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3 夢見の城
18 大地の慰み
しおりを挟む一体どれほどの魔物を切っただろうか。あたりはむせかえるような血の匂いに包まれている。
魔物の死体がうず高く積まれている横で、一行は休息をとっていた。
「この馬鹿野郎が……。それでも冒険者か? 魔物の状態異常も見破れないとはな」
疲労困憊のバルディスがラッドに悪態をつく。魔物襲撃の波が終わった時、彼は疲労からその場に座り込んだ。ラッドの登っている木を、魔物たちからひたすら守っていたのだ。
「まあまあ。なかなか得難い体験になったじゃないか。しかし、君たち本当に優秀だなあ」
ラッドは笑顔でバルディスの怒りを受け流す。へらへらと笑いながら、打ち込んだ矢を回収している。持ってきた矢はほとんど使い果たし、使えそうなものだけ魔物から引き抜いているのだ。
「私たちがいなければ、あなたは死んでいたわ。運が良かっただけよ」
カトリーナもまた、冷たい視線をラッドに向ける。
「運も実力のうちってね。君たちにはとても感謝しているよ」
飄々とラッドは答える。反省の色は見えない。バルディスは大きく舌打ちする。
「隊長。一旦退却しよう。俺も随分と体力を使っちまったし、焦って先を急ぐ必要はない」
話にならないラッドを無視し、バルディスはデュランに言う。デュランは戦斧を担ぎ、森の奥をじっと見つめている。
「隊長?」
よく見やれば、アダムも森の奥に体を向けている。そして全員が気がついた。森の奥から何かの気配が濃くなってきていることを。
「退却しても構わないが、ヤツが許してくれるかどうかはわからねえな」
森を割るような咆哮が響く。枝枝が揺れ、地面が震える。耳のいいラッドは思わず耳を塞いだ。
「な、なんだあ!?」
爆発するような足音が近づいてくる。遠くの大木がなぎ倒されていく。巨大な何かが、こちらへ近づいてくる。
「くるぞ。今度は本命だ」
デュランとアダムが武器を構える。こんなタイミングで、とカトリーナは青ざめた。魔力を半分以上使い切ったこの状態で、生き残れるのだろうか。
森の奥から現れたのは、見たこともないほどの巨大な魔物だった。
姿は間違いなく「王矛象」である。しかし、王矛象のサイズは大きいものでも5mである。だが、目の前の「王矛象」はゆうに8mを超えている。
「おいおい……。冗談じゃねえぞ」
バルディスがポツリと漏らした。王矛象の特徴である、鼻の横から突き出る牙の大きさは、人間の大人一人分もあるだろう。
3つある目は、デュランたちを完全にとらえている。
「逃げ……」
カトリーナがそう叫ぼうとした途端、王矛象は唸りを上げて突進してきた。
木々がまるで小枝のようにへし折られていく。巨体に見合わぬスピードで、王矛象はデュランたちとの距離を一瞬で詰めた。
驚きながらも左右に散開したデュランとアダム、もともと距離を置いていたカトリーナは回避できた。しかし、木の上のラッドとその近くにいたバルディスは完全に逃げ遅れてしまった。
「ひっ……」
ラッドが息を飲む。バルディスは一瞬ためらいながらも、大きく息を吸い込み盾を構える。練った魔力が身体中から吹き出し、”完全防御”が完成する。
「ぅうおおおおおお!!」
ラッドがいる大木の前に立ち、バルディスは王矛象の突進を全身で受け止める。鈍い音とともに、王矛象の突進が止まる。
彼は”豪壮のバルディス”。防御力は他の兵士と比べ抜きん出ており、「守備」に特化した魔力を展開すれば、あらゆる攻撃を弾くと評されている。
「守備」とは精神力である。折れぬ不屈の魂が、バルディスの体を支えている。彼は幾つもの任務に置いて、その身をもって仲間を守ってきた。
だが、いかに豪壮の戦士とはいえ、山のような質量の砲弾に真正面からぶつかればタダでは済まない。
「があっ……!」
王矛象はバルディスを突き上げ、ラッドの登る大木に叩きつけた。そのまま大木に突っ込み、バルディスごと大木は根元から粉砕される。
「バルディス!」
デュランが叫ぶ。バルディスは吹き飛ばれさ、岩肌に叩きつけられる。盾は粉砕され、バルディスは白目をむいて崩れ落ちる。
「カトリーナ! あいつを頼む!」
デュランは王矛象に向かって走り出した。王国屈指の重装兵を一撃で粉砕する魔物を前に、緊張感は限りなく高まっている。
一撃でも貰えば終わりだ。しかも、こちらの攻撃が通用するのかも怪しい。デュランにとって、かつてない戦いが幕を開けようとしていた。
だが、不思議と恐怖はない。きっと、この苦戦も乗り越えていけるだろう。
走り出したデュランの視界に、同様に駆けるアダムの姿がある限り。
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