待ち人は、いつも傍に‥

白樫 猫

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26話

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12月の日暮れは早く、気温もグンと下がってくる。
カフェの中は温かく暖房を入れていても、入り口が開くたびに、冷たい空気がカウンターの中に流れてくる。
あれから、一週間が経っていた。
朝陽は、翌日から店を開け、今までと変わらない生活を送っていた。
ただ、心の中では、自分の傍に居る葵が、ビルの様に心穏やかに成仏してくれることを願い、どうやったらそれが叶うのかが頭から離れない。
あの次の日も、凛太朗はここに居ると言い張っていたが、朝陽はそれを拒み、アパートへ帰した。
今では、もう凛太朗にも会わない方が良いのかもしれないと、そう思っていた。

朝陽はカウンター奥に吊ってあるカレンダーを見て、何度目かの溜息を付いた。
今日は、土曜日。
いつもなら閉店時間に凛太朗がやってくるはずだ。
その時に、もう俺に構わなくても良いと、ここには来なくても良いと、言おうと心に決めていた。
最後のお客が帰った時には、19時を過ぎていたが、朝陽は閉店準備をしながら、チラチラと入り口に視線を送っていた。
凛太朗を待っている自分と、来ないで欲しいと思う自分がいて、混乱している。
心ここにあらず、と言うのはその通りで、上の空で閉店作業をしていると、いつもなら20分程で終了する作業が、今日は1時間近くも掛かってしまった。
そんな自分に呆れながら、まだ姿を現さない凛太朗の事を、心のどこかで待っているのだと感じていた。

その時、朝陽の携帯がブーブーと鳴り、慌てたそぶりで携帯を開いてみると、凛太朗からメッセージが届いた。

『朝陽さん、今日は用事が遅くなりそうなので、伺う事が出来ません。ごめんなさい』

と書いてあり、ホッとする気持ちと残念がる気持ちの狭間で、朝陽は『了解』とだけ返事をし、また大きな溜息を付いた。

入り口の鍵を掛けてから、暖房と電気を消し2階へ上がる。
座ってしまうと、すぐに眠ってしまうので、そのまま風呂に入った。
風呂から上がると、冷蔵庫を覗き、さらに溜息を付いた。
食欲もない。
でも食べなきゃいけない事は、身に染みて分かっているので、冷凍のご飯を解凍しながら、長ネギを刻み少し残っていた焼き豚も細かく刻み、チャーハンを作った。
一緒にワカメスープも作ると、テーブルに並べ一人で食べ始める。
何の音もなく、朝陽の咀嚼する音だけが響く。
義務的に口に運ぶ食事は、美味しさも感じる事なく、半分ほど食べ終えたところで、ポタリポタリとテーブルに水滴が落ちてくる事に気が付いた時、朝陽はそれが、ようやく自分の涙だと気が付いた。

「‥なっ‥‥んで‥‥」

慌てて手で拭っても、後から後から流れてくるそれは、止める事が出来ず、朝陽を驚かせる。

「‥‥くっ‥‥そ‥‥なんだよ‥‥っ‥‥」

自分が、こんなに泣き虫だったなんて、こんなに自分が弱いなんて‥。
あの日‥葵が居なくなってから、自分が変わってしまった。
泣き虫で、弱く‥不憫で、脆い‥。
そんな自分が‥朝陽は嫌いだった。




時は遡り‥もうすぐカフェAOIが閉店時間の19時になろうとしている頃、凛太朗は、いつもの様にカフェに向かって歩いていた。
あの出来事から1週間が過ぎていたが、凛太朗の頭の中は朝陽の事でいっぱいだった。
寂しくないだろうか、傷付いてはいないだろうか、そんな事を考え毎日ソワソワと過ごしていた。
そんな様子が、ついに友人にバレ、しっかりしろとどやされたのは昨日の事だった。
確かに、今はこんな風に何かにかまけている時じゃなく、佳境に入った就職活動で、ある程度の方向性を決め、進まなくてはならないのも事実。
それでも土曜になると、ジッとしていられず、朝から家の掃除をしたりして、朝陽に会いに行くのを楽しみにしている自分に嘘は付けなかった。

あの角を曲がると、カフェが見えてくる‥と、いう所まで来ると、その角にボーッと何かが見えた。
すでに日は沈み薄暗くなっていたので、それが葵だと気が付いたのは、かなり近づいてからだった。

「あっ、葵さん‥こんな所で‥どうしたんですか‥?」

いつもなら朝陽から離れようとしない葵が、カフェの外まで出てきている事に、もしや朝陽に何かあったのでは‥と、不安になる。

『あっ‥少し、お前と話がしたい‥』

おずおずと提案され、凛太朗は朝陽に何かあったのではないと分かり、ホッとした。
勿論良いですよ‥と返事をし、こんな住宅街で一人立って話をしていると、周りから変な目で見られるのは必至だったので、凛太朗は少し離れた所にある公園に行かないか?と聞いた。
コクンと頷いた葵と一緒に、凛太朗は公園に向けて歩き出す。

