飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

24話

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蒼は自分の指を唾液で濡らし、ぬめりを持たせた指で窄まりの周辺を柔らかくし、プスリと指を差し入れた。

「‥‥あっ‥‥ああっ‥‥嫌だ!!‥‥あああっ‥‥」

異常なまでの神代の乱れ方に、蒼が驚き手を止めた。
神代の身体は、全身がブルブルと震え、手足をバタつかせ、両目は開いているが視線が定まっていない。

「‥あああっ‥‥あああっ‥」

譫言の様に悲鳴を上げる姿に、蒼の顔から笑顔が消えた。

「‥オイッ!‥響!!‥響‥」

その正気じゃない様子に、何度も神代の頬を叩いた。
それでもブルブルと震える神代は、呼吸が荒く焦点の合わない目で、青ざめた血流の滞った唇から、抵抗している様に悲鳴を上げ続ける。

「‥嫌だ!‥嫌だ!‥ああっ‥あああっ‥‥いや!」

首を何度も横に振り、異常なまでの様相に、蒼は拘束している手足を解放するが、それでも神代の震えは止まらず、身体がどんどんと冷たくなっていく。
蒼はベッドから布団を引き剥がし神代に掛け、そして何度も身体を擦り、冷たくなっていく身体を少しでも温める様に抱き締める。

「‥響!‥どしたんだよ‥兄ちゃん!!」

そう呼びかけていた時、事務所の入口の鍵がガチャンと開いたと思ったら、ドアロックで止まり、すぐにブザーが何度も鳴り続ける。
ブーブーと鳴り続ける音と、ドアを激しく叩く音に、蒼はパニックになり、入り口に駆け寄り、ドアロックを解除した。
その途端、バンッと音を立てドアが開くと、そこに葉月が仁王立ちしており、目の前の下着姿の蒼の姿を一瞥すると、思いっきり殴りつけた。

「‥なにしてんだ!!」

バシッとすごい音がして、蒼が殴られた勢いで吹っ飛ぶ。

「‥‥っ‥たっ‥助けて‥響が‥」

殴られた頬を抑えながらも叫ぶ蒼の言葉に、葉月の顔が怒りからサーッと血の気が引いていく。

「‥朱雀!」

名を呼び部屋の中へ入っていき、すぐに神代がベッドに横たわっている事に気が付く。
歩み寄り、散乱した神代の服を見て、布団は掛かってはいたが、その中は何も着ていない事が分かる。
再び蒼を睨みつけ、もう一発殴りたいのを我慢して、葉月は布団で神代を包み抱き寄せた。
まだ全身で震え、悲鳴こそ発していないが、呼吸が乱れ唇が青ざめアワアワと動いている。
そして瞳も、どこを見ているのか分からず視線が定まっていない。

