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第6章 決意の夜
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九つの尾が月明かりに揺れたあの瞬間から、谷の空気は変わってしまった。黒尾の影が森の奥へと溶けて消えていった後も、耳鳴りのような静寂が残り、兄弟もクララも動くことができなかった。
ポンは甲羅刀を強く握りしめたまま、固く歯を食いしばる。あの圧倒的な存在感。刃を抜くことすらできなかった己を思い知り、悔しさに拳が震えた。
「……あれが黒尾。父さんが命を懸けて斬り伏せた闇の長……」
その言葉に、ミクは深く頷く。しかし頷いた首は、恐怖にわずかに揺れていた。夢で聞いたあの声が、今も耳から離れない。
『ゲンザブロウの血を継ぐ者よ』
その囁きが、体の芯まで凍らせていた。
クララは二人の背にしがみつき、泣き声を抑えながら震えていた。
「やめて……もう戦わないで……あんなものに立ち向かったら、兄さんたちまでいなくなっちゃう……」
その必死の言葉は、幼い妹の願いというより、谷に暮らす小さな命たち全ての叫びに聞こえた。
ポンは振り返り、クララの肩に手を置いた。
「クララ……俺たちも、怖い。だけど、戦わなければお前も、この谷も飲み込まれる。父さんがそうしたように、今度は俺たちが立たなきゃならないんだ」
クララの大きな瞳が涙に濡れる。彼女は唇を噛み、声を詰まらせたまま頷くしかなかった。
その夜、兄弟は古い納屋に足を運んだ。父ゲンザブロウが使っていた道具や武具が埃に埋もれて残されている。木箱を開けると、古びた布に包まれた短刀と、磨きかけの甲羅盾が出てきた。
「父さんの……」
ミクは震える手で布をほどき、短刀を持ち上げた。刃は鈍っていたが、握った瞬間に父の面影が脳裏に蘇る。
「俺たちはまだ未熟だ。だけど……父さんの血が流れている」
ポンは甲羅刀を抜き、庭に出た。夜風が冷たく、草木のざわめきが耳に響く。
「ミク。構えろ」
二人は月下で向かい合い、刃を交えた。鋼が擦れる音が闇を裂き、互いの息遣いが荒くなる。
「速さはお前が勝る。だが、重さと持久は俺が支える。俺たちは一人じゃ足りない。二人で一つだ」
ポンの言葉に、ミクは甲羅刀を受け止めながら叫んだ。
「だったら負けられない! 父さんが命を懸けて守ったものを、俺たちが捨てるわけにはいかない!」
夜更け、稽古を終えた二人は火を囲んだ。クララが心配そうに近寄り、布を差し出した。
「兄さんたち……傷、拭いて……」
小さな手で兄たちの手を包み込む妹の温もりに、二人の胸は熱く締めつけられた。
ポンは火を見つめながら、静かに言った。
「黒尾は必ず来る。逃げても追ってくる。……なら、迎え撃つしかない」
ミクも力強く頷き、拳を握った。
「必ず生き延びる。二人で。……そして守るんだ、クララと、この谷を」
クララは涙を拭い、小さな声で答えた。
「……待ってる。どんなに怖くても、兄さんたちを信じて……待つから」
その言葉は幼いながらも確かな誓いだった。兄弟は互いの瞳を見交わし、強く頷き合う。
その時、空を仰ぐと、月が雲に隠れかけていた。雲の隙間に、九つの尾の影が一瞬だけ映し出される。まるで黒尾が遠くから見下ろしているかのように。
三人の心に、決して逃れられぬ運命の影が深く刻まれた夜だった。
ポンは甲羅刀を強く握りしめたまま、固く歯を食いしばる。あの圧倒的な存在感。刃を抜くことすらできなかった己を思い知り、悔しさに拳が震えた。
「……あれが黒尾。父さんが命を懸けて斬り伏せた闇の長……」
その言葉に、ミクは深く頷く。しかし頷いた首は、恐怖にわずかに揺れていた。夢で聞いたあの声が、今も耳から離れない。
『ゲンザブロウの血を継ぐ者よ』
その囁きが、体の芯まで凍らせていた。
クララは二人の背にしがみつき、泣き声を抑えながら震えていた。
「やめて……もう戦わないで……あんなものに立ち向かったら、兄さんたちまでいなくなっちゃう……」
その必死の言葉は、幼い妹の願いというより、谷に暮らす小さな命たち全ての叫びに聞こえた。
ポンは振り返り、クララの肩に手を置いた。
「クララ……俺たちも、怖い。だけど、戦わなければお前も、この谷も飲み込まれる。父さんがそうしたように、今度は俺たちが立たなきゃならないんだ」
クララの大きな瞳が涙に濡れる。彼女は唇を噛み、声を詰まらせたまま頷くしかなかった。
その夜、兄弟は古い納屋に足を運んだ。父ゲンザブロウが使っていた道具や武具が埃に埋もれて残されている。木箱を開けると、古びた布に包まれた短刀と、磨きかけの甲羅盾が出てきた。
「父さんの……」
ミクは震える手で布をほどき、短刀を持ち上げた。刃は鈍っていたが、握った瞬間に父の面影が脳裏に蘇る。
「俺たちはまだ未熟だ。だけど……父さんの血が流れている」
ポンは甲羅刀を抜き、庭に出た。夜風が冷たく、草木のざわめきが耳に響く。
「ミク。構えろ」
二人は月下で向かい合い、刃を交えた。鋼が擦れる音が闇を裂き、互いの息遣いが荒くなる。
「速さはお前が勝る。だが、重さと持久は俺が支える。俺たちは一人じゃ足りない。二人で一つだ」
ポンの言葉に、ミクは甲羅刀を受け止めながら叫んだ。
「だったら負けられない! 父さんが命を懸けて守ったものを、俺たちが捨てるわけにはいかない!」
夜更け、稽古を終えた二人は火を囲んだ。クララが心配そうに近寄り、布を差し出した。
「兄さんたち……傷、拭いて……」
小さな手で兄たちの手を包み込む妹の温もりに、二人の胸は熱く締めつけられた。
ポンは火を見つめながら、静かに言った。
「黒尾は必ず来る。逃げても追ってくる。……なら、迎え撃つしかない」
ミクも力強く頷き、拳を握った。
「必ず生き延びる。二人で。……そして守るんだ、クララと、この谷を」
クララは涙を拭い、小さな声で答えた。
「……待ってる。どんなに怖くても、兄さんたちを信じて……待つから」
その言葉は幼いながらも確かな誓いだった。兄弟は互いの瞳を見交わし、強く頷き合う。
その時、空を仰ぐと、月が雲に隠れかけていた。雲の隙間に、九つの尾の影が一瞬だけ映し出される。まるで黒尾が遠くから見下ろしているかのように。
三人の心に、決して逃れられぬ運命の影が深く刻まれた夜だった。
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