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47話
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週末の土曜の午後、来栖は買出しに出掛けていた。
いつも平日に買い物するのは難しいため、土日に買い溜めをしておくのが日課になっている。
スーパーは歩いて15分程の距離にあり、最近の運動不足解消の為に、来栖はいつもより遠回りをしながら行くことにした。
近所の公園には小さな川が流れており、その川沿いにランニングコースが設けられている。
いつも通るたびに走っている人を見かけ、そのたびに自分もやってみようと思うが、どうしても及び腰になってしまう。
空が真っ青で午後の日差しがポカポカと気持ちが良く、来栖の足取りも軽くなる。
その時、携帯が鳴ったので見ると、見知らぬ番号が表示されていた。
「はい、来栖です」
『来栖主任‥若奈です』
その声を自分はどれほど待っていただろうか‥。
来栖は胸が熱くなり、携帯を強く握り締めた。
「‥若奈‥お前‥‥元気になったのか?」
声が震えそうになり、息を吐く。
『‥はい。‥いろいろ‥たくさん心配を掛けてしまって‥申し訳ありませんでした‥』
虎太郎の声が震えているのを感じ、来栖は感極まり知らず知らずに頬を濡らしていた。
「‥いや、お前が無事なら‥それでいい‥」
『‥‥っ‥‥うっ‥‥』
声にならない虎太郎の嗚咽が聞こえ、慰めたいが言葉が出てこない。
『あの‥もしもし‥来栖さん?』
突然、別の声が携帯から聞こえ、来栖は驚いて声が裏返る。
「はっ‥はい?」
『クックッ‥‥俺です。鶴木です。ご無沙汰してます」
来栖の声が可笑しかったのか、笑いを堪えながら話す聡に、来栖は急に恥ずかしくなる。
「はい、こちらこそ、いろいろ若奈がお世話になったみたいで‥ありがとうございました」
『クスッ‥いいえ、礼を言われることはしていません。ところで、来栖さん、これから少しお時間ありますか?お話が出来れば嬉しいのですが‥』
「‥ええ、大丈夫です」
『じゃあ、急で申し訳ないのですが、駅前のカフェで30分後ではどうでしょうか?』
「‥はい。分かりました」
『では、その時に‥』
なんの躊躇いもなく切れた電話に、もっと若奈と話したかった‥と、来栖は名残惜しそうに携帯をジッと見つめていた。
いつの間にか涙も引っ込んでしまい、電話越しの虎太郎の声を思い出していた。
無事で良かった‥そう微笑みながら‥。
ランニングコースをずっと歩き、ちょうど30分後にカフェに到着した。
店に入りキョロキョロと周りを見渡すと、一番奥のテーブルに虎太郎と聡が掛けており、来栖の姿を見ると聡が小さく手を上げた。
来栖も答えるように手を上げると、テーブルの方へと歩いて行く。
2週間ぶりに虎太郎の姿は、痩せてはいるが病室で見た弱々しい姿ではなかった。
テーブルまで近づくと、二人が立ち上がり頭を下げてきた。
「いやいや‥そんな事しないで下さい‥」
慌てて二人を起すと、虎太郎の瞳が来栖を見つめる。
大きく開かれた瞳は、すでに水分を含みゆっくりと零れ落ちる。
オロオロする来栖が、自分のパーカーの袖で虎太郎の涙を拭う。
「‥‥ふっ‥‥ふふふっ‥‥っ‥」
堪えきれないように聡がすぐに笑い出し、慌てて口元を押さえ肩を震わせる。
「笑いたいなら‥笑えよ‥」
不機嫌そうに来栖が言うと、聡が申し訳なさそうに頭を下げた。
「‥クスッ‥すみません‥思っても見ない方法で涙を拭いていたので‥くっ‥‥」
「ハンカチを忘れたんだよ‥」
ボソッと言う来栖に、聡はチラリと虎太郎を見ると、真っ赤な顔をして恥ずかしそうに俯く姿があった。
「はぁ~もう‥イチャイチャしちゃって‥‥後でやって下さいよ~‥」
ひとしきり笑い終えた聡は、急に姿勢を正して正面に座った来栖の顔を、真剣な表情で見据えた。
「来栖さん、今までの経緯を俺の口から話したいのですが、よろしいでしょうか?」
真剣な様子の聡に、来栖が逆に虎太郎に問う。
