飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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火を恋う青蛾は焔に焼かれ

17話

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「ああ‥警戒しないで下さい。私達は、貴方の味方ですから」

響の眉がピクリと上がり、口元はキュッと結ばれ、決して騙されないという意思が感じられる。

「私は、警察官ですが‥‥それよりもっと前から、権守獅道の友人です」

その一言に、響の目が大きく見開き、何か言いたいことがあるのだろう、手の指がソワソワと動き出した。

「‥し‥獅道さんは‥無事なんですか?」

震える唇から聞こえた言葉が、切なる希望のようで、隣で聞いていた葉月の胸がギュッと痛む。

「ええ、無事です」

響の緊張した顔がホッと緩み、大きな瞳がしっとりと水分を含み盛り上がる。
震える指先にギュッと力が入り握り締めたのは、安堵感と不安が入り混じったモノだと分かる。

「‥私がこれから話す事は、貴方にとって不都合な事や、納得いかない事が沢山あると思います。ですが、ゆっくりでいいので最後まで聞いてくれますか?」

響の目を真っ直ぐに見る大石の瞳は、嘘偽りなく誠実な物だと認識できた。

「‥はい」

躊躇うように返事をした響に、ゆっくりと大石が頷いた。

「1ヵ月前、私に権守獅道から連絡がありました。組織から出したい人間が居ると‥そんな事で、私に連絡がくることは初めてでしたから、好きにしろとは言えませんでした。まぁ、話を聞いても良いと返事をし、詳しい話を聞くことにしました。そして、その時に貴方の事を知りました。16歳の頃から面倒を見ているのだと、そして一切、組織の仕事はさせていない健全な人間だと。だから普通の人生を歩ませたいと‥なら話は簡単です。外に出せばいいのですから、ですが様子が違いました。話を聞けば、貴方は‥獅道の恋人だと‥」

ジッと大石を見据えていた響の瞳が怪訝な様子に変わり、口元が歪み震える。

「いえ‥俺は‥‥恋人じゃない‥」

今にも零れ落ちそうな涙を堪えながら、響は苦しそうに言葉を吐いた。

「‥いえ、獅道はそう言ってました。‥恋人でとても大切な人だと。あいつが、そんな嘘を付くはずがないので、獅道は貴方の事を大切にしていたのでしょう‥」
「‥‥でも‥獅道さんは‥‥工藤さんを愛してるって‥」

ずっと心の中に溜め込んでいた言葉を、響は吐き出してしまう。

「ああ、工藤‥そうですね。その関係に名前を付けるとすれば‥パートナーでしょうか。実際、あの二人も幼い頃からの付き合いですし、お互い一番の理解者でしょうね‥。もちろん、そこに愛があるとは思いますが‥」
「そっ‥そんなの‥分かんない‥俺は‥」
「その辺は、私も分かりません。私は、どちらかというと‥一人の人間を愛し抜きたい方ですから‥‥おっと、話が逸れましたが、獅道が言うには、貴方は罪を犯してはいない人間だが、組織に顔を知られていて、いつ狙われるか分からない。だから保護して新しい人生を歩ませて欲しいと、そうお願いされたのです」
「嫌です。俺は帰ります‥獅道さんの所に‥帰ります」

大石の言葉に、食いつく様に返事をした響は、獅道や他の組織の人間が一度も見舞いに来てくれない事とか、連絡ひとつ寄こさない事とか、何もかもが大石の言葉が事実だと証明しているようで、心が潰れそうになるくらい痛かった。
意識が戻ってから、その不安を拭うように、退院したら、その足で獅道の元に帰ろうと、必死に歩く練習もし、ご飯も食べた。
工藤の次でいいから、身体も重ねなくていいから、だから傍に置いてくれと、そう言うつもりだった。
それだけ、獅道のいない人生など、自分には考えられなかった。
大石の話を聞いても、それが現実だと頭では理解できても、その響の決意は固く、揺らぐことのない意志が、響の瞳にはあった。
その瞳を見つめていた大石が、大きな溜息をひとつ付くと、再び口を開いた。

「‥‥こんな事を言いたくはありませんが‥‥今回のこの騒動‥貴方を救うために、どれだけ組織の人間が力を注いだと思いますか?‥それ以前からも、ずっと貴方には護衛が付いていた。貴方を守るために‥貴方を第一に考え、傷付けないように‥それが組織にとって、どれだけの負担が掛かるか知っていますか?‥‥獅道が、貴方が傷付く姿を見て‥‥何も感じないと思いますか?」
「お‥俺だって‥‥自分の身は‥自分で守れる‥‥」
「‥あの力ですか?」

青ざめた顔をした響が、大石を凝視する。

「‥なっ‥なんで、知ってるの?」
「知ってます。獅道の力も、貴方の力も‥だからこそ、獅道は心配なんです。その力は、すべてのモノを破壊できる大きなものです。獅道に言われていませんか?‥‥人を傷付ける事に使っては駄目だと‥‥」

