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3 夢見の城
53 報復の回天
しおりを挟むアルウィンは動けずにいた。2、3本の回復薬では、酷使した肉体を無理やり動かすには足りないのだ。さらに回復薬を使用しようとしたアルウィンを、部下たちが止める。
「短期間でこれ以上の服用は危険です!」
「馬鹿者! 離さんか……!」
部下たちの手を振り解く力もなく、アルウィンは羽交い締めにされる。回復薬の過剰摂取は、かえって肉体を傷つけてしまう。いわば、回復薬は麻薬なのだ。適量を守れば緊急時の燃料となるが、使い過ぎれば廃人となる。
だが、アルウィンは己がどうなろうと構わなかった。ここでアダムを止めなければ、恐るべき事態となる。何を犠牲にしてでも、アダムを殺さねばならない、とアルウィンの勘が強く警告している。
「はな、せぇ! 奴を止めねば、王国が……!」
部下たちとしては、アルウィンをここで失うわけにはいかなかった。都合の良いことに、アダムの前にはAランク冒険者が現れ、デュランはウィルガードが相手をしている。王国の最高戦力と呼ばれる者たちがすぐに場を収めてくれるであろう、と部下たちは考えたのだ。
アルウィンは違う。アダムと剣を合わせたからわかる。あの底知れない実力を、剣技を、魔剣を、闇をアルウィンは知った。味方でないのならば、今すぐにでも斬り捨てるべきなのだ。
「ーーぐぶ」
喉の奥から何かが吹き出した。口の中に鉄の味が広がり、唇を割って溢れる。
咄嗟に口を手で押さえる。その時、心臓がどくんと大きく鼓動し、再びナニカが胸から迫り上がった。
ごぼ、と音がする。己の口から出た音なのに、まるで他人事のように響いた。
地面に真っ赤な花が咲く。アルウィンは思う。赤は嫌いなのに、1番大事な時にはいつも赤だ。鮮やかな赤だから嫌だ。鮮やかだから。
アルウィンの体から何かが抜けていく。膝が折れ、自ら産んだ血の花に沈む。最後に見たのは、部下たちの青ざめた顔だった。
なんて顔だ、情けない、と言おうとしたが、声が出なかった。視界が霞み、意識が霞む。ふと蘇った弟のあどけない顔を思い出し、アルウィンは意識を手放した。
”手品師”ジャレッドは剣を投げる。もう30本以上は投げたであろうか。アダムが剣を打ち払う度にどこからともなく剣を取り出し、再び投擲する。
いかに大量の飛び道具であろうが、一度に放たれるのは2本までである。もちろん、剣という本来投げる用途のない武器でなければ、大量に投擲することは可能だ。だからこそ、アダムは最小限の動きで飛来する剣を払っていた。
ジャレッドはにやけた表情を変えず、攻撃を止める。ジャグリングしていた剣は、ジャレッドの手に収まると次々に消えていった。
「どうだ? 楽しんでいただけたかな?」
ビシッとジャレッドはポーズを決める。同時に背後から紙吹雪が舞った。
「くだらん芸は他所でやれ」
ほう、とジャレッドが嘆息する。アダムはジャレッドを避けるように歩き出す。
「まだショーは始まったばかりだぜ!」
ジャレッドが両手を合わせ、大きく開くと、1mほどのステッキが現れた。そのステッキを回転させながら、ジャレッドはアダムに突っ込んできた。
「きえええええ!!」
ステッキを振りかぶり、ジャレッドはアダムに攻撃する。だが、その一撃は大ぶりな上、スキだらけである。
アダムは一歩踏み込み、黒剣でジャレッドを斬り裂いた。ジャレッドは胴体を真っ二つに斬られ、血を吹き出しながらアダムの後方へ転がった。
