飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

12話

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二人は1階へ降りて行くと、再び玄関ホールを抜け今度は書斎のドアをノックした。
中から不機嫌そうな玖美子の声がして、カチャリとドアが開き顔を覗かせた。

「‥書斎の中を拝見しても?」

神代の言葉に、玖美子は体をずらし、二人を招き入れた。

「あまりお時間は取らせませんので‥」

神代は書斎に入ると、ザっと視線を巡らせた。
部屋の手前には革張りのソファとローテーブルが置かれ、その奥には大きく重厚な机と椅子が設置されていた。
正面は庭が見える大きな窓に、右側の壁には大きな本棚があり、隣にはひとつ扉がある。
その扉は、おそらく隣にある夫妻の寝室に繋がっているのだろう。
部屋の左側に大きなブラインドがあり、チラリと覗くとガラス窓の外に中庭が見え、正面と左側ほとんどが窓で占めており、すべて開くと明るく開放的な仕様で、それも亡くなった豊成の好みなんだろうか。
神代は部屋の奥へと進み、机の上に飾ってある写真を手に取る。
どこか海外で撮った写真だろうか‥と、一瞬そう思ったが、よく見ると、この屋敷の庭にあるプールの前で撮った写真だ。
穏やかに笑う豊成と、寄り添う玖美子に、その隣に、まだ幼さが残る颯馬が立ち、夫妻の前には幼い手を繋いだ凜乃と優紫。
みんな笑顔で写っている家族写真。
こう見ると、優紫はどちらかというと母親に似て、凜乃は父親似だな‥颯馬は実母に似たのだろうか、柔らかい顔をしている。
そしてもう一枚、これは最近のだろうか、夫妻が椅子に腰かけ、その後ろに颯馬と玲華が立ち、両側に凜乃と優紫が立っている。
これは皆、少し緊張している様ではあるが、優しく穏やかな笑顔をカメラに向けている。

「それは、颯馬と玲華さんの結納の時の写真です。主人は‥この結婚を凄く喜んでいました‥」

神代はその写真を元に戻す。

「ご主人は、何に悩んでおられたか‥分かりますか?」
「‥‥‥‥いいえ‥私には分かりません」

返答にかなりの時間が掛かったが、神代はチラリと視線を送るだけだった。
そして神代は、本棚に近づくと。

「こちらも触れて大丈夫でしょうか?」

沢山ある本を指さしながら、そう言った。

「ええ、元に戻して下さるなら‥」

神代はペコリと頭を下げ、ふむふむと眺めていた。
二つに分かれている本棚のうち、一つの本棚は仕事関係の本でビッシリと埋まっていたが、神代は、もう一つの本棚に手を伸ばし一冊の本を取り出した。

「ご主人が亡くなられて、こちらの本棚は、どなたか触りましたか?」
「いいえ、キヨが掃除くらいするでしょうが、誰も触れてはいません‥」
「奥様も?」
「ええ、見てわかる通り、ここにあるのは殆どが夫の趣味のモノです」

その言葉通り、豊成は趣味が豊富だったようだ。
ゴルフの本からトライアスロン・自転車・山登り‥など、沢山の本が並ぶ中、神代が手にしたものは絵画の本‥。
それには、玖美子も驚いたようだった。

「何故‥そんな本が‥」

和弘が画家なのは分かっている事だが、豊成本人が絵画を好きとは知らなかった、というか、こんな本がここにあるという事すら、気が付かなかったのだ。
神代は何も言わずペラペラと中を捲ると、一枚の写真が挟んであった。
その写真には、若かりし頃の豊成と和弘‥そして二人の間に女性が一人。

「この真ん中の女性は、ご存じですか?」

写真を玖美子に向けると、目にした瞬間に玖美子の身体から力が抜けていくのが分かった。

「‥‥主人の、前の妻です‥」

神代は再び写真を眺める。
3人で肩を組み笑いあいカメラに視線を向けている。
まるで、その写真から笑い声が聞こえるような、満面の笑み。
神代は写真の裏を見る。
そこには綺麗な字で、『いつまでも一緒ね 豊成・和弘・すみれ』と書かれていた。
神代はそれを再び本に挟むと、元の場所に戻した。

書斎を後にした時、玖美子は項垂れ何かを考えているようでもあった。



二人は応接室へ向かうと、ソファには颯馬と玲華が座っていた。

「神代さん、葉月先輩‥お話は終わりましたか‥?」

颯馬が神代と葉月に気が付き、声を掛けてきた。

「ええ、だいたいは‥」

神代はそう言いながら、ソファに腰掛け、葉月もその隣に座った。

「颯馬さん‥もう一つ質問よろしいですか?」
「‥はい」
「颯馬さんの実のお母さんは、すみれさんとおっしゃる?」
「‥‥ええ、何故それを?」

神代は、颯馬の質問には答える気はないようで、すぐに次の質問を口にした。

「‥何か、お母さんの事を覚えていますか?」
「いえ‥あまり覚えてはいません‥。この前もお話しましたが、私が6歳の時に亡くなっていますので‥父も、私の実母の事は、あまり口にすることは無かったので‥ああ、叔父さんと一緒で、絵が好きだったようです。よく絵を描いて貰った記憶が残っています。だからか、私も中学と高校は美術部に入って、絵を描いていましたよ」
「えっ?そうでしたか?大学に入ってやめられたのですか?」
「‥はい、でも‥たまに描きたくなる時があって、その時は離れのアトリエを使ってました。あっ‥それも就職する前までですが‥入社後は忙しくて、とても絵を描く余裕がなくて‥」
「なるほど‥では、あのアトリエは結構活用されていたんですね‥」
「ええ、私が中学の頃に、使っていいと父から鍵を預かりました‥」
「‥鍵を?」
「ええ、ちょっと待っててくださいね‥」

そう言うと、颯馬は小走りで応接室を出て行く。
おそらく鍵を探しに行ったのだろう。
鍵は、和弘が2つ持っており、それが全てだと思っているようだったが、本当は、もう1本あったのではないだろうか、しばらく待つと、颯馬が首を傾げながら戻ってきた。

「すみません‥机の引き出しに入れていたと思っていたんですが、今見るとないので‥父に返したのかな~?」

颯馬は自分の記憶に納得がいかないのか、考え込んでいた。

「颯馬さん、もう一度、アトリエを調べても良いですか?」
「はい、もしろん‥」

颯馬の返事を貰い立ち上がると、後ろから颯馬と玲華が立ち上がったのに気づいて、神代がやんわりと声を掛けた。

「ああ、大丈夫です。場所も分かりますから、私達で行ってきますよ‥」
「そうですか?‥では、終わったら教えてください‥」

ニコリと笑みを残し、神代と葉月は離れへ向かった。

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