大石はそこで言葉を止めた。
それは、これ以上、言うべきかどうか迷っているようで、ジッと響の目を見つめていた。
響の瞳からは、先程とまったく変わらない意志が伝わってくると、大石は大きな溜息を再び付くと口を開いた。

「‥‥獅道が‥小学4年の時‥あいつは、学校を燃やしたんです‥その力を使って、おそらく意図ではなく、あの時はまだコントロールも出来ていなかったでしょうから‥衝動的に‥。その時、逃げ遅れた女性教師が一人亡くなりました。児童の避難を優先し、最後まで職務を全うした素晴らしい教師でした。私も獅道も、その教師が大好きでした。その火災は、結局事故として処理されましたが、その時の獅道の落ち込みは、とても酷いものでした。そりゃそうです‥たった10歳の男の子が、背負うにはあまりにも大きすぎた。その火災以降‥獅道は決してこの力で人を傷付けないと、自分の枷として決意したんです。獅道はそれをずっと‥何十年も守り抜いてきました。‥‥今回の事で、獅道はその力で人を傷付けました。それが‥どういう事が分かりますか?怒りにまかせ力を使い、人々を傷付ける‥それが悪人だったとしても、貴方を傷付けた男達だったとしても、その事が‥どれほど、あいつ自身を傷付けるか‥‥‥分かりますか?」

獅道が自分に教えていた事の理由を、他人から聞かされ、それを破らせてしまった響は、その問いに答える資格は無いと思った。
自分のせいで‥すべての元凶は自分だったと、再確認するだけ。
やっぱり、あの時‥あの場所で‥死んでしまえばよかったのに‥それなら、獅道も力を使うことなく、こんなに苦しむ事もなかったのに‥響は頭の中で、結論を導き出していた。

「‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥」

響は深く深く頭を下げた。
やはり、消えてしまおう‥いなくなればいい‥こんな自分、生きていていいはずがない‥そう思いながら。

「‥響さん‥貴方に謝って欲しい訳ではありません。貴方は、何も悪くないのです。悪いのは、貴方を傷付けた人間です。貴方は被害者です。ただ‥一歩間違えば加害者にもなりえると‥それだけは、どうか止めて下さい」

やんわりと厳しい話をする大石に、不思議と怒りは感じない。

「‥はい、誰も傷付けたりしません」

これ以上、獅道の事を傷付けてはいけないと、そう思い口にした言葉。

「良かったです‥響さん。その言葉、必ず守って下さいね。貴方は誰も傷付けない‥」

大石は頷いた響の目をじっと見つめる。
そして、再びゆっくりと、優しい言葉で口を開いた。

「‥そこには、貴方自身も含まれている事を、知っていますよね?」

響がハッと息を呑み、膝の上に置かれいた手がギュッと握られた。
まるで心を見透かされているような感覚に、響は返事が出来ずにいた。
長い沈黙が続く。
いつしか響の握られた手が震えだし、肩が強張っていく。

「‥‥大石さん、もう‥止めて下さい‥」

口を開いたのは、隣で黙って聞いていた葉月だった。
自分の気持ちを言葉に出来ないが、もうこれ以上、目の前で苦しんでいる人を、黙って見ている事が出来なかったのだ。
葉月は、思わず立ち上がり、響の小さく震えた身体をギュッと抱き締めていた。

「もう‥勘弁してください‥」

葉月の苦しそうな声に、大石は悲痛な顔をして立ち上がった。

「‥分かりました。今日は、ここまでにしておきます。響さん、貴方には時間がたっぷりとあります。よく考えて下さい」

そう言い残すと、大石は一人病室を出て行った。

「‥す‥すみません‥」

力いっぱい抱き寄せていた身体から、ゆっくりと手を放し、まるで振動を与えてしまうと爆発してしまう危険物に触れていた様に、放した手を広げたまま一歩ずつ後退りしていく。
その様子が可笑しかったのか、呆然と見ていた響が、ほんの僅かに口角を上げた。
実際、響の顔は激しく殴られた青あざが頬に残り、唇は切れ、首元には絞められた跡、そしてナイフで切られた傷にガーゼが貼られ、腕には縛られていた痕、男達の欲望のままに付けた吸い痕や噛まれた痕が身体中に残されている。
それでも葉月は、その僅かに口角を上げた顔が、儚げで美しいと思ってしまった。

「‥響さん‥大石さんは、あんなに厳しい事を言いますが、本当は、誰よりも優しくて‥あなたの事を心配しています。だから‥一緒に考えていきましょう。あなたが生きやすい道を‥‥ねっ?」

いつしか響の手を取り、上手く笑えているか分からないが、葉月は精一杯の笑顔を向けた。

「‥‥はい」

この儚く散ってしまいそうな人が、どうか前を向いて歩く事が出来ますように‥‥。

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