飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

14話

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神代と葉月は、再び玄関ホールを抜け、階段脇にあるランドリー室に続く扉をノックした。
はい‥と中から小さな声が聞こえ、扉が開く。

「ああ、すみません。少しお話よろしいでしょうか?」

キヨは一瞬、戸惑いの顔を見せたが、すぐに返事をし中へ招き入れてくれた。

「どうぞ、私の部屋で話を伺います」
「いえ、こちらで結構です。すぐに済みますから‥」

神代はそう言って、ランドリー室のテーブルに寄りかかった。

「そうですか‥」

キヨも、それ以上は何も言わず、心持たなそうに立っている。

「キヨさんは、こちらに、どれくらいお勤めなんですか?」
「‥確か、旦那様が大学に入られた頃からですから‥かれこれ30年ほどでしょうか‥」
「そうですか、ずいぶん長いですね~では分かりますかね?あの離れは、いつ頃建てられたのでしょう?」
「はぁ、私がこちらに来た時は、すでにアトリエはありました。おそらく先代‥前のご主人様が、和弘さんの為に建てられたのだと思います。防音室と渡り廊下は、凜乃さんがバイオリンを始めて、しばらくしてからですから‥13年程前でしょうか‥」
「ああ、それまでは渡り廊下は、無かったのですか?」
「ええ、屋敷に入る扉はありましたが、渡り廊下はありませんでした」
「そうでしたか、では、あの火災の日ですが、あなたは優紫さんの声を聞いて消防に通報したんですよね?」

急に火災の話になり、キヨがグッと緊張したのが分かる。

「はい、その通りです」
「それまでは、どちらに?」
「こちらにおりました。あの日は、優紫さんと凜乃さんが一緒に食事をされるとおっしゃっていましたし、奥様も召し上がる予定でしたから、夕食の準備をしておりました」
「豊成さん、和弘さん、颯馬さんは食べる予定ではなかったのですか?」
「はい、そのお三方は、その日は、外で済ませると言っておられました」
「そうですか‥」

本人の話とまったく同じだ。

「キヨさんは、豊成さんの前の奥様、颯馬さんの実母のすみれさんの事は、ご存じなんですよね?」

まさか前妻の話が出てくると思っていなかったのか、ビクッと体が強張っている。

「‥はい」
「キヨさんから見て、どんな方でしたか?」
「あの‥その事が、何か今回の事に関係あるのでしょうか‥?」

初めて質問に切り返された神代は、口角を上げ答える。

「いえ、関係があるかはまだ分かりませんが、教えて貰えますか?」
「‥‥はい、‥とても‥明るく優しい方でした‥‥」
「そうでしたか‥では、結婚当初、家族皆さん喜んでいたでしょうね~先代の夫妻や和弘さんは‥‥」

神代の言葉に、キヨの視線がチラリとずれる。

「‥はい」
「ところで、和弘さんが海外へ行かれてから、あのアトリエは前妻のすみれさんが使われていたんでしょうか?」
「‥はい、そうだと思います‥」

段々と口が重くなってくるキヨに、神代はニコッと笑顔になる。

「最後にもう一つ、颯馬さんに聞いたのですが、燃えた形跡のあるスケッチブックがゴミ箱に捨てたあったとか?」
「‥はい、和弘さんは、ご自分の部屋に入られるのを嫌がられる方で、いつもご自分で掃除なさっています。それでゴミは、外にあるゴミ箱の中に入れておいて下さるのですが、その中に燃えたスケッチブックを見つけまして‥和弘さんに聞いたら、それは捨てても良いものだと‥」
「どんな絵が描かれているか、中は見ましたか‥?」
「‥‥いえ、見ておりません‥」

明らかに長い沈黙があり、動揺しているのがすぐに分る。
本来、嘘を付くのが苦手なんだろう。

「分かりました。ありがとうございました」

神代はそう言って、笑顔のまま部屋を出て行く。
キヨの言う通り、前妻が今回の事故と関係があるとは思えない。
どんどん話を大きくしていく神代に、葉月はまったくついて行けず、持っていたペンで頭をゴシゴシと掻いた。

「今日は、もう帰る‥」

ランドリー室を出ると、神代がグッタリとした声でそう言い放ち、すぐに玄関に向かおうとする。
だいたい体力がなさすぎるのだ。

「おい、挨拶くらいしとけよ‥」

葉月はそう言いながら、嫌がる神代を応接室へと引っ張っていく。
応接室には、まだ颯馬と玲華が座り話をしており、こちらに気が付くと、二人は笑顔を向けた。

「もう、終わりました?」
「ええ、長い時間、ありがとうございました。いろいろお話が聞けたので、これを精査してから、連絡させていただきます。今日は、この辺で失礼しますね‥」

グダグダの神代の代わりに葉月がそう答えると、分かりましたと二人が頷く。
大学時代から思っていた事だが、本当にお似合いの二人だった。

「それはそうと、結婚式は延期になったとか‥?」
「ええ、父の一周忌が終わってからになりそうです‥。ホント、玲華と玲華のご家族には、ご迷惑を掛けてしまって、申し訳ないのですが‥」
「そうですか‥まぁ、落ち着いてからの方が安心ですよ」

葉月の言葉に、二人は顔を見合わせて微笑み合っていた。

「では、また連絡しますので‥」

葉月は丁寧に怜を言い、玄関へ向かった。
神代は後ろでペコリと頭を下げただけで、足取りが重そうだった。
外に出ると、葉月がタクシーを呼び、近くを走っている空車が居たようで、5分少々で到着予定だ。

「5分で来る‥」

隣でなんとか立っている神代に、葉月がそう告げると、小さく頷いた神代の肩を掴み、自分に引き寄せた。
抵抗することなく、葉月の肩に寄りかかる神代は、可愛らしく見えた。
思いのほか早く来たタクシーに乗り込むと、神代はグッタリとシートに身を委ねた。

「お前‥体力なさすぎ‥」

ボソッと呟いた葉月の声が聞こえたのか、チラリと瞳を開いた気がしたが、それも一瞬で、すぐに閉じられた。


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