「‥‥っ‥朱雀!‥朱雀!」

優しく抱き寄せ、頬に触れると、ビクッと身体が反応した。

「‥朱雀‥大丈夫だ‥お前は安全だ‥大丈夫‥俺がいるから‥」

髪を梳くように優しく頭を撫で、神代の視線の定まらない瞳に触れ、それを手で優しく閉じると、神代は抵抗することなく瞳を閉じた。

「‥大丈夫‥大丈夫‥朱雀‥戻ってこい‥朱雀‥」

囁くように、何度も話しかける。
そのうち神代の身体が、僅かに熱を持ち始め、ブルブルと震えていた身体も止まった。

「‥朱雀‥大丈夫‥俺がいるよ‥」

神代は、いつしか眠る様に静かになり、葉月は呼吸を確認して、神代の身体をゆっくりとベッドに下ろした。
そして乱れた髪に優しく触れる。

「安心して‥おやすみ‥」

葉月はそう言って、頬を撫でた。
その顔は、優しく慈しみの顔だった。

そして葉月はゆっくりと振り返る。
少し離れた場所に、蒼が呆然と立ち尽くしていた。

「‥誰だお前は‥どうして、ここに居る!」

怒気が籠った声に、蒼は視線を左右に揺らす。

「‥答えろ」

声を抑え言い放つ葉月は、今まで見たことが無い程、怒っていた。

「‥俺は‥黒須蒼‥響の弟‥」

思ってもいなかった回答に、葉月が驚き目を見開く。
弟がいるとは知っていたが、何故‥弟がここを探し当て、兄にこんな事をするのか、まったく理解が出来ない。

「‥どうやって、ここを探し当てた」
「‥通信制の学校。響は‥祖母と暮らしていた時に、一年通っているから‥それで、そこから調べて、名前が変わってるって分かった‥」

ガタイは良いのに、急にしおらしくなった蒼に呆れてくる。

「‥なんでこんな事をした」

いくら何でも、弟が兄の身体を強制的に‥そんな事があるだろうか。

「‥‥好きなんだ‥俺は、響が‥ずっと好きだった‥愛してるんだ‥」

さっきまで自分の中にあった常識とやらが、一瞬で消えた瞬間だった。

「‥なっ‥何言ってる?‥こんな傷つけて‥」

葉月の怒りは収まらず、拳がブルブルと震えている。

「お前こそ、誰だよ!‥赤の他人が、俺達の間に入ってくるな!」

その言葉に、葉月の何かがプツンと切れた。
次の瞬間には、葉月の手が蒼の頬を叩いていた。
バシッと音が鳴り、蒼の身体がヨロヨロと倒れ込み、その時、蒼の背中の大きな火傷の痕が見えた。

「‥お前‥その火傷‥」

倒れたまま起き上がる事なく、蒼は葉月を見上げニヤリと笑う。

「ああ、これは響がやった‥俺が14の時‥俺があいつを求め、響は俺を受け入れた‥そうだ、俺達は‥あの時まで愛し合っていたのに‥」

あまりにも独りよがりの蒼の言葉に、葉月は怒りを通り越し眩暈すらしてくる。

「‥なんで‥‥お前の‥兄だろ?‥血の繋がった‥‥」
「‥ああ?‥そんな事、関係あるのか‥?」
「‥いや‥あるだろ?」
「関係ない!俺は‥小さい頃からずっと‥響を愛していた!誰よりも‥愛していたんだ!あいつの事を分かってやれるのは、俺しかいない!‥お前に何が分かる!」

声を荒げた蒼は、やはりどこか不安定で、葉月はなんて言い返せばいいのか分からなくなっていた。

「‥お前の気持ちは分からないし、分かりたくもない!きっと一生分からない‥」

ふいに葉月の背後から声が聞こえ、振り向くと、シャツを羽織り下着だけ履いた神代が立っていた。

「‥オイッ‥大丈夫か?」

慌てて駆け寄る葉月を制し、神代は散らばっている蒼の着物と帯をかき集めると、蒼に投げつけた。

「着ろ」

投げつけられたモノに、蒼は慌てる様子もなく淡々と着物を身に着けていく。

「‥響‥お前は、俺の元に帰ってくるよな?‥俺の所に‥帰ってくるだろ?‥俺は‥お前をずっと想い続けてたんだぞ‥」

蒼の言葉に、神代は大きく息を吐き出した。

「想い続けるなら勝手にしろ‥だが、俺はお前に弟以上の感情を持つことは無い!それに、俺は、もう黒須響ではない。神代朱雀だ。黒須響はもうこの世にいない‥それが現実だ」
「‥響‥俺は、どうすればいい?‥どうすれば、俺を受け入れる?」

頼りなく思えるのは、やはり自分の弟だからなんだろうか、大きな身体が小さく見えてくる。

「‥蒼、俺はずっと‥お前たち家族に捨てられたと思ってきた。だけど、今‥はっきりと分かった。俺が、お前達を捨てたんだ。もう二度と、俺の前に顔を見せるな!」

神代はそう言って、蒼の身体を入口へと押し出した。
抵抗することなく、押されるがままに事務所から出された蒼は、ドアの前で振り向いた。

「‥俺は‥っ‥兄ちゃん‥‥」

そしてバタンとドアが音を立て閉じられた。
その瞬間、グラッと身体が揺れ、神代が崩れ落ち、床に手を付き項垂れる。

「‥‥うっ‥‥ううっ‥‥っ‥」

床にポタポタと水滴が落ちる。
嗚咽する肩が震えている。
葉月は神代の傍までいき、しゃがみ込むと胡坐をかいた。

「‥ほら‥朱雀‥おいで‥」

そう言って葉月は両手を広げた。
チラリと葉月に視線を送ると、神代は泣き笑いを浮かべ、葉月の胸に飛び込んだ。


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