19時を過ぎた公園は、シンと静まり返り、ベンチに座った凛太朗の吐く息も白く、少し寒いのか、手を擦り合わせていた。

『悪いな‥寒いのに‥』
「いえ、大丈夫です。それより‥どうしたんですか?‥朝陽さんに聞かれたくない事ですか?」

凛太朗の隣に座ると、葵はすぐに口を開いた。

『お前、前に朝陽の事が好きだと言ったろ?』
「‥はい」
『‥俺が思うに‥朝陽も、お前の事‥‥お前と同じ気持ちだと思う‥』

好きという言葉はどうしても言えなかった。

「‥それは‥俺が葵さんの身代わりだからですよ‥そんな気がするだけです‥」

凛太朗は自分の靴で、無意味に地面にグルグルと円を描きながらそう言った。

『‥いや、俺には分かる‥だから‥‥‥朝陽を、よろしく頼む‥』

ハッと見た葵の顔は、寂しそうでいて、どこか安堵するような顔をしていた。

「‥なんて事、言うんですか?‥‥朝陽さんに怒られますよ‥」

真剣な瞳をずっと見ていられなくて、凛太朗はスッと目を逸らす。

『俺は本気だ。俺、今回の事があって、もう自分が消えた方が‥成仏した方が良いと思った‥‥俺が傍に居ると‥朝陽は駄目になる‥』
「‥そんな事、ないです」
『‥俺は、傍に居ても‥何も出来ないんだよ‥助ける事も、慰める事も‥俺がどんなに叫んでも、朝陽には届かない‥もう‥‥苦しいんだ‥‥俺‥なんか悪い事したか‥?なんで、俺は成仏できない?‥俺のせいで、こんなにも朝陽が苦しんでいるのに‥なんで助けてあげれない?‥‥見てるだけしか出来ないなんて‥俺は‥‥そんなに‥‥大きな罪を犯したのか‥?』

何も出来ない自分に腹が立ち、いっそ消えてしまえば良いのにと、そう願う気持ちが苛立ちと怒りになって吐き出される。
凛太朗は、その葵の苦しさを、少しでも慰める言葉を、思いつかなかった。
沈黙が続く中、冷たい風が凛太朗の頬を掠めていく。

「知ってます?」

突然、口を開いた凛太朗に、葵がジッと顔を見てくる。

「‥葵さんが、俺の中に入っている時、俺‥記憶があるんですよ。‥感覚も感情も、葵さんの気持ちが俺の中に溢れてくる。葵さんが朝陽さんに触れて、ドキドキするのも、愛おしく触れる指先の感覚も‥すべて共有してます‥だけど、俺がそれを感じて、朝陽さんを好きだと勘違いしてるって思わないで下さいね。俺は、朝陽さんを始めて見た時から、なんだか‥放っておけなくて‥7歳も年上なのに‥守ってあげたくて‥。それが、今は愛おしいんです。好きでたまらない。いつも怖い顔してるのに、目尻を下げて笑う顔や、驚いて変な声出しちゃう事や、鼻歌を歌いながら閉店作業をしている事、見えないのに必死にビルに話しかけてるとこ、寂しいのに、それが言えず震えて涙するとこ。自分を偽ってでも葵さんの事を一番に思っている事。全部‥全部、好きです。なにひとつ漏らさず、すべてが愛おしい」

真っ直ぐに見てくる凛太朗の瞳は、嘘偽りなく、それが真実だと語っている。
その事に、葵は胸が熱くなると同時に、もう終わりにしなくては‥と改めて自分の意思を確認する。
そして、凛太朗の言葉は続く。

「だから、葵さん‥考えて下さい。‥‥葵さんが、ちゃんと心から満足を得て成仏するまで、俺が、ずっと身体を提供します」

凛太朗の提案に、葵の頭の中が一瞬、真っ白になる。
何を言っているのか分からない。

『‥ちょっ‥と、なに‥?‥‥どういう意味‥?』

葵が額に手を当て考え込む。

「だから、俺の身体‥自由に使ってください。だけど、さっきも言った様に、俺にも感覚も感情も筒抜けだって事だけは、覚えておいてくださいね‥」

何を言わんとしているのか分かったが、だが‥それで凛太朗に何のメリットがあるのか分からず、再び葵は頭を抱える。

『いや、ちょっと‥待って、そんな事して‥お前は良いのか?』
「ん~‥まぁ、いいかと言われれば、なんとも答えようがありませんね‥ただ、今は、これが最善策だと思われます。‥あっ、あと、俺‥その前に自分の気持ちを朝陽さんに伝えます。それで‥朝陽さんが拒否すれば、この話は無かったことに‥しましょ?」

そう言って凛太朗は、フフッと悪戯を仕掛ける子供みたいな笑顔で、葵に向かって微笑んだ。

『いや‥だって‥そんな事、朝陽が良いって言う訳ない‥』

動揺して葵の瞳が左右に揺れ始める。

「だから、その時は、その時です。俺は、もう覚悟を決めました。だから、葵さんも覚悟を決めて下さい。分かりましたか?」

そう微笑まれても、覚悟が早々決まる訳でもなく、言葉が出ない葵に、凛太朗は笑った。

「では、考える時間をあげます。‥そうですね‥来週、また来ます。それまでに結論を出しておいてください。‥俺は、今日はこのまま帰りますから‥」

凛太朗はそう言うと、携帯を取り出し、朝陽に今日は行けないとメールを送った。
そして、また来週‥と言って再び駅に向かって歩き出した凛太朗の背を見ながら、葵はどうしたらいいのか分からず、再び頭を抱えた。



ゆっくりとカフェに戻れば、店はすでに電気が消されていた。
入り口をスッと抜け、2階に上がると、朝陽は風呂に入っている様だった。
葵は、フワリと身体を浮かせると、まるでソファにゆったりかけているようなポーズで寛ぐ。
先程の、凛太朗の提案を思い出し、断るしかないだろ‥と、そう思っていた。
すると朝陽が風呂から出て、夕食を作り、チャーハンを食べ始めたところで、頬を涙が伝っていた。
気が付いていないのか、モグモグと半分ほど食べたところで、朝陽はようやく、その涙に気が付く。

『朝陽‥なんで、泣いてる‥』

涙を拭う事も出来ない自分に腹が立つ。
ただ、見ているしか出来ない自分は‥‥もう嫌だった。

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