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第7章 影に蝕まれる谷
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黒尾が姿を現してから幾夜も経たぬうちに、甲羅谷の空気は一変した。
かつては陽に照らされ清らかであった水流が、どこか濁りを帯び始め、木々の葉は風に揺れながらも光沢を失っていく。谷全体に、目には見えぬ薄い靄がかかっているようで、呼吸をすれば胸の奥がざらつく感覚に襲われた。
村の亀たちはその異変に怯えていた。
子どもを背に乗せた母亀は「今日は川に近づいてはダメ」と声を震わせ、老亀は「かつて闇の一族が放った瘴気に似ておる」と呟いて甲羅を縮めた。静かなはずの谷がざわつき、噂と不安が連鎖して広がっていく。
ポンとミクも、その変化を肌で感じていた。
「……これが黒尾の力か」
ポンが見上げた空は、昼であるのにどこか翳りを帯びていた。
「父さんが戦った闇の一族の残滓……。でも、これはあの時以上の力を持ってる気がする」
ミクの言葉に、兄は無言で頷いた。言葉にせずとも、二匹の心には同じ覚悟が芽生えつつあった。
一方で、クララは兄たちを見て、恐怖と不安を抑えきれなかった。
「兄さんたちばかり……どうして、また戦わなくちゃならないの」
夜、灯火の下で甲羅を磨く兄たちに向かい、クララは涙を浮かべて問いかけた。
「私たち家族はやっと穏やかな日々を取り戻したのに……。また命を懸けるなんて、嫌だよ」
その声には、妹としての本心と、失うことへの強い恐れがにじんでいた。
ポンは甲羅刀を置き、クララの前に膝をついた。
「クララ。俺たちも、本当は戦いたくなんてない。でも……守らなきゃならないものがある」
「守るために、戦うしかないんだ」
ミクも隣で静かに言葉を重ねた。その瞳には、かつて家族を失った日の影が宿っている。
クララは唇を噛みしめ、俯いたまま震える声で「……守るために」と繰り返した。兄たちの決意を理解しながらも、その運命を受け入れることが怖かった。
そんな夜が続いたある日、谷の外れで異変が起こった。
川辺の大岩が、黒く染み込むように崩れ落ち、そこから濃密な影が溢れ出したのだ。
村の亀たちが悲鳴を上げる中、その中心に黒尾が姿を現した。九つの尾が揺らめき、尾の一本一本がまるで生き物のように周囲の闇を吸い上げていた。
「……谷は、すでに我が影の一部。抗おうとする者は、すべて呑み込む」
その声は風のように低く響き渡り、亀たちの甲羅の奥まで震わせた。
ポンとミクは即座に駆け出そうとしたが、黒尾の鋭い眼光が二匹を射抜く。
「焦るな。我は逃さぬ。影は広がり、いずれ貴様らの足元も崩れる」
その言葉を残すと、黒尾の姿は再び闇へと溶けて消えた。
残されたのは、凍り付くような恐怖と、谷全体に広がる絶望の気配だけだった。
沈黙の中で、クララが兄たちに駆け寄った。
「お願い……負けないで。私、何もできないけど……ここで待ってるから」
小さな声で、しかし確かな覚悟を込めて告げる。
ポンとミクは互いに目を合わせ、強く頷いた。
戦いを避けることはもうできない。黒尾の脅威は、谷も、仲間も、家族も、すべてを呑み込もうとしている。
彼らに残された道はただ一つ――闇を断ち切ること。
夜空には薄雲が広がり、月明かりさえ霞んでいた。
だが兄弟の心には、確かに燃える光が芽生えていた。
決戦は近い。影に覆われた谷の運命を賭け、彼らは進むしかないのだ。
かつては陽に照らされ清らかであった水流が、どこか濁りを帯び始め、木々の葉は風に揺れながらも光沢を失っていく。谷全体に、目には見えぬ薄い靄がかかっているようで、呼吸をすれば胸の奥がざらつく感覚に襲われた。
村の亀たちはその異変に怯えていた。
子どもを背に乗せた母亀は「今日は川に近づいてはダメ」と声を震わせ、老亀は「かつて闇の一族が放った瘴気に似ておる」と呟いて甲羅を縮めた。静かなはずの谷がざわつき、噂と不安が連鎖して広がっていく。
ポンとミクも、その変化を肌で感じていた。
「……これが黒尾の力か」
ポンが見上げた空は、昼であるのにどこか翳りを帯びていた。
「父さんが戦った闇の一族の残滓……。でも、これはあの時以上の力を持ってる気がする」
ミクの言葉に、兄は無言で頷いた。言葉にせずとも、二匹の心には同じ覚悟が芽生えつつあった。
一方で、クララは兄たちを見て、恐怖と不安を抑えきれなかった。
「兄さんたちばかり……どうして、また戦わなくちゃならないの」
夜、灯火の下で甲羅を磨く兄たちに向かい、クララは涙を浮かべて問いかけた。
「私たち家族はやっと穏やかな日々を取り戻したのに……。また命を懸けるなんて、嫌だよ」
その声には、妹としての本心と、失うことへの強い恐れがにじんでいた。
ポンは甲羅刀を置き、クララの前に膝をついた。
「クララ。俺たちも、本当は戦いたくなんてない。でも……守らなきゃならないものがある」
「守るために、戦うしかないんだ」
ミクも隣で静かに言葉を重ねた。その瞳には、かつて家族を失った日の影が宿っている。
クララは唇を噛みしめ、俯いたまま震える声で「……守るために」と繰り返した。兄たちの決意を理解しながらも、その運命を受け入れることが怖かった。
そんな夜が続いたある日、谷の外れで異変が起こった。
川辺の大岩が、黒く染み込むように崩れ落ち、そこから濃密な影が溢れ出したのだ。
村の亀たちが悲鳴を上げる中、その中心に黒尾が姿を現した。九つの尾が揺らめき、尾の一本一本がまるで生き物のように周囲の闇を吸い上げていた。
「……谷は、すでに我が影の一部。抗おうとする者は、すべて呑み込む」
その声は風のように低く響き渡り、亀たちの甲羅の奥まで震わせた。
ポンとミクは即座に駆け出そうとしたが、黒尾の鋭い眼光が二匹を射抜く。
「焦るな。我は逃さぬ。影は広がり、いずれ貴様らの足元も崩れる」
その言葉を残すと、黒尾の姿は再び闇へと溶けて消えた。
残されたのは、凍り付くような恐怖と、谷全体に広がる絶望の気配だけだった。
沈黙の中で、クララが兄たちに駆け寄った。
「お願い……負けないで。私、何もできないけど……ここで待ってるから」
小さな声で、しかし確かな覚悟を込めて告げる。
ポンとミクは互いに目を合わせ、強く頷いた。
戦いを避けることはもうできない。黒尾の脅威は、谷も、仲間も、家族も、すべてを呑み込もうとしている。
彼らに残された道はただ一つ――闇を断ち切ること。
夜空には薄雲が広がり、月明かりさえ霞んでいた。
だが兄弟の心には、確かに燃える光が芽生えていた。
決戦は近い。影に覆われた谷の運命を賭け、彼らは進むしかないのだ。
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