飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

8話

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「ところで、颯馬さんは、あの火災の日はどちらに?」
「はい、あの日は日曜でしたので仕事が休みで、玲華とドライブに行っていました。あっ‥アリバイとかでしょうか?」

不安そうに語る颯馬に向かって、神代は顔の前でひらひらと手を横に振る。

「いえ、アリバイなんて大丈夫です。これは、参考までに聞いているだけですから」
「そ‥そうですか‥」
「それで、何時頃に帰宅されたんですか?」
「はい、確か、10時頃に家を出て、17時頃にキヨから事故の一報を受けまして、それからすぐに帰宅してきて、家に着いたのが18時位でしょうか‥」
「そうですか‥玖美子さんと同じ質問ですが、その火災の後、何か変わった様子の方はいらっしゃいますか?些細な事でも構いません」

神代の言葉に、颯馬は暫く考え込んでいたが、眉を寄せると小さく首を横に振った。

「いいえ、言い訳になりますが、父があの調子でしたので‥会社の事で忙しく、あまり家でみんなと顔を合わせる事が出来ていなかったのが現状です。申し訳ない。でも、家族の変化でしたら、キヨの方が分かるかもしれませんね‥」

思い出したかのように、そう答えた颯馬に、神代は頷きを返した。

「では、後ほどキヨさんにも話を伺わせていただきます‥‥それはそうと、颯馬さんは、豊成さんの前妻のお子さんですよね?玖美子さんとは仲が良さそうに見えましたが、どうですか?蟠りとか‥ありませんか?」

またもやズケズケとした物言いに、思わず葉月は神代の背中をどついた。

「‥イテッ‥葉月‥なんだよ‥」

どうやら力加減を間違えたようで、かなりの衝撃だったらしく、振り向いた神代の顔が痛みに歪んでいた。

「なんだよじゃないよ‥デリカシーは?」

鬼のような葉月の形相に、一瞬ひるんだように見えた神代だが、そんな事は意に介さないのか、すぐに元の顔に戻り颯馬を見た。

「クスクスッ‥大丈夫ですよ。葉月先輩。あまり気にしないで下さい。神代さんの言う通り、私達は血が繋がっていませんが、上手くやっています。母が家に来てくれた時、私は7歳でしたが、母は私に良くしてくれました。翌年には凜乃が産まれ、さらに優紫が産まれ、急に賑やかになり、私は嬉しかったんです。あの事故で、私の実母と祖父母が亡くなり、私が退院してきた時、父は仕事で忙しく、キヨだけが出迎えてくれましたから‥ひとりボッチで寂しかったところ、家族が一気に増えて、母には本当に感謝しています」

懐かしい過去を思い出すように、颯馬の顔は穏やかに微笑みを浮かべていた。

「そうでしたか‥」

神代が再び考え込んでいる時、玲華が凜乃の部屋から戻ってきた。

「玲華、ありがとう‥凜乃はどう?」
「ええ、緊張していたみたいね‥キヨさんに言って温かい紅茶を入れてもらったわ。落ち着いたとは思おうけど‥今は横になってる」
「そう、いつもありがとう‥」

微笑み合いながら玲華は颯馬の隣に座った。

「凜乃さんが体調を崩すようになったのは、あの火災の後からですか?それとも‥火災の前から体調が悪かったとか?」

その問いに、あまり返事をしたくないのか、躊躇いながら玲華が口を開いた。

「‥実は‥あの火災の前からです‥」

その事を、颯馬は知らなかったのか、驚いた顔をして玲華を見つめていた。

「ごめんなさい‥凜乃さんに、誰にも言わないでって口止めされていて‥」

玲華は申し訳なさそうに、颯馬の手をグッと握った。

「そっか‥それなら仕方がない‥それで‥玲華の体調が悪くなったのは、いつ頃からなんだい?」
「凜乃さんが高校に入学してすぐ、貧血で倒れて、颯馬さんが病院に駆けつけた時の事‥覚えてる?」

その言葉に、颯馬はゆっくりと頷いた。

「ああ、その時、学校から急に呼び出されて、父と母が不在だったので、私が病院に駆けつけました。学校で倒れて、頭を打ったかもしれないと、意識が戻らない凜乃が救急車で運ばれて‥そのまま病院で検査をして、少し貧血があるものの、他に異常はなくて安心して、そのまま連れて帰りました」

颯馬が話終えると、玲華が後を引き継ぐように話し出す。

「その後‥昨年の6月か7月頃‥颯馬さんを、こちらの屋敷で待たせてもらっていた時、凜乃さんが帰宅されたんです。その時、玄関先で急に倒れられて‥お義母様はお出掛けで、キヨさんはお買い物に出てらして、屋敷には私ひとりだったの。慌てて支えて病院に連れて行こうとしたら、それを止められて‥何でもないから大丈夫‥いつもの貧血だろうって‥その時は、その言葉を信じて‥今度、何かあれば必ず病院に行ってねって、そう伝えて部屋に寝かせて‥それから1時間ほどすると、調子が良くなった、ありがとうと笑顔で話されたので、大丈夫だろうと思っていました。それから、会うたびに段々と顔色も悪くなり、病院に行こうと言っても嫌だって‥あの火災のあった1週間程前にも、そう言って泣きじゃくって‥誰にも言わないでって‥それで颯馬さんにも伝える事が出来ずに‥本当にごめんなさい‥」

深々と頭を下げる玲華に、颯馬がゆっくりと首を振る。

「玲華が謝る事じゃないよ‥私も気が付いてあげれなかった‥確かに、今思えば1年ほど前から食が細くなったと思ってはいたんだ‥もっと食べる様に促しても、ダイエットだと笑うだけで‥何か苦しんでいたのかもしれないが、私も何もしてあげれなかった‥駄目な兄だよ‥」

颯馬の言葉に、応接室の空気がグッと重くなった気がした。
兄妹仲が良いと聞いてはいたが、こんなにも心配してくれることが、凜乃にとっては嬉しい事なんじゃないかと、葉月は他人ことながらそう感じていた。

「そんなに落ち込まなくても、良いと思いますけど‥」

そんな呑気な言葉が、神代の口から出た時、葉月は再び拳を握り締めた。

「凜乃さんが、何に苦しんでいるのか、分かりませんが‥その苦しみを分かち合うのは、これからでも遅くないと思いますよ‥」

ジッと颯馬と玲華を見つめていた神代が、サラリと口にした。

「そっ‥そうだな‥私達には‥これからがある‥」

颯馬がそう呟くと、神代は目を細めた。

「では、始めに和弘さんに会いに行ってもよろしいですか?」

たまには良い事言うじゃん、と思っていたのも束の間、すぐにいつもの仏頂面に変わった神代が、ゆっくりと立ち上がるのを、葉月は苦々しい顔をして見つめていた。

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