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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる
18話
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「はぁ~分かりました。では、私達は‥これで失礼します。これ以上、あなたとお話しても、仕方ありません。それに、私達はあなたの家族ではない。決断するのは私ではありませんから‥」
神代はそう言うと、ソファから立ち上がった。
葉月も、これ以上は何も言えないと神代に続き立ち上がると、颯馬は、ずっと項垂れたまま、顔を上げる事は無かった。
「お待ちください」
応接室の入り口から冷たい声が聞こえ、颯馬がハッと顔を上げ、神代も葉月も足を止めた。
目の前にいたのは、玖美子だった。
黒っぽい服装をしてはいるも、いつもの様に髪を整え、凛とした表情で立ちはだかる。
「‥母さん‥」
「神代さん、永井さん‥もう一度、お掛けください」
玖美子に促され、再び二人は腰を下ろした。
威圧されそうなくらい、気品を纏った姿に、颯馬は何も言えず口を噤んでいる。
玖美子は颯馬の隣に掛けると、颯馬の握り締めている両手に優しく触れた。
「ごめんなさい。‥あなたに、こんな決断をさせていた事に、今更ながら‥母親失格だと気付いたわ‥」
その言葉に、颯馬が玖美子の顔を見上げた。
「すみません‥私が未熟なばかりに‥なに一つ解決できない‥」
再び握り締めた拳を、優しく諭すように撫でると玖美子は優しく微笑みを浮かべた。
「もう、すべて終わりにしましょう‥私達の過ちは、この先‥あなた達に引き継がせる訳にはいかないわ‥」
そう言うと玖美子は再び毅然とした顔になり、神代を一瞥する。
「神代さん、私は、もうすべてを受け入れる覚悟を決めました。あなたのお話を伺いましょう」
決然たる態度で神代を見据える姿に、敬意を表しているのか神代がやんわりと微笑んだ。
「では、私の知り得たすべてを話しましょう‥」
神代はそう前置きをして、豊成の最期の決断の話を始めた。
「まず初めに‥ご主人‥東条豊成さんは、やはり自殺で間違いありません」
その言葉に、玖美子と颯馬がハッと息を呑むのが分かった。
「少し時間が遡りますが、豊成さんの元妻のすみれさんは、和弘さんと同じ芸術大学の油絵専攻で共に学んでいた仲間でした。すみれさんは和弘さんととても仲が良かったそうです。おそらく、このアトリエにもすみれさんは通っていた。そこでどのような出会いがあったのかは分かりませんが、豊成さんと出会い恋に落ちた。これは、すみれさんの大学の友人にお聞きした事です。豊成さんとお付き合いを始め暫くして、すみれさんは何かに悩み、結婚を躊躇っていたそうです。ですが、最後には、豊成さんと結婚する決意をした。そして和弘さんは大学を卒業後、海外へ行ってしまう。その時、和弘さんは自分がいない間に、使う事が出来る様にと、すみれさんにアトリエの鍵を渡した。すみれさんは、亡くなる前はよく絵を描いていたと、颯馬さんが言ってましたね?キヨさんもそう話していました。その絵はきっとアトリエにあったのでしょう。あの半分燃えたスケッチブックもその一つです。すみれさんが持っていた鍵は、当然、和弘さんに返したのだと思います。そしてアトリエの鍵は、もう1本存在します。この鍵は豊成さんから颯馬さんへ一時期渡り、颯馬さんが忘れるくらいですから、ずいぶん前から豊成さんが持っていたのでしょう。これは和弘さんですら知らなかった、本物のマスターキーです。和弘さんが、再度海外へ行った後にも、豊成さんはマスターキーでアトリエに入り、すみれさんが描いた絵を眺めていたのかもしれません。豊成さんは、あの日、家に誰もいないと思っていました。奥様の玖美子さんは友人と食事へ、弟の和弘さんも夜も明けぬ内から取材へ行き、長男の颯馬さんも玲華さんと、次男の優紫さんも友人と出掛け、長女の凜乃さんはバイオリンのレッスンだと思っていたのでしょう。そして豊成さんは、何らかの理由があって、あのアトリエの絵をすべて燃やしてしまわなくてはと思った。また、何らかの理由があって、自らも命を絶とうと思っていた。鍵を持ちアトリエに入り、自分が鍵を持っている事を和弘さんに知られたくなかった豊成さんは、窓から鍵を投げました。それがこれです‥これは、颯馬さんが使っていたアトリエの鍵ですね?」
神代がアトリエの外で拾った、ウサギのキーホルダーが付いている鍵をポケットから取り出した。
「‥はい、そうです‥」
颯馬が頷く。
「臆測ですが‥豊成さんは煙草に火を点け、ワザと燃えやすいキャンバスに落とした。そして、あらかた火の回りが良くなったところで、凜乃さんが駆け付けた。凜乃さんは驚いたでしょう。中で燃えている絵が、自分の絵だったから‥そして、それを燃やしているのが、豊成さんだったから。豊成さんは、必ずその絵を完璧に燃やさなくてはいけないと考えていました。そこで二人にどういう会話がなされたのかは分かりませんが、火の回りが早く、凜乃さんも逃げ遅れてしまった。その時に、優紫さんが助けに入ったと推測されます」
