待ち人は、いつも傍に‥

白樫 猫

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13話

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即答する橘の言葉に、朝陽の目に涙が滲み出る。

「おっ‥お前、人をからかうな!誰かに聞いたんだろ?俺が‥どんな気持ちで‥ビルを‥っ‥」

流れる涙を見せるのが悔しくて、朝陽はグイッと手で涙を拭った。
あの事は、誰にも触れられたくない、芋ずる式に湧き出てくる感情に引きずられる。

「すっ‥すみません、あの‥そんな泣かせるつもりじゃ‥えっと‥ごめんなさい」
「じゃあ、何のために来たんだよ!」

なにが面白くて人の傷を抉りにやってきたんだと、怒りが湧いてくる。

「‥俺も、始め意味が分かんなくて‥だって、俺‥犬語‥分かんないし‥ワンワンしか言わないから‥分かんなくて‥」

そりゃそうだ‥犬は幽霊でもワンワンだろうな‥妙に納得すると同時に涙が引っ込んだ。

「‥で?」
「だから、あのアパートに入居してから、ずっとワンワンうるさくって、仕方ないから、後を付いて行って‥だけど、俺も学校あるから、土日で時間がある時に付き合って‥。犬は、何かを探しているようなそぶりをしてたから、毎回、違う場所に行って、ウロウロして‥最終的に、ここに辿り着きました。‥3年間探し続けて、ようやくここの前で、ワンワンって嬉しそうにシッポ振って吠えるから、ここが目的地だと分かったんです。それで、さっき店に入ったら‥」
「ちょっ‥ちょっと待って‥途中から、意味が分かんない‥3年間?探したの‥?俺を?」
「‥はい!」
「えっと‥なんで?」

住んでいたアパートと、今のこのカフェは電車で2駅ほどだが、歩きで‥しかも方角さえ分からないのに3年も‥?普通じゃない。

「いや‥それが俺にも分からなかったんですけど‥」
「いや、バカなの?」
「あっ‥どうでしょう‥」
「いや、バカだよね?犬の幽霊にワンワンって吠えられて、3年間も土日潰して、何かを探すって‥どんだけお人好し?」
「‥えっと‥土日って言っても、無理な時も結構ありましたから‥ずっとって訳では‥」

説教されるとは全く思っていなかったのか、再びモジモジとしだす橘に、朝陽は大きく溜息を付いた。

「‥それで?」

信じてくれるのか、話を聞いてくれそうな朝陽に、橘がホッとしている。

「‥それで、ここに入ったら、井上さんの後ろの男性が‥ビル!!って‥」

その橘の言葉に、今度は本当に驚いた顔をして、朝陽が立ち上がった。
ガタンと椅子が倒れているのにも気づかず、朝陽の口から名前が呼ばれる。

「‥‥葵?」
「‥そうです。如月葵さん‥」

橘の言葉に、朝陽が視線を向けた。

「なに?‥なんのイタズラ?‥その名前‥お前が、なんで知ってる?‥オイッ!なんでお前がその名前を、呼んでんだよ!!」

橘との距離を詰めると、その胸倉を掴み上げた。

「あっ!‥井上さん‥待って!俺は‥ただ言われたことを言ってるだけで‥」

橘が慌てた様にそう答えると、フッと手を放しガクンッとその場にへたり込んだ。

「えっ?あっ‥井上さん?‥大丈夫ですか?」

両手で顔を覆い、泣いているのか肩が震えている。
橘は、しゃがみ込んで慌てて朝陽の背を支えると、今度は激しく嗚咽が聞こえてくる。

「‥っ‥‥うっ‥あお‥い‥‥お前‥死んだのか?」

傍で支えている橘が、くうを見つめていた。

「‥ごめん、朝陽‥俺を待っててくれたのに。だけど俺は、ずっと傍に居たよ‥」

橘の言葉に、朝陽が顔を上げた。

「‥なんだ?‥今の、慰めのつもりか?」

侮辱‥怒り‥悲しみ‥そんな顔がそこにあった。

「いっ‥いえ、そこに居る、葵さんが‥言ってます」
「お前!俺を馬鹿にしてんのか?ふざけるな!!」
「井上さん‥ごめんなさい。ちゃんと聞いて下さい。葵さんの言葉を、俺がちゃんと伝えますから‥」

