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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる
10話
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神代は次のドアをノックした。
「どうぞー入っていいよー」
気楽な声がしてドアを開くと、中では優紫がベッドに横になり、漫画を読んでいた。
「失礼します。すみません‥読書ですか?」
神代が声を掛けると、優紫は漫画本を脇に置き起き上がり、ベッドに腰掛けた。
身長は兄の颯馬よりも少し低めだが、体格は抜群に良かった。
筋肉質の体は日々のトレーニングの賜物だろう。
男性らしい顔つきに見えるのは、キリッとした太い眉と短髪のせいかもしれない。
ちょこんと座っている姿は、あ~あのシベリアンハスキーに似ていると、葉月は心の中で思った。
優紫の部屋は、手前のスペースに机や棚があり、棚の上には大小様々なトロフィーや賞状が飾られていた。
奥のスペースにベッドが置かれ、ベッド脇には本棚が設置されている。
神代がズカズカと遠慮なく進み、飾られているトロフィーや本棚をジロジロと眺めている間、優紫はジッと大人しく座って待っていた。
「‥そんなに面白いものは無いと思うけど‥」
あまりにも明け透けに見られている事が恥ずかしかったのか、優紫が声を掛ける。
「ああ、すみません‥漫画が好きなんですね?」
「うん、好きだよ‥あと空手も好き」
「空手は、いつから習っているのですか?」
「あー小学1年からかな‥友達が習ってて、カッコいいなって‥」
「そうですか、確か空手の型‥でしたっけ‥?あれは見ていて格好良いですよね~」
「だね。だけど俺は組手の方が好き。相手の動きを読んで、蹴り技や突きが決まった時なんか、最高」
神代は、嬉しそうに語る優紫に、うんうんと頷きを返している。
「では、優紫さん‥あの火災の日の事を、聞いても良いでしょうか‥?」
優紫が頷くのを待って、神代は話し出す。
これも15歳という年齢に配慮しているのだろう。
「あの日、あなたが凜乃さんを助けに行ったと聞きました。何があったのか聞いても良いですか?」
質問攻めにすることなく、話の主導権を優紫に渡したようだ。
コクンと頷いた優紫は、思い出しながら真剣な顔で話し出す。
「あの日、俺は同じクラスの友達と遊びに行っていたんだ。俺は空手の推薦で高校も決まってたし、そいつもテニスの推薦で、同じ私立の高校に決まってたから、暇を持て余してて‥昼飯食ってカラオケ行って、夕飯は凜乃と食べる約束をしてたから、16時頃に帰ってきたんだ‥‥」
優紫は玄関を開けて「ただいま~」と声を掛け、靴を脱ぎ室内履きに履き替える。
すぐにキッチンの奥からパタパタと歩く音がして、ランドリー室の扉から、キヨが出迎えてくれた。
「おかえりなさい‥優紫さん。夕食は19時の予定でよろしいですか?」
キヨの言葉に、うんと頷くと、優紫はそのまま右手の廊下を進み、奥の階段へと足を向けた。
離れに続く扉の手前の階段を上がると、上り切った所に小さな窓があり、そこから離れが見える。
凜乃は今頃、離れの防音室でバイオリンの練習をしているのだろうか‥優紫はそう思いながら、ふと窓から視線を落とすと、アトリエからモクモクとドス黒い煙が出ているのが見えた。
「えっ?ええっ!!」
慌てて踵を返し、階段を駆け下りた。
「キヨ!!火事だ!!消防車!アトリエ!!」
そう叫ぶのがやっとで、離れに行く扉を開くと、モアっと黒い煙が渡り廊下から流れてくる。
「‥‥り‥‥凜乃‥」
思わず口から滑り出た自分の言葉で、優紫はハッとする。
渡り廊下を低い姿勢で走り抜けると、迷いなく右側にある防音室の扉を開く。
すると、20畳もないスペースには誰もいなかった。
凜乃は自分の部屋に居るんだ‥と、ホッとする自分がいた。
そして優紫はすぐにアトリエに向かうと、入り口のドアは開き、中からモクモクと黒い煙を吐き出し、何が燃えているのかツンとする匂いが鼻につく。
「‥誰か居るの⁉‥おじさん⁉」
ドアの外から少し離れた位置で、優紫が叫ぶ。
煙の勢いが収まることが無く、優紫はしゃがみ込み低い姿勢でアトリエの中を覗く。
下の方は煙が少なく、アトリエの中が少しだけ見えた。
その瞬間、優紫の目に飛び込んできたのは、白く細い足‥?
