毒蝕の剣

谷川裕也

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3 夢見の城

22 哀れな凶刃

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 王矛象の口から魔法が放たれる。
 放出用に変換された莫大な魔力は、王矛象という触媒を通して光球となる。その過程で、王矛象の魂が持つ属性に適合する。この世界の自然を構成する力の1つ、「大地」の力にアクセスし、王矛象の無色の魔力が変質する。
 「大地」の力により、光球は自然法則を全て無視し、空中に岩石を生成し始める。空間をこじ開け引き裂いて増殖する岩石に、空気濃度が変わり光が屈折し景色が歪む。
 全てが一瞬である。王矛象が変換した魔力は、この地の岩石およそ1トン分である。光球から触手を伸ばすように、生成された岩石がアダムたちを貫かんと枝状に拡散する。
 槍となった岩石が、光球から放たれ地面に突き刺さる。視界を覆うほどの量だ。まるで散弾銃のように、辺り一面を岩石が覆う。アダムは僅かな隙間を見つけ、岩石と岩石の間を縫うように疾走する。
 いわゆる「数打ちゃ当たる」魔法なのだろう。獣系の魔物は大地や植物と相性がいい。そのため、魔法もかの2種の力を借りる場合が多いのだが、大地の魔法も植物の魔法も総じて規模が大きく精度が低い。逆に火や水、雷といった力を借りる場合は、精度が高くなるが規模が小さい。故に、王矛象の放った魔法は、広域殲滅型の魔法なのだ。
 岩石の動きは真っ直ぐだ。軌道には規則性がある。視界に入る岩石の動きの規則性を読めば、避けることは難しくない。
 体をずらし、ひねり、跳び、剣で払う。アダムは確実に王矛象へと接近していた。
 王矛象はなおも光球に魔力を注ぎ続けている。あのでかい図体には人と比べれば無尽蔵とも言える魔力が詰まっているのかもしれない。魔力を変換している時は、人間も魔物も隙ができやすい。今は、攻撃のチャンスなのだ。

「アダム!」

 デュランの叫び声が響く。デュランは迫り来る岩石を避ける前に叩き落としながら進んでくる。アダムは振り返ることなく、王矛象へと接近する。
 王矛象が口を閉じる。魔法の行使をキャンセルしたのだ。迫るアダムに警戒し、回避行動をとろうとする。
 だが、アダムにとってはそれすら隙である。王矛象が横っとびしようと体勢を沈めると当時に、アダムは一気に加速した。
 一直線に王矛象へと向かう。途中、アダムの行く手を阻む岩石は、全て切り落としていく。狙いは足だ。アダムは剣を握る手に力を込め、新たに一歩を踏み出した。
 王矛象に避けるすべはない。己の防御力を信頼し、身構えること以外にできることはない。王矛象は覚悟を決め、アダムの一撃を受け止める。

「ーーーーー!!!」

 アダムの剣が、王矛象の左前足を断ち切った。木の幹ほどあるそれを切り落とすことはできなかったが、3分の2以上は切り離したため、王矛象はもう右前足を使うことはできないはずだ。
 王矛象はあまりの痛みに姿勢を崩し、地面に倒れる。その瞬間、王矛象の足から鮮血が吹き出る。アダムは剣を振るった勢いのまま、王矛象を通過し距離をとった。
 致命的な攻撃だ。これで戦局は大きく動く。足を1本失った王矛象の攻撃力は、通常の半分以上落ちるだろう。

 だが、忘れてはならない。もう1つの刃が唸り蒼天に光を放っていることを。

 デュランの戦斧が歓喜の声を上げる。己の役目に没頭し、力を解放する喜びを爆発させる。
 柄が折れそうなほど力を込め、デュランは王矛象へと駆ける。彼を阻んでいた魔法はすでに散った。100%の意思を、全て殺意にのせる。

「ーーお」

 アダムに気を取られていた王矛象は、デュランの攻撃に対して完全に無防備になる。これ以上ないチャンスだ。大きく息を吸い込み、酸素を血液を一気に流し込む。

「おおおおおおおお!!」

 王矛象が、デュランの攻撃射程圏に入る。そこで、この哀れな魔物は必死の凶刃に気がつく。だが、もう遅い。デュランの戦斧は、すでに王矛象の眼前に迫っていた。

 
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