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22話
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ーー・ーー ・ー・・・ ・ー
葵は気が付くと、見慣れた公園の鬱蒼とした木々の中に立っていた。
昨日から降り続いている雨が木々を濡らし、足元を流れていくのをジッと見ていた。
ふと気が付いた。
雨‥雨が降っている筈なのに、自分には雨の雫が当たらない。
ザーザーと激しく降る雨が、自分の中を通り抜けていく様子に、葵は自分の中身が消えてしまったような感覚に襲われた。
『‥なに‥‥これ‥‥』
声を出しても、どこか籠っているような感覚に、ブルッと身体を震わせた。
自分の掌を見つめると、そのおかしな感覚が夢なのか現実なのか分からず、悲鳴を上げそうになった。
両手が透け、足元の激しい水飛沫が見えていた。
何が起きているのか分からず、葵がギュッと目を閉じると、脳内に記憶が蘇ってきた。
ああ、自分は男と争って‥ナイフで刺された‥そっか、自分は死んでしまったんだ‥。
透ける手と雨に濡れない体‥そう考えると、すべてが納得がいく。
『‥朝陽‥』
そう口にした瞬間、足が自然と住み慣れたアパートへ向かう。
歩いているのに地面に触れない感覚は、なんだか不思議な感じだった。
アパートが近づくと、玄関の前で朝陽が膝を抱え、しゃがんでいるのが見えた。
そして、その隣にはビルがお座りをしている。
ああ、ビルは無事だった‥その安堵の気持ちが、思わず声に出た。
『‥ビル!無事でよかった‥』
遠くからの葵の声に、ビルが耳をピクッと動かし、お尻を上げ嬉しそうにシッポを振った。
クゥーン‥クゥーンと鼻を鳴らしている。
葵はすぐに駆け寄ると、ビルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、その手はビルの頭をすり抜けた。
相変わらずビルは、嬉しそうにシッポを振って葵を見つめている。
そして、先程から微動だにしない朝陽を見下ろした。
『‥朝陽‥朝陽?』
葵は朝陽の目の前にしゃがみこむと、両手を伸ばし、その身体を包み込む。
だけど、その腕は朝陽の身体を通り抜けるだけだった。
葵は、なんの感触もない手をジッと見つめる。
触れる事の出来ない朝陽の頬に、そっと触れる様に手を伸ばし、朝陽の頭に口づけをする。
何も感じない‥愛しい人の匂いさえしない‥触れられないもどかしさに、葵の顔が歪む。
「‥朝陽‥部屋に入ろ‥?」
そっと近づいて声を掛けたのは、朝陽の母親だった。
手には買い物袋を持ち、今にも泣きそうな顔を朝陽に向けていた。
母親は、葵が行方不明と知った昨日から、ずっと朝陽の傍に付いている。
目を離すと、すぐに外に出て、葵の帰りを待つ我が子の肩に優しく触れると、少し抵抗した朝陽の顔を覗き込む。
「‥風邪もまだ治ってないでしょ‥?ベッドで休んで‥お願い‥」
そんな母親の顔を見て、朝陽はようやく重そうに腰を上げた。
無意識のうちに葵も朝陽と母親の後に続く様に立ち上がると、部屋に入って行った朝陽を追うように母親が入り、一緒に部屋に入ろうとした葵の体を玄関のドアがすり抜けバタンと閉まる。
『‥はっ‥‥なんだよ‥これ‥』
悲しくなる。
ガックリとその場でしゃがみ込むと、両手で顔を覆う。
自分の行った行動に、後悔はない。
だけど、こんな仕打ち‥望んでいない。
自分は、この世に未練があるのだろうか‥朝陽を一人にしてはならないと、未練があって存在しているのだろうか‥いや、そもそも存在すらしていない。
こんなに愛しい人に、触れる事も慰める事も出来ないなんて‥これなら、自分は何のためにここに居るのだろう‥。
葵は自分の無力さと、湧き出てくる虚しさに打ちのめされていた。
どれくらい時が流れていったのか、葵にとって時間の流れとは、何も感じないモノだった。
どんどん窶れていく朝陽の傍で、葵は一生懸命に食べる様に、まともな生活を送る様に言い続けている。
だが、朝陽には何も通じない。
ビルが自分を見て、クゥーンと鼻を鳴らすと、朝陽がビルの頭を撫で、寂しいな‥そう呟くのが聞こえた。
ここの所、歩くのもやっとなのか、ビルの散歩もすぐに終わる。
そんなある日、夜中にビルが葵を見つめていた。
ベッドでは朝陽が泣いて自分の名を呼んでいる。
朝陽の傍に寄り、頭を撫でたいが、手は空を切り落ちていく。
ジッとこちらを見ているビルに、葵は近づいた。
『‥ビル、お前は‥朝陽の傍に居てくれよ‥』
もう‥ビルが長くない事を、葵は知っていた。
つぶらな瞳が、葵を見つめる。
そして、クゥーンと鼻を鳴らすのを最後に、呼吸が止まったのが分かった。
『‥ビル!‥ビル!』
葵の呼びかけにも、反応しない。
朝陽もビルに駆け寄ってきて、何度もビルの名を呼ぶが、それに答える事は無かった。
そして泣き続け縋りついている朝陽は、いつの間にか意識を失い動かなくなった。
その時、葵は‥狂った様に叫んだ。
何度も何度も‥悲鳴を上げ、助けを呼んだ。
――誰か!誰か朝陽を助けてくれ!‥誰か!‥‥気付いて!