「まっ‥まさか‥嘘だろ‥?‥凜乃?‥凜乃!!」
優紫は迷いなくアトリエに飛び込んだ。
中では炎がチロチロと赤く燃え盛り、離れ自体がコンクリートで出来ているせいか、蒸し風呂の様に熱い。
目に煙が入り涙が零れ、ツンとする匂いに鼻水も出る。
アトリエに入り手探りで進むと、先程、外から見えた足に触れた。
顔ははっきり見えないが、着ている服と姿で凜乃だと分かる。
幸いなことに、凜乃はアトリエの入り口付近にいたため、まだ火が回っていない。
優紫は意識のない凜乃を抱き上げアトリエを出ると、渡り廊下の蛇腹のガラス戸を力いっぱい開き庭に出た。
その時、キヨが駆け付ける。
「今、消防に連絡は入れました‥大丈夫ですか?‥優紫さん‥ああ‥凜乃さん‥」
芝の上に凜乃を下ろすと、呼吸を確認する。
煤で汚れてはいるが、胸は上下に動き、鼻から呼吸している。
入り口の近くで倒れていたため、下の方の綺麗な空気を吸っていたのだろう。
「ああ‥‥生きてる‥‥良かった‥」
優紫は、溢れ出る涙を拭うことなく、凜乃を抱き締めた。
その後、すぐに消防車と救急車が到着し、消火が始まった。
凜乃をストレッチャーに乗せるタイミングで、母の玖美子が帰宅し、火災に驚く間もなく事情を聴き、煤だらけの凜乃と優紫の姿を目にすると、倒れ込むように二人に駆け寄る。
「‥凜乃‥‥ああ‥‥優紫‥‥」
意識のない凜乃の手を握り、我が子の名前を呼びながら、そして助けた優紫を抱き寄せた。
「ああ‥ありがとう‥優紫‥‥あながた居てくれて‥本当に良かった‥ケガはない‥?」
優紫の体を労わる様に、ベタベタと触り、怪我がないか確認する様子は、優紫が大丈夫と言っても、しばらく続いていた。
その後、凜乃と一緒に救急車に乗ると、病院へ向かって行った。
消火活動が終盤を迎え、炎も収まった頃‥消防士の一人がアトリエに入っていく。
「おい!ストレッチャー用意!!」
大きな声が響くと、バタバタと慌ただしくなり、ストレッチャーを持って来た隊員がアトリエの中から運び出した人‥‥東条豊成だった。
「俺は‥父親を見殺しにしたんだ‥」
先程まで愛想良く人懐っこい顔をしていたのに、急に大人びた落ち着いた声で、優紫は語る。
「あの時、凜乃を助けた事で安心して‥俺は‥‥」
ギュッと唇を噛み締め眉を寄せる姿は、痛々しく掛ける言葉が見つからない‥。
「そう言えば、優紫さんは、凜乃さんの事を、お姉ちゃんとかでなく、凜乃と名前で呼ばれるんですね‥?」
いきなり?何その質問?
