毒蝕の剣

谷川裕也

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3 夢見の城

35 大輪の花

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「は……?」

 その場にいた全員が凍りついた。

「殺した、と言った」

 兵士たちも、タルタロスも、デュランも皆唖然と口を開けたまま、固まった。

「夜に後をつけられ、腹が減っていたから殺した。それだけだが」

 数秒後、笑みも忘れ剣を抜いたタルタロスと、危険を感じ取りアダムに掴みかかった兵士たちの動きは同時だった。
 タルタロスが何か叫ぶ。兵士たちはアダムの動きを封じようと殺到する。その一瞬、アダムは地を蹴り、空中で剣を抜く。

「あ」

 呆気にとられたタルタロスの目の前に、アダムが降り立つ。短く風を切る音が響き、タルタロスは脳天から真っ二つに切り落とされた。

「……!」

 何が起きたかもわからず、タルタロスはべちゃりと切り捨てられる。その鮮血が兵士たちを濡らした時、場が再び動き出した。

「ひいいいい!!」

 兵士たちの反応は2種類だった。恐怖のあまり我を忘れ逃げ出すもの、任務を忘れアダムに剣を振るうもの。どちらとも、望んだ結果を得ることはなかった。
 3人の兵士がが一瞬で切り捨てられる。1人は胸から腹まで袈裟懸けに内臓ごと切り裂かれ、その隣の兵士は返す刀で喉を真一文字に斬られる。その鮮血を浴びる間もなく、3人目が額に剣を突き立てられる。
 アダムの剣は僅かに光り、貫かれた兵士が白目を剥く。兵士たちの顔から血の気がひいた。
 動けない兵士に構わず、アダムは真っ二つになったタルタロスの片方の頭部に剣を突き立てる。再び剣は鈍く光り、タルタロスの脳が縮む。兵士たちは確かに見た。剣が、脳を喰ったのだ。

「……!」

 デュランも同様に見た。アダムがタルタロスを殺し、一瞬で3人の兵士を殺すところも。だが、彼は信じられなかった。アダムの瞳には、暗い憎しみや悪意はない。自分と同様に、ひたすら剣を振り続けた男の澄んだ目のみが映っていた。唯一わかるのは、この兵士が束になっても、彼には敵わないということだ。
 デュランの拘束が解ける。兵士たちが恐慌状態に陥った。指揮官を失い、方向性が散ったのだ。
 今なら行動できる。デュランが足を動かそうとしたその時、彼の意識は白熱し落ちた。パタンと扉を閉じるように、デュランは意識を失い崩れ落ちた。兵士たちの混乱に乗じ、何者かがデュランを担ぎ、人混みへと消える。王国内へ逃げていく兵士は、恐怖に塗り潰され気づかない。
 だが、ラッドだけが見ていた。ほんの一瞬だが、デュランが連れて行かれるところを。

「(大男がさらわれたぜ。連れて行った奴は、ただもんじゃねえ)」

 もう1人のラッドが語りかける。

「(どうする? アダムは人殺し。デュランは囚われの姫様。カトリーナはポンコツときた)」

 ラッドは答えない。ただ、拳に力を込める。

「(俺よ。どうするんだ? お前は何を望む)」

「俺の望みは1つだけだ。俺のやりたいようにやる、それだけだ!」

 兵士たちは散っている。拘束も解けた。体は動く。ならばやることは1つ。

「デュランを追う。そして、この任務の真実を追う」

 体を動かして初めて気づく。まるで水の中にいるように手足が重たい。だが、かまってなどいられない。デュランが消えた方向に走る。



 耳を打つのは、兵士たちの悲鳴と怒号だった。
 カトリーナは、アダムに切り倒された兵士の鮮血を浴び、我を失っていた。顔中が血に塗れ、何も感じることができなかった。
 彼女の体力は限界だったし、新しい情報を入れる隙間はもう残っていなかった。
 カトリーナはゆっくりと目を閉じ、そのまま意識を失った。
 そして、彼女は何者かによって、静かに連れ去られたのだ。
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