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3 夢見の城
40 砂上の楼閣
しおりを挟むデュランは突然の明かりに意識を取り戻した。
眩い光が彼を照らしている。開けようとした目が眩み、視界が白く染まる。手で光を遮ろうとするが、両手が動かない。両足も全く動かすことができない。
そして、デュランは己の両手両足が縛り付けられていることに気がついた。手首と足首が、彼の座る椅子にくくりつけられ、どんなに力を入れてもびくともしない。
「おや、目覚めたか」
何処かから声がする。ようやく慣れてきた目で辺りを見回す。白い天井、巨大なガラス張りの壁、キャスター付きのテーブル……ここは、少なくとも自宅ではない。
「ここは……」
状況の飲み込めぬ頭で声を出す。それをきっかけに、怪我のこと、アダムのことを思い出す。カッと意識が覚醒し、デュランは手足を動かそうと暴れ出した。
「おっと、大人しくしてくれないか。どうせ動けないのだし」
「てめえ、誰だ! この拘束を解きやがれ!」
どなるデュランの目の前に現れたのは、魔法師団の研究室長ギベルトだった。
「ギベルト……? お前、何のつもりだ」
「ふむ。君が大怪我したと聞いてね。この通り治療を試みているのだ」
ギベルトの手には注射器が握られている。さらに、彼の側のテーブルには、様々な器具が準備されている。
メスのような刃物、ピンセット、様々な液体が入った瓶……デュランは確信する。これは治療などではない。
「君が例の魔物から受けた傷……非常に興味深い。見たまえ」
ギベルトがキャスター付きの巨大な鏡をデュランの目の前に持ってくる。そこには傷だらけ、泥だらけの己と、腹部に残る大きな傷が写し出されていた。
「……!」
デュランは腹部の傷を見て、息を飲んだ。傷口が緑に変色し、ピクピクと脈打っている。
「な? すごいだろう? あ、毒じゃあないぞ。今、気分はどうだ? 清々しい気分だろう。ま、こんな傷口を見てそうはいかないかもしれないが」
確かに、体が軽くなっている。気分も悪くない。妙な高揚感があり、腹部の痛みも感じていない。
「お前はあの触手に噛まれたそうだな。鎧がなかったら、内臓ごと食いちぎられていたぞ」
デュランの背中に寒気が走る。確かにあの王矛象の触手は、鎧を噛み砕きデュランに瀕死の重傷を負わせた。明らかにただの傷ではない。傷口が生きているように、蠢いているのだ。
「心配するな。あの王矛象のようにはならん。ほっとけばどうなるかはわからんがな」
「おい……なんでお前があの触手のことを知っているんだ!?」
ギベルトはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「知っているも何も、あれは私が作った魔物だ。どうだ? なかなか手強かっただろう?」
驚愕にデュランの顔が固まる。あの触手は、人によって生み出されたものだった。
「じゃあ……!」
「そうだ。あの王矛象は実験台さ。ただ、僅かに自我が残ってしまってね。暴れ回っていたみたいだが」
あの王矛象の暴走は、触手の意思ではなく、王矛象の苦しみだったのだ。
「待て……狩人の宿場、あの村も触手に侵されていた! まさか、」
ギベルトははっきりと答えず、含み笑いをするだけだった。デュランは脳が沸騰するほどの怒りに駆られる。
「あの村の人間に取り付いた魔物も、そいつらが殺したバルディスも! みんなお前が仕組んだのか!」
縛り付けられた手足でもがきながら、デュランが怒鳴る。ギベルトは我慢できずに腹を抱えて笑い出した。
「そう、そうだよデュラン君! 君たちには申し訳ないことをしたねえ! あれはいわゆる実験だったんだよ。もちろん、この王国の未来を豊かにする実験だ」
デュランは、目の前の景色がガラガラと崩れ落ちていく錯覚に見舞われた。ギベルトの笑い声と、自分の整わない呼吸の音だけが聞こえる。
「ところで、あの村長に寄生していた魔物だが、知性があっただろう? 我々では、知性を持つ魂は生み出すことは、まだ不可能だ。だから、ちょっとそこらから借りてくることにしたんだ」
自分は何のために命をかけたのか。バルディスは何のために死んだのか。ラッドは、カトリーナは、アダムは何のために戦ったのか。
「この研究も随分時間がかかっていてね。多方面から結果と実益を得ようとしているのだが、研究がスタートしてやがて20年になる。あの魔物を生み出す構想ができてから、という意味だが」
それ以上言うな、という言葉が、デュランの口から出てこない。お前たちがクズで、さっさと殺されるべきなのは分かった、だから黙れ、というデュランの思いは、興奮しているギベルトに届かない。
「聞けよ。あの触手の中で、一体だけ成功したんだ。人間の意思の移植が、ね」
やめてくれ、とデュランの思いは懇願に変わる。それ以上は聞きたくない。
「お前の親父だよ、デュラン。あの触手そのものが、かつて死んだお前の父親さ!」
ガラガラ、ガラガラと崩れ落ちる。自分の中の何かが、これまで守ってきた何かが、音を立てて割れていく。
ギベルトは笑っている。デュランは、怒りでもない、悲しみでもない、どす黒く純粋な感情を知った。
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