両手で耳を塞ぎ、まったく聞こうとしない朝陽に、優しく諭すように話をする。

「俺たちは、小学校からの幼馴染で、大学まで一緒に進んだ。俺がお前を追いかけて行ったんだけど‥お互い好きだって事をバレない様に生きてきて‥あの日、俺は、お前を取られたくなくて、告白したら‥お前も俺の事が好きだって分かって‥俺があの時、どれほど嬉しかったか‥‥」
「待って!待って!ストップ!!それ以上、話すな!俺とあいつの思い出を、話さないでくれ!」

朝陽はそう言って、背中に置かれている橘の手を振り払い、立ち上がった。

「‥すみません‥立ち入った事を言ってしまって‥」

謝ってくる橘は、恥ずかしいのか頬が真っ赤に高揚していた。

「いっ‥いや‥ただ、単純に、これ以上晒されるのが、恥ずかしいだけだけど‥だから、お前がどうとかの話じゃないから‥もし、葵が‥傍に居るのなら‥俺は‥‥」
「あっ‥ビルが、ワンワンって怒ってます」

恐縮しながらそう言う橘に、朝陽はクスッと笑う。

「ごめん‥ビルもいたな‥」

その泣き笑いの顔を見て、橘の胸がキュッと痛みを発した。

「あっ‥ビル・エヴァンスのビルなんですね~ジャズの‥」

再び椅子に腰かけた朝陽に、橘は葵でしか知らない事を話し出す。

「そう、俺も葵もジャズが好きで‥ジャスを流せるカフェをやろうって‥」

再び涙が込み上げてきて、泣きそうになる朝陽は、グッとそれを堪えた顔をしていた。

「俺‥もしかしたら、葵が帰ってくるかもって‥そう思って、一生懸命さ‥お金貯めて、すぐにあいつが分かる様にAOIって名前にしてさ、ジャズも流して‥待ってたんだぞ?‥葵が帰ってくるの‥待ってたんだ‥」

今にも泣き崩れそうな朝陽の前で、再び橘がブツブツと一人事を言っている。

「‥嫌ですよ‥無理ですって‥俺には、そんな力ありませんよ‥」

コソコソと話す言葉に、朝陽が顔を上げた。

「‥何言ってんだ?」
「いっ‥いや‥何でもありません‥」

朝陽に向かってそう言うが、すぐに斜め上を見上げて口を開く。

「嫌です!そんな無茶な。出来ませんよ」

何やら橘はおそらく葵の幽霊と話をしている様だった。

「なっ‥なんて言ってるんだ?‥葵は」
「あっ‥いや‥その‥」

言い辛そうに口ごもる橘の視線が、ふいにテーブルの上に注がれ、グラッと身体が揺れたと思った瞬間、ビクンッと大きく身体を震わせた。

「オッ‥オイ!どうした?」

朝陽が立ち上がり橘の傍に行くと、肩を掴んだ。
すると、橘の手が伸び、グッと朝陽のその手に重ねられる。

「‥オイッ‥」

手を掴まれ離そうと力を入れるが、その時、橘が朝陽をジッと見つめる。

「‥たっ‥橘‥?」

口にした名に、どこか違和感を感じる‥どうして?頭の中の何かが、ある名を呼べと指示を出している。

「‥あっ‥葵‥?」

ニヤッと口角を上げ微笑む姿が、顔が全く違うのに葵に見えるのは、きっと自分だけだと朝陽は思った。

「‥朝陽‥」


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