葉月は、目の前の男の言動が信じられず、持っていたペンで後ろから刺してやろうかと本気で考えた。
思わぬ質問に、優紫もキョトンとした顔をしていたが、すぐに元の愛想の良い少年の顔つきになる。
「ふふっ‥はい。なんだか、昔から姉って感じがしなくて‥そもそも、年もひとつしか離れてないし‥」
「そうですね。凜乃さんは、なんだか守ってあげたくなるような雰囲気がありますね‥」
そう神代が口にすると、優紫の眉がピクッと動いた。
「あと何か聞く事あるの?」
神代の言葉にかぶせるように聞いてくる。
「そうそう、あの事故の前でも後でも構わないのですが、何か変わった事とか、おかしな事なんかありませんでしたか?些細な事でも構いませんから‥」
優紫は、しばらく考え込んでいた。
「‥いや‥別に何もないかな‥」
「そうですか‥優紫さんは、和弘さんの事をどう思いますか?」
その言葉に、優紫が神代の顔をハッと見上げる。
「なんで急に‥叔父さんの話?」
「いえ、なんとなく‥仲は良い方ですか?」
「普通かな‥色んな国の話をしてくれるから話してて楽しい‥‥‥」
「‥けど?」
言い淀んでいた優紫の言葉に、神代が続きを促すように言葉を足すと、優紫の視線が落ち、自分の拳を見つめていた。
「‥‥父さんと‥母さんとは、仲が良くないみたい‥」
「何故そう思うのですか?」
躊躇っているのか、しばらく無言のまま空気が流れる。
「‥‥1年くらい前かな‥俺が学校から帰ってきたら、書斎から叔父さんが勢いよく出てくるのが見えたんだ。ドアをバンッて大きな音を立てて、怒っているように‥だから、俺は父さんと喧嘩でもしたのかと思ったんだ。その時は、叔父さんが帰ってきて1年くらい経った頃で‥もともと、父さんと叔父さんの仲は悪かったけど、その‥叔父さんが一方的に父さんを嫌ってるというか‥避けてて、理由は分かんないけど‥そんな感じ‥」
思春期独特の感性なのか、大人の雰囲気を読むのに長けている子は、その空気で分かってしまう事も多いのだろう。
「だけど、俺は叔父さんの事、その時は面白くて好きだったし、だから父さんに喧嘩しない様に伝えようと思って、書斎のドアを開けたんだ‥‥」
そこで優紫の言葉が途切れた。
自分が言ってはいけない事を、言ってしまうかのような‥罪悪感‥いや後ろめたさがあるのだろうか。
優紫は大きく息を吐き出すと、決意した様に言葉を繋げた。
「‥そしたら、中には母さんが居て‥‥泣いてた‥。俺はてっきり父さんが居ると思ってたから、びっくりして‥そしたら、母さんが『なんでもないの‥ただ、ちょっと言い合いになって‥父さんには言わないで‥』って言って、その時は分かったって言ったけど‥今年の正月明けに、また父さんと叔父さんが、いがみ合ってて‥俺、ムカついて‥その場で言っちゃったんだ。『いい加減にしてよ!母さんも泣かせて、どういうつもりだよ‥』って、そしたらさ‥‥その場が凍っちゃって‥‥場が凍るって、こんな感じ?‥って‥‥」
ずっと、心の奥に隠しておいた気持ちを、話し出した途端に我慢できずに吐き出してしまう。
そして気が付く、自分が口にしてしまった言葉が、誰かを傷付け、そして自分も傷付いてしまうのだと‥優紫は傷ついていた。
「その時に、傍に居た人は、どなたですか?」
「‥その時は、父さんと叔父さん‥母さんと、俺と凜乃‥」
「そうでしたか‥‥私は日頃から悩むのですが‥知りたくない事を知ってしまい後悔する人生と、何も知らされず後悔する人生。優紫さん‥あなたはどちらを選びますか?」
神代の眼鏡がキラリと光った様に見えたのは、自分だけだろうか‥優紫が眼鏡の奥の瞳を見つめ、神代が言わんとしている事を、自分なりに解釈している。
「‥‥どちらも後悔するのであれば、俺は知りたいです。そして、その後悔なんて蹴散らします」
決意した少年というのは、これほどまでに清々しい気持ちを放つのだろうか、神代はフフッと小さく微笑むと、分かりました‥と答え部屋を出て行った。
「どうぞー入っていいよー」