神代は一気に話すと、青ざめている玖美子と颯馬の顔を見ていた。
神代はそう言うと、ソファから立ち上がった。
葉月も、これ以上は何も言えないと神代に続き立ち上がると、颯馬は、ずっと項垂れたまま、顔を上げる事は無かった。
「お待ちください」
応接室の入り口から冷たい声が聞こえ、颯馬がハッと顔を上げ、神代も葉月も足を止めた。
目の前にいたのは、玖美子だった。
黒っぽい服装をしてはいるも、いつもの様に髪を整え、凛とした表情で立ちはだかる。
「‥母さん‥」
「神代さん、永井さん‥もう一度、お掛けください」
玖美子に促され、再び二人は腰を下ろした。
威圧されそうなくらい、気品を纏った姿に、颯馬は何も言えず口を噤んでいる。
玖美子は颯馬の隣に掛けると、颯馬の握り締めている両手に優しく触れた。
「ごめんなさい。‥あなたに、こんな決断をさせていた事に、今更ながら‥母親失格だと気付いたわ‥」
その言葉に、颯馬が玖美子の顔を見上げた。
「すみません‥私が未熟なばかりに‥なに一つ解決できない‥」
再び握り締めた拳を、優しく諭すように撫でると玖美子は優しく微笑みを浮かべた。
「もう、すべて終わりにしましょう‥私達の過ちは、この先‥あなた達に引き継がせる訳にはいかないわ‥」
そう言うと玖美子は再び毅然とした顔になり、神代を一瞥する。
「神代さん、私は、もうすべてを受け入れる覚悟を決めました。あなたのお話を伺いましょう」
決然たる態度で神代を見据える姿に、敬意を表しているのか神代がやんわりと微笑んだ。
「では、私の知り得たすべてを話しましょう‥」
神代はそう前置きをして、豊成の最期の決断の話を始めた。
「まず初めに‥ご主人‥東条豊成さんは、やはり自殺で間違いありません」
その言葉に、玖美子と颯馬がハッと息を呑むのが分かった。
「少し時間が遡りますが、豊成さんの元妻のすみれさんは、和弘さんと同じ芸術大学の油絵専攻で共に学んでいた仲間でした。すみれさんは和弘さんととても仲が良かったそうです。おそらく、このアトリエにもすみれさんは通っていた。そこでどのような出会いがあったのかは分かりませんが、豊成さんと出会い恋に落ちた。これは、すみれさんの大学の友人にお聞きした事です。豊成さんとお付き合いを始め暫くして、すみれさんは何かに悩み、結婚を躊躇っていたそうです。ですが、最後には、豊成さんと結婚する決意をした。そして和弘さんは大学を卒業後、海外へ行ってしまう。その時、和弘さんは自分がいない間に、使う事が出来る様にと、すみれさんにアトリエの鍵を渡した。すみれさんは、亡くなる前はよく絵を描いていたと、颯馬さんが言ってましたね?キヨさんもそう話していました。その絵はきっとアトリエにあったのでしょう。あの半分燃えたスケッチブックもその一つです。すみれさんが持っていた鍵は、当然、和弘さんに返したのだと思います。そしてアトリエの鍵は、もう1本存在します。この鍵は豊成さんから颯馬さんへ一時期渡り、颯馬さんが忘れるくらいですから、ずいぶん前から豊成さんが持っていたのでしょう。これは和弘さんですら知らなかった、本物のマスターキーです。和弘さんが、再度海外へ行った後にも、豊成さんはマスターキーでアトリエに入り、すみれさんが描いた絵を眺めていたのかもしれません。豊成さんは、あの日、家に誰もいないと思っていました。奥様の玖美子さんは友人と食事へ、弟の和弘さんも夜も明けぬ内から取材へ行き、長男の颯馬さんも玲華さんと、次男の優紫さんも友人と出掛け、長女の凜乃さんはバイオリンのレッスンだと思っていたのでしょう。そして豊成さんは、何らかの理由があって、あのアトリエの絵をすべて燃やしてしまわなくてはと思った。また、何らかの理由があって、自らも命を絶とうと思っていた。鍵を持ちアトリエに入り、自分が鍵を持っている事を和弘さんに知られたくなかった豊成さんは、窓から鍵を投げました。それがこれです‥これは、颯馬さんが使っていたアトリエの鍵ですね?」
神代がアトリエの外で拾った、ウサギのキーホルダーが付いている鍵をポケットから取り出した。
「‥はい、そうです‥」
颯馬が頷く。
「臆測ですが‥豊成さんは煙草に火を点け、ワザと燃えやすいキャンバスに落とした。そして、あらかた火の回りが良くなったところで、凜乃さんが駆け付けた。凜乃さんは驚いたでしょう。中で燃えている絵が、自分の絵だったから‥そして、それを燃やしているのが、豊成さんだったから。豊成さんは、必ずその絵を完璧に燃やさなくてはいけないと考えていました。そこで二人にどういう会話がなされたのかは分かりませんが、火の回りが早く、凜乃さんも逃げ遅れてしまった。その時に、優紫さんが助けに入ったと推測されます」
神代は一気に話すと、青ざめている玖美子と颯馬の顔を見ていた。
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