呆気ない。そう、呆気なさすぎる。アダムの脳裏にその言葉がよぎった。さっき殺したAランク冒険者の男は、強敵ではなかったものの一癖ある攻撃を繰り出してきた。
”手品師”とはどういう意味か。曲がりなりにもAランク冒険者が、わずか一太刀で斬り捨てられようか。いや、違う。
アダムは振り返った。脳裏に過ぎる嫌な予感に突き動かされ、背後を確認すると同時に防御の姿勢をとった。
「ひゃああ!」
潜血が飛び散る。アダムの腕に大振りのナイフが突き刺されていた。鎧を貫通しており、尋常な切れ味でないことがわかる。
「おお? 身を守ったか?」
不思議そうに呟くジャレッドは、傷1つついていない。
「確かに、斬ったはずだが」
「ふふふ。これが手品だぜ」
いつの間にか、ジャレッドの手にはアダムを刺したナイフがあった。アダムが己の腕を見ると、先ほどまで刺さっていたナイフがない。
「相手の心理の裏をかき、奇妙奇天烈の技で翻弄する。これ、手品師の本懐ね」
ナイフが2本になっている。ジャレッドはそれらを手元でくるくると回しながら、アダムにじりじりと近づいていく。
アダムは腕の傷が修復するの確認すると、剣を地面に突き立てた。
「お?」
不可解な行動にジャレッドが歩みを止める。
「剣を使わないというのか?」
「そうだ。お前程度にはもったいない」
ニヤリとジャレッドが笑った。こいつは思考の迷路に迷い込んでいる、とジャレッドは確信する。
奇策には奇策を、と考える者は多い。心理的に優位に立とうとするあまり、足元が見えなくなりその場しのぎの一発芸に走るのだ。
答えの出ない問いに心を乱し、自ら墓穴を掘っていくのを見るのはこれ以上ない愉しみだ。ジャレッドはアダムに引導を渡さんと跳びかかった。
「ぎゃっ!」
しかし、ジャレッドを待っていたのはアダムの右拳だった。
なんてことはない。斬撃が効かないと判断したアダムは、攻撃を殴打に切り替えたのだ。
とはいえ、予備動作なしで放たれたアダムの右ストレートは、油断していたジャレッドの顔面へまともに打ち込まれた。その拳速に、ジャレッドは何が起こったのか理解できないでいた。
顔面が陥没し、数本の歯が飛び散る。ジャレッドの眼底は砕け、鼻もあらぬ方向へと曲がっている。
「ぷう……」
ジャレッドは白目を向き、昏倒した。ピクピクと痙攣しながら、地面にひっくり返っている。
アダムは気絶したジャレッドを見下ろし、殺すか否か考えた。しかし、ジャレッドには敵意がないことを考え、アダムは殺すことは止めた。
殺されるから、殺す。それで、ちょうど腹は満たされる。
アダムが顔を上げた先では、滝のような魔力が渦巻いていた。
「湧き出でよ……”瀑布剣”イグアス」
ウィルガードが解号を唱える。瀑布剣から魔力の奔流が生まれる。
その圧力に反応し、デュランの動きが止まった。
「決着をつける……。”月昇浄”」
瀑布剣が輝く。サファイアの閃光がデュランを貫き、ウィルガードが駆ける。
デュランは動くことができない。一直線に向かってくるウィルガードを見据え、ただ立ち尽くしていた。生き物を殺すには十分すぎるほどの魔力が込められた剣を前に、デュランはただ、自分の呼吸の音を聞いていた。
死ぬ。自我がほとんど薄れてしまったデュランでも、死の匂いは感じ取れた。あの王矛象すら消し飛ばすほどの威力だ。受けようが避けようが、その魔力に吹き飛ばされてしまう。
怨念が巣食うデュランの体内で、混沌のごとく渦巻いていた思念が纏まりつつあるのを感じた。
瀑布剣が振るわれる。滝壺のような巨大質量の一撃に、デュランは膝下のみを残して消し飛んだ。
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