気楽な声がしてドアを開くと、中では優紫がベッドに横になり、漫画を読んでいた。
「失礼します。すみません‥読書ですか?」
神代が声を掛けると、優紫は漫画本を脇に置き起き上がり、ベッドに腰掛けた。
身長は兄の颯馬よりも少し低めだが、体格は抜群に良かった。
筋肉質の体は日々のトレーニングの賜物だろう。
男性らしい顔つきに見えるのは、キリッとした太い眉と短髪のせいかもしれない。
ちょこんと座っている姿は、あ~あのシベリアンハスキーに似ていると、葉月は心の中で思った。
優紫の部屋は、手前のスペースに机や棚があり、棚の上には大小様々なトロフィーや賞状が飾られていた。
奥のスペースにベッドが置かれ、ベッド脇には本棚が設置されている。
神代がズカズカと遠慮なく進み、飾られているトロフィーや本棚をジロジロと眺めている間、優紫はジッと大人しく座って待っていた。
「‥そんなに面白いものは無いと思うけど‥」
あまりにも明け透けに見られている事が恥ずかしかったのか、優紫が声を掛ける。
「ああ、すみません‥漫画が好きなんですね?」
「うん、好きだよ‥あと空手も好き」
「空手は、いつから習っているのですか?」
「あー小学1年からかな‥友達が習ってて、カッコいいなって‥」
「そうですか、確か空手の型‥でしたっけ‥?あれは見ていて格好良いですよね~」
「だね。だけど俺は組手の方が好き。相手の動きを読んで、蹴り技や突きが決まった時なんか、最高」
神代は、嬉しそうに語る優紫に、うんうんと頷きを返している。
「では、優紫さん‥あの火災の日の事を、聞いても良いでしょうか‥?」
優紫が頷くのを待って、神代は話し出す。
これも15歳という年齢に配慮しているのだろう。
「あの日、あなたが凜乃さんを助けに行ったと聞きました。何があったのか聞いても良いですか?」
質問攻めにすることなく、話の主導権を優紫に渡したようだ。
コクンと頷いた優紫は、思い出しながら真剣な顔で話し出す。
「あの日、俺は同じクラスの友達と遊びに行っていたんだ。俺は空手の推薦で高校も決まってたし、そいつもテニスの推薦で、同じ私立の高校に決まってたから、暇を持て余してて‥昼飯食ってカラオケ行って、夕飯は凜乃と食べる約束をしてたから、16時頃に帰ってきたんだ‥‥」
優紫は玄関を開けて「ただいま~」と声を掛け、靴を脱ぎ室内履きに履き替える。
すぐにキッチンの奥からパタパタと歩く音がして、ランドリー室の扉から、キヨが出迎えてくれた。
「おかえりなさい‥優紫さん。夕食は19時の予定でよろしいですか?」
キヨの言葉に、うんと頷くと、優紫はそのまま右手の廊下を進み、奥の階段へと足を向けた。
離れに続く扉の手前の階段を上がると、上り切った所に小さな窓があり、そこから離れが見える。
凜乃は今頃、離れの防音室でバイオリンの練習をしているのだろうか‥優紫はそう思いながら、ふと窓から視線を落とすと、アトリエからモクモクとドス黒い煙が出ているのが見えた。
「えっ?ええっ!!」
慌てて踵を返し、階段を駆け下りた。
「キヨ!!火事だ!!消防車!アトリエ!!」
そう叫ぶのがやっとで、離れに行く扉を開くと、モアっと黒い煙が渡り廊下から流れてくる。
「‥‥り‥‥凜乃‥」
思わず口から滑り出た自分の言葉で、優紫はハッとする。
渡り廊下を低い姿勢で走り抜けると、迷いなく右側にある防音室の扉を開く。
すると、20畳もないスペースには誰もいなかった。
凜乃は自分の部屋に居るんだ‥と、ホッとする自分がいた。
そして優紫はすぐにアトリエに向かうと、入り口のドアは開き、中からモクモクと黒い煙を吐き出し、何が燃えているのかツンとする匂いが鼻につく。
「‥誰か居るの⁉‥おじさん⁉」
ドアの外から少し離れた位置で、優紫が叫ぶ。
煙の勢いが収まることが無く、優紫はしゃがみ込み低い姿勢でアトリエの中を覗く。
下の方は煙が少なく、アトリエの中が少しだけ見えた。
その瞬間、優紫の目に飛び込んできたのは、白く細い足‥?
