダークエルフたちだった。

レイズは内心で“お決まりの流れだな”と呟きつつ、
ゆっくりと武器を地面に置き、手を挙げる。

「何者だ! ここに来る理由を言え!」

「それと、なぜお前までいるんだ、ゥエルイェア!
 人間を連れてくるなど……裏切りか!!」

殺気が跳ね上がり、リアノは青ざめて一歩下がる。
エルイは呼吸を整えながら、きっぱりと言い返した。

「この方々は、ヴェルビェイヌァイ様と正式に盟約を結んだお方です!
 ティグル洞窟へ向かっています。
 その道中で……人間でも休める場所を探しているのです!」

長の名を聞いたダークエルフたちは、わずかに表情を揺らす。

「長が……? 本当に人間と盟約を……?」

「だが、なぜ我々の集落でなければならん!」

怒号が飛び交う中、レイズは一歩、静かに前へ出た。

「フェリルに会いたいんだ」

空気が凍りつく。

「……な、何を……?」

レイズは続けた。

「誇り高く、純粋と称される種族。
 その中でも、戦士として強く、美しく……誰よりも真っ直ぐな心を持つ――フェリルに」

――純粋。

その言葉は、ダークエルフたちの胸を正確に撃ち抜いた。

ざわめきではなく震えが広がる。

「……ま、待て。なぜその言葉を知っている……?」

「我らが“純粋”という概念を、人間が……?」

レイズは目を細め、迷いなく言葉を重ねた。

「フェリルが探しているものも知ってる。
 答えは王国――ジュラの地にある。
 だが、あそこは君らの足では辿り着けない。
 俺なら行けるし……必ず持ち帰ると誓う」

耳が震え、唇を噛み締める音が聞こえる。

「な……ぜそこまで……?」

レイズは静かに笑い、言い切った。

「フェリルと話をさせてほしい。
 純粋なる戦士に……敬意を伝えたい」

その瞬間、ダークエルフたちの心は完全に揺さぶられた。

「……わ、分かった。フェリルに会わせる。
 いや……必ず会っていけ!」

声には怒りも憎しみもない。
ただ切実で、救いを求めるような響きだった。

レイズは満面の笑みで右手を差し出す。

「ありがとう! 純粋なる戦士よ!」

ダークエルフの耳が――真っ赤に染まった。

「う……うるさい!!」

恥ずかしさを隠すように、彼女は顔を背けて叫ぶ。
だがレイズはさらなる追撃を放った。

「間違えた。純粋なる乙女よ! 本当にありがとう!」

ダークエルフは剣で斬られたように沈み込み、肩を落とした。

「……わ、分かった……! もう言うな……頼むから……」


空気がようやく落ち着き、案内を許されたその時――

レイズはふと心の中でぼやいた。

(……にしても魔族の長の名前、ヴェルビェ……なんだっけ?
 あの超長い名前、絶対覚えられねぇ……)

真剣な場面のはずなのに、
そんなどうでもいい悩みが頭を占めるのは――レイズらしさそのものだった。


ダークエルフたちに受け入れられた一行は、黒木の家々が並ぶ集落の中心――
真円の広場へと案内された。

夜の気配が濃い森の中で、そこだけが仄かな光に照らされている。
白銀の髪、煤色の肌、艶やかな黒髪――
異形の美しさを持つダークエルフたちが、三人を取り囲むように集まり、鋭い視線を向けていた。

「見て、人間の娘……思ったより愛らしいわ」

リアノを見て、ひそひそと囁きあう者たち。

「おい、あの男……あの筋肉……ちょっと私、好みかもしれない」

レイズを見つめ、耳を赤く染める者もいる。

だが当然、それだけではない。

「どうして人間など、この地に入れた……!」
「我らは“混ざり物”を嫌う。あれらを招く理由はなんだ!」

怒気を隠さぬ視線が、容赦なくリアノへ突き刺さる。

リアノは思わずレイズの背へ隠れそうになったが、レイズは一歩前へ出た。

胸を張り、堂々とした声で叫ぶ。

「本当に感謝する!
 純粋より生まれし、純粋なる純粋たちよ!!!」

――何を言った?

リアノとエルイが同時に固まる。

しかし、なぜかダークエルフたちはざわざわと色めき立ち、
頬や耳をわずかに赤く染め始めていた。

「純粋……だと……?」
「人間が……私たちを、純粋と……?」

その称号は、彼らにとって“救い”そのもの。

かつて人間に蔑まれ、汚れた存在と罵られた。
だからこそ、“純粋”という言葉は魂に触れる特別な響きを持つ。

――レイズの言葉は、彼らにとって最上級の賛辞なのだ。

リアノは内心で絶叫していた。

(……なにそれ!? 意味わからないのに、なんで通じてるの!?)

エルイも混乱しながら呟く。

(……レイズ様……本当に何者……?)

空気が混乱と熱気で渦巻く中、
そのざわめきを切り裂くように、鋭い声が静寂を呼び込んだ。

「――騒がしいわね」

広場の奥から、一人の少女が歩み出る。

その存在感は、他のダークエルフとは一線を画していた。

艶やかな闇髪。
瞳は夜空より深い紫。
しなやかな四肢と、獣のように研ぎ澄まされた気配。

静かに立つだけで、集落の空気が張りつめる。

フェリル――
かつてゲームでレイズの“心”を強く揺さぶった少女。

その姿を目にした瞬間、レイズの胸は衝撃に貫かれたように痛み、息が止まった。

「……フェリル……っ……」

こぼれた息は震え、視界が滲む。
頬を伝うのは――涙だった。

ゲームの中で、幾度も画面越しに見た少女。

彼女の想いも、苦しみも、戦いも、すべてを知っていた。
だからこそ、目の前に現れた“本物”を前にして、感情が溢れて止まらなかった。

「なんたる……なんたる純粋な……!」

レイズの声は震えながらも、魂から絞り出された本心だった。

フェリルは、わずかに目を見開く。

目の前の男は、
涙を浮かべながら、自分を“純粋”と言い切っている。

打算も、欲も、虚偽もない。

――ただの本心。

その言葉は、フェリルにとってあまりにも重く響いた。

(……本気で……私を……?)

胸の内が熱くなる。

拒絶してきたはずの“人間”の言葉が、
なぜかこんなにも優しく、胸の奥深くに染みていく。

フェリルはついに呟いた。

「……この者……嘘はついていない」

頬をかすかに染め、瞳をゆらめかせる。

その様子に、周囲のダークエルフたちも唖然とした。

レイズはなおも畳みかけるように言葉を放つ。

「フェリル!
 君は強く、誇り高く、美しく、そして――
 この世界で一番“純粋”な存在だ!!」

広場の空気は完全に意味不明な方向へ転がっていた。

ダークエルフたち:「…………(混乱と赤面)」
リアノとエルイ:「…………(意味不明すぎる)」
フェリル:「…………(嬉しくて目が潤む)」
レイズ:「…………(ただのファンの感動)」

――誰も、状況を正確に理解していなかった。

だがただ一つだけ言える。

フェリルの心は、レイズの言葉によって“深く揺れた”。

そして――
その揺れが、この先の物語に大きな意味をもたらすことを、
この時のレイズはまだ知らない。
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