だが、誰一人、この狭いアパートで朝陽が倒れている事に気付く事無く、葵は、ただただ涙を流し、自分の姿を呪った。
葵は気が付くと、見慣れた公園の鬱蒼とした木々の中に立っていた。
昨日から降り続いている雨が木々を濡らし、足元を流れていくのをジッと見ていた。
ふと気が付いた。
雨‥雨が降っている筈なのに、自分には雨の雫が当たらない。
ザーザーと激しく降る雨が、自分の中を通り抜けていく様子に、葵は自分の中身が消えてしまったような感覚に襲われた。
『‥なに‥‥これ‥‥』
声を出しても、どこか籠っているような感覚に、ブルッと身体を震わせた。
自分の掌を見つめると、そのおかしな感覚が夢なのか現実なのか分からず、悲鳴を上げそうになった。
両手が透け、足元の激しい水飛沫が見えていた。
何が起きているのか分からず、葵がギュッと目を閉じると、脳内に記憶が蘇ってきた。
ああ、自分は男と争って‥ナイフで刺された‥そっか、自分は死んでしまったんだ‥。
透ける手と雨に濡れない体‥そう考えると、すべてが納得がいく。
『‥朝陽‥』
そう口にした瞬間、足が自然と住み慣れたアパートへ向かう。
歩いているのに地面に触れない感覚は、なんだか不思議な感じだった。
アパートが近づくと、玄関の前で朝陽が膝を抱え、しゃがんでいるのが見えた。
そして、その隣にはビルがお座りをしている。
ああ、ビルは無事だった‥その安堵の気持ちが、思わず声に出た。
『‥ビル!無事でよかった‥』
遠くからの葵の声に、ビルが耳をピクッと動かし、お尻を上げ嬉しそうにシッポを振った。
クゥーン‥クゥーンと鼻を鳴らしている。
葵はすぐに駆け寄ると、ビルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、その手はビルの頭をすり抜けた。
相変わらずビルは、嬉しそうにシッポを振って葵を見つめている。
そして、先程から微動だにしない朝陽を見下ろした。
『‥朝陽‥朝陽?』
葵は朝陽の目の前にしゃがみこむと、両手を伸ばし、その身体を包み込む。
だけど、その腕は朝陽の身体を通り抜けるだけだった。
葵は、なんの感触もない手をジッと見つめる。
触れる事の出来ない朝陽の頬に、そっと触れる様に手を伸ばし、朝陽の頭に口づけをする。
何も感じない‥愛しい人の匂いさえしない‥触れられないもどかしさに、葵の顔が歪む。
「‥朝陽‥部屋に入ろ‥?」
そっと近づいて声を掛けたのは、朝陽の母親だった。
手には買い物袋を持ち、今にも泣きそうな顔を朝陽に向けていた。
母親は、葵が行方不明と知った昨日から、ずっと朝陽の傍に付いている。
目を離すと、すぐに外に出て、葵の帰りを待つ我が子の肩に優しく触れると、少し抵抗した朝陽の顔を覗き込む。
「‥風邪もまだ治ってないでしょ‥?ベッドで休んで‥お願い‥」
そんな母親の顔を見て、朝陽はようやく重そうに腰を上げた。
無意識のうちに葵も朝陽と母親の後に続く様に立ち上がると、部屋に入って行った朝陽を追うように母親が入り、一緒に部屋に入ろうとした葵の体を玄関のドアがすり抜けバタンと閉まる。
『‥はっ‥‥なんだよ‥これ‥』
悲しくなる。
ガックリとその場でしゃがみ込むと、両手で顔を覆う。
自分の行った行動に、後悔はない。
だけど、こんな仕打ち‥望んでいない。
自分は、この世に未練があるのだろうか‥朝陽を一人にしてはならないと、未練があって存在しているのだろうか‥いや、そもそも存在すらしていない。
こんなに愛しい人に、触れる事も慰める事も出来ないなんて‥これなら、自分は何のためにここに居るのだろう‥。
葵は自分の無力さと、湧き出てくる虚しさに打ちのめされていた。
どれくらい時が流れていったのか、葵にとって時間の流れとは、何も感じないモノだった。
どんどん窶れていく朝陽の傍で、葵は一生懸命に食べる様に、まともな生活を送る様に言い続けている。
だが、朝陽には何も通じない。
ビルが自分を見て、クゥーンと鼻を鳴らすと、朝陽がビルの頭を撫で、寂しいな‥そう呟くのが聞こえた。
ここの所、歩くのもやっとなのか、ビルの散歩もすぐに終わる。
そんなある日、夜中にビルが葵を見つめていた。
ベッドでは朝陽が泣いて自分の名を呼んでいる。
朝陽の傍に寄り、頭を撫でたいが、手は空を切り落ちていく。
ジッとこちらを見ているビルに、葵は近づいた。
『‥ビル、お前は‥朝陽の傍に居てくれよ‥』
もう‥ビルが長くない事を、葵は知っていた。
つぶらな瞳が、葵を見つめる。
そして、クゥーンと鼻を鳴らすのを最後に、呼吸が止まったのが分かった。
『‥ビル!‥ビル!』
葵の呼びかけにも、反応しない。
朝陽もビルに駆け寄ってきて、何度もビルの名を呼ぶが、それに答える事は無かった。
そして泣き続け縋りついている朝陽は、いつの間にか意識を失い動かなくなった。
その時、葵は‥狂った様に叫んだ。
何度も何度も‥悲鳴を上げ、助けを呼んだ。
――誰か!誰か朝陽を助けてくれ!‥誰か!‥‥気付いて!
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