「まっ‥まさか‥嘘だろ‥?‥凜乃?‥凜乃!!」
優紫は迷いなくアトリエに飛び込んだ。
中では炎がチロチロと赤く燃え盛り、離れ自体がコンクリートで出来ているせいか、蒸し風呂の様に熱い。
目に煙が入り涙が零れ、ツンとする匂いに鼻水も出る。
アトリエに入り手探りで進むと、先程、外から見えた足に触れた。
顔ははっきり見えないが、着ている服と姿で凜乃だと分かる。
幸いなことに、凜乃はアトリエの入り口付近にいたため、まだ火が回っていない。
優紫は意識のない凜乃を抱き上げアトリエを出ると、渡り廊下の蛇腹のガラス戸を力いっぱい開き庭に出た。
その時、キヨが駆け付ける。
「今、消防に連絡は入れました‥大丈夫ですか?‥優紫さん‥ああ‥凜乃さん‥」
芝の上に凜乃を下ろすと、呼吸を確認する。
煤で汚れてはいるが、胸は上下に動き、鼻から呼吸している。
入り口の近くで倒れていたため、下の方の綺麗な空気を吸っていたのだろう。
「ああ‥‥生きてる‥‥良かった‥」
優紫は、溢れ出る涙を拭うことなく、凜乃を抱き締めた。
その後、すぐに消防車と救急車が到着し、消火が始まった。
凜乃をストレッチャーに乗せるタイミングで、母の玖美子が帰宅し、火災に驚く間もなく事情を聴き、煤だらけの凜乃と優紫の姿を目にすると、倒れ込むように二人に駆け寄る。
「‥凜乃‥‥ああ‥‥優紫‥‥」
意識のない凜乃の手を握り、我が子の名前を呼びながら、そして助けた優紫を抱き寄せた。
「ああ‥ありがとう‥優紫‥‥あながた居てくれて‥本当に良かった‥ケガはない‥?」
優紫の体を労わる様に、ベタベタと触り、怪我がないか確認する様子は、優紫が大丈夫と言っても、しばらく続いていた。
その後、凜乃と一緒に救急車に乗ると、病院へ向かって行った。
消火活動が終盤を迎え、炎も収まった頃‥消防士の一人がアトリエに入っていく。
「おい!ストレッチャー用意!!」
大きな声が響くと、バタバタと慌ただしくなり、ストレッチャーを持って来た隊員がアトリエの中から運び出した人‥‥東条豊成だった。
「俺は‥父親を見殺しにしたんだ‥」
先程まで愛想良く人懐っこい顔をしていたのに、急に大人びた落ち着いた声で、優紫は語る。
「あの時、凜乃を助けた事で安心して‥俺は‥‥」
ギュッと唇を噛み締め眉を寄せる姿は、痛々しく掛ける言葉が見つからない‥。
「そう言えば、優紫さんは、凜乃さんの事を、お姉ちゃんとかでなく、凜乃と名前で呼ばれるんですね‥?」
いきなり?何その質問?
