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第2章 影の兆し
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谷に秋の風が吹き始めた。朝の空気は澄んでいて、吐く息は白く揺れる。木々の葉はほんのり色づき、甲羅谷を紅や黄で彩っていた。季節は穏やかに移ろい、村人たちの暮らしにも小さな笑顔が戻っていた。
しかし、ポンとミクの心には、まだ澄みきらぬ靄がかかっていた。夜の尾根に揺らめいた黒い影の記憶が、瞼の裏に焼きついて離れない。
「兄ちゃん……あれ、やっぱり見間違いじゃないよな」
川辺で甲羅を磨きながら、ミクがぽつりとつぶやいた。
ポンは手を止めることなく、静かに答える。
「影は確かにあった。だが、今はまだ正体がわからん。騒ぎ立てるわけにはいかない」
言葉は冷静だったが、ポンの胸奥でも黒い予感が膨らみ続けていた。
そのとき、甲羅磨きの小屋に小さな足音が近づいてきた。
「兄さん、ミク……」
クララだった。手には温かな汁物の入った器を抱え、少し困ったような顔をしている。
「また夜更かししてたでしょう? 顔が疲れてるよ」
心配そうに覗き込むクララに、ミクは慌てて笑顔を作った。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけ」
「ほんと?」
クララはじっとミクの目を見つめる。嘘を見抜こうとするかのように。
ポンはそんなクララをなだめるように肩に手を置いた。
「心配をかけてすまないな。……でも大丈夫だ。俺たちがいる。」
その言葉にクララは小さく頷いたが、表情から不安は消えなかった。
その夜、風が谷を吹き抜け、木々をざわめかせた。窓の外を見やれば、月明かりの下で影が揺れている。まるで尾のように伸び縮みし、地面に黒い模様を描きながら走る。
「兄ちゃん……やっぱり何かいる」
ミクの声は震えていた。
ポンは剣を握る手に力を込め、闇を睨んだ。だが、影は一瞬にして消え、跡には何も残されていない。
翌朝、村に不穏な知らせが届いた。隣の谷で、家畜が忽然と姿を消したという。足跡もなく、ただ黒い毛が残されていた、と。
村人たちは口々に「闇が近づいている」と囁き、古老の言葉を思い出して怯えた。
クララは兄たちの帰りを待ち、声を震わせながら言った。
「ねえ……また戦いになるの? もう、いやだよ……」
ポンは膝を折り、クララの目を真っ直ぐに見つめた。
「心配するな。俺たちがいる限り、二度とお前を悲しませはしない。」
その強い眼差しに、クララは少し安心したように頷いたが、胸の奥に巣食う不安は消えなかった。
夜が深まるほど、闇の中のざわめきは大きくなっていった。風に乗って低いうなり声が届く。まるで遠くで尾を振るう音のように。
兄弟は互いに視線を交わした。
「黒尾――」
その名を口にした瞬間、谷の空気がひやりと冷たくなった。
しかし、ポンとミクの心には、まだ澄みきらぬ靄がかかっていた。夜の尾根に揺らめいた黒い影の記憶が、瞼の裏に焼きついて離れない。
「兄ちゃん……あれ、やっぱり見間違いじゃないよな」
川辺で甲羅を磨きながら、ミクがぽつりとつぶやいた。
ポンは手を止めることなく、静かに答える。
「影は確かにあった。だが、今はまだ正体がわからん。騒ぎ立てるわけにはいかない」
言葉は冷静だったが、ポンの胸奥でも黒い予感が膨らみ続けていた。
そのとき、甲羅磨きの小屋に小さな足音が近づいてきた。
「兄さん、ミク……」
クララだった。手には温かな汁物の入った器を抱え、少し困ったような顔をしている。
「また夜更かししてたでしょう? 顔が疲れてるよ」
心配そうに覗き込むクララに、ミクは慌てて笑顔を作った。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてただけ」
「ほんと?」
クララはじっとミクの目を見つめる。嘘を見抜こうとするかのように。
ポンはそんなクララをなだめるように肩に手を置いた。
「心配をかけてすまないな。……でも大丈夫だ。俺たちがいる。」
その言葉にクララは小さく頷いたが、表情から不安は消えなかった。
その夜、風が谷を吹き抜け、木々をざわめかせた。窓の外を見やれば、月明かりの下で影が揺れている。まるで尾のように伸び縮みし、地面に黒い模様を描きながら走る。
「兄ちゃん……やっぱり何かいる」
ミクの声は震えていた。
ポンは剣を握る手に力を込め、闇を睨んだ。だが、影は一瞬にして消え、跡には何も残されていない。
翌朝、村に不穏な知らせが届いた。隣の谷で、家畜が忽然と姿を消したという。足跡もなく、ただ黒い毛が残されていた、と。
村人たちは口々に「闇が近づいている」と囁き、古老の言葉を思い出して怯えた。
クララは兄たちの帰りを待ち、声を震わせながら言った。
「ねえ……また戦いになるの? もう、いやだよ……」
ポンは膝を折り、クララの目を真っ直ぐに見つめた。
「心配するな。俺たちがいる限り、二度とお前を悲しませはしない。」
その強い眼差しに、クララは少し安心したように頷いたが、胸の奥に巣食う不安は消えなかった。
夜が深まるほど、闇の中のざわめきは大きくなっていった。風に乗って低いうなり声が届く。まるで遠くで尾を振るう音のように。
兄弟は互いに視線を交わした。
「黒尾――」
その名を口にした瞬間、谷の空気がひやりと冷たくなった。
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