葉月は、目の前の男の言動が信じられず、持っていたペンで後ろから刺してやろうかと本気で考えた。
思わぬ質問に、優紫もキョトンとした顔をしていたが、すぐに元の愛想の良い少年の顔つきになる。
「ふふっ‥はい。なんだか、昔から姉って感じがしなくて‥そもそも、年もひとつしか離れてないし‥」
「そうですね。凜乃さんは、なんだか守ってあげたくなるような雰囲気がありますね‥」
そう神代が口にすると、優紫の眉がピクッと動いた。
「あと何か聞く事あるの?」
神代の言葉にかぶせるように聞いてくる。
「そうそう、あの事故の前でも後でも構わないのですが、何か変わった事とか、おかしな事なんかありませんでしたか?些細な事でも構いませんから‥」
優紫は、しばらく考え込んでいた。
「‥いや‥別に何もないかな‥」
「そうですか‥優紫さんは、和弘さんの事をどう思いますか?」
その言葉に、優紫が神代の顔をハッと見上げる。
「なんで急に‥叔父さんの話?」
「いえ、なんとなく‥仲は良い方ですか?」
「普通かな‥色んな国の話をしてくれるから話してて楽しい‥‥‥」
「‥けど?」
言い淀んでいた優紫の言葉に、神代が続きを促すように言葉を足すと、優紫の視線が落ち、自分の拳を見つめていた。
「‥‥父さんと‥母さんとは、仲が良くないみたい‥」
「何故そう思うのですか?」
躊躇っているのか、しばらく無言のまま空気が流れる。
「‥‥1年くらい前かな‥俺が学校から帰ってきたら、書斎から叔父さんが勢いよく出てくるのが見えたんだ。ドアをバンッて大きな音を立てて、怒っているように‥だから、俺は父さんと喧嘩でもしたのかと思ったんだ。その時は、叔父さんが帰ってきて1年くらい経った頃で‥もともと、父さんと叔父さんの仲は悪かったけど、その‥叔父さんが一方的に父さんを嫌ってるというか‥避けてて、理由は分かんないけど‥そんな感じ‥」
思春期独特の感性なのか、大人の雰囲気を読むのに長けている子は、その空気で分かってしまう事も多いのだろう。
「だけど、俺は叔父さんの事、その時は面白くて好きだったし、だから父さんに喧嘩しない様に伝えようと思って、書斎のドアを開けたんだ‥‥」
そこで優紫の言葉が途切れた。
自分が言ってはいけない事を、言ってしまうかのような‥罪悪感‥いや後ろめたさがあるのだろうか。
優紫は大きく息を吐き出すと、決意した様に言葉を繋げた。
「‥そしたら、中には母さんが居て‥‥泣いてた‥。俺はてっきり父さんが居ると思ってたから、びっくりして‥そしたら、母さんが『なんでもないの‥ただ、ちょっと言い合いになって‥父さんには言わないで‥』って言って、その時は分かったって言ったけど‥今年の正月明けに、また父さんと叔父さんが、いがみ合ってて‥俺、ムカついて‥その場で言っちゃったんだ。『いい加減にしてよ!母さんも泣かせて、どういうつもりだよ‥』って、そしたらさ‥‥その場が凍っちゃって‥‥場が凍るって、こんな感じ?‥って‥‥」
ずっと、心の奥に隠しておいた気持ちを、話し出した途端に我慢できずに吐き出してしまう。
そして気が付く、自分が口にしてしまった言葉が、誰かを傷付け、そして自分も傷付いてしまうのだと‥優紫は傷ついていた。
「その時に、傍に居た人は、どなたですか?」
「‥その時は、父さんと叔父さん‥母さんと、俺と凜乃‥」
「そうでしたか‥‥私は日頃から悩むのですが‥知りたくない事を知ってしまい後悔する人生と、何も知らされず後悔する人生。優紫さん‥あなたはどちらを選びますか?」
神代の眼鏡がキラリと光った様に見えたのは、自分だけだろうか‥優紫が眼鏡の奥の瞳を見つめ、神代が言わんとしている事を、自分なりに解釈している。
「‥‥どちらも後悔するのであれば、俺は知りたいです。そして、その後悔なんて蹴散らします」
決意した少年というのは、これほどまでに清々しい気持ちを放つのだろうか、神代はフフッと小さく微笑むと、分かりました‥と答え部屋を出て行った。
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