「俺が聞いても良い話なのか?」
その言葉に、虎太郎は目を背けることなく頷いた。
「‥はい、来栖主任に、ちゃんと知って欲しいです」
「分かった。鶴木さんお願いします。聞かせて下さい」
覚悟を決めた目で、来栖は聡を見つめた。
長く苦しい話は、聡がかいつまんでくれてはいるが、想像以上に酷い話だった。
来栖は、よくここまで乗り越えてきてくれたと、改めて虎太郎を強く想い、涙が出そうになるのをグッと堪えた。
すべての話が終わると、虎太郎が口を開いた。
「‥来栖主任、僕は‥ずっと強くなりたいと考えていました。弱くて醜い自分が嫌いでした。だけど‥来栖主任は、そんな僕ても良いんだって言ってくれました。僕は‥嬉しかったんです。主任‥また一緒に働いても良いですか?」
瞳が赤く染まっていた。
涙を堪えているのだと思う。
すべてを曝け出して、それでも前に進もうとしている虎太郎が愛おしい。
「‥うん。もちろんだ。また一緒に働こうな」
泣き笑いのような顔で来栖が答えると、聡が虎太郎に小さく呟いた。
「‥良かったな」
コクンと頷いた虎太郎が、はにかんだ笑みを浮かべた。
いつも平日に買い物するのは難しいため、土日に買い溜めをしておくのが日課になっている。
スーパーは歩いて15分程の距離にあり、最近の運動不足解消の為に、来栖はいつもより遠回りをしながら行くことにした。
近所の公園には小さな川が流れており、その川沿いにランニングコースが設けられている。
いつも通るたびに走っている人を見かけ、そのたびに自分もやってみようと思うが、どうしても及び腰になってしまう。
空が真っ青で午後の日差しがポカポカと気持ちが良く、来栖の足取りも軽くなる。
その時、携帯が鳴ったので見ると、見知らぬ番号が表示されていた。
「はい、来栖です」
『来栖主任‥若奈です』
その声を自分はどれほど待っていただろうか‥。
来栖は胸が熱くなり、携帯を強く握り締めた。
「‥若奈‥お前‥‥元気になったのか?」
声が震えそうになり、息を吐く。
『‥はい。‥いろいろ‥たくさん心配を掛けてしまって‥申し訳ありませんでした‥』
虎太郎の声が震えているのを感じ、来栖は感極まり知らず知らずに頬を濡らしていた。
「‥いや、お前が無事なら‥それでいい‥」
『‥‥っ‥‥うっ‥‥』
声にならない虎太郎の嗚咽が聞こえ、慰めたいが言葉が出てこない。
『あの‥もしもし‥来栖さん?』
突然、別の声が携帯から聞こえ、来栖は驚いて声が裏返る。
「はっ‥はい?」
『クックッ‥‥俺です。鶴木です。ご無沙汰してます」
来栖の声が可笑しかったのか、笑いを堪えながら話す聡に、来栖は急に恥ずかしくなる。
「はい、こちらこそ、いろいろ若奈がお世話になったみたいで‥ありがとうございました」
『クスッ‥いいえ、礼を言われることはしていません。ところで、来栖さん、これから少しお時間ありますか?お話が出来れば嬉しいのですが‥』
「‥ええ、大丈夫です」
『じゃあ、急で申し訳ないのですが、駅前のカフェで30分後ではどうでしょうか?』
「‥はい。分かりました」
『では、その時に‥』
なんの躊躇いもなく切れた電話に、もっと若奈と話したかった‥と、来栖は名残惜しそうに携帯をジッと見つめていた。
いつの間にか涙も引っ込んでしまい、電話越しの虎太郎の声を思い出していた。
無事で良かった‥そう微笑みながら‥。
ランニングコースをずっと歩き、ちょうど30分後にカフェに到着した。
店に入りキョロキョロと周りを見渡すと、一番奥のテーブルに虎太郎と聡が掛けており、来栖の姿を見ると聡が小さく手を上げた。
来栖も答えるように手を上げると、テーブルの方へと歩いて行く。
2週間ぶりに虎太郎の姿は、痩せてはいるが病室で見た弱々しい姿ではなかった。
テーブルまで近づくと、二人が立ち上がり頭を下げてきた。
「いやいや‥そんな事しないで下さい‥」
慌てて二人を起すと、虎太郎の瞳が来栖を見つめる。
大きく開かれた瞳は、すでに水分を含みゆっくりと零れ落ちる。
オロオロする来栖が、自分のパーカーの袖で虎太郎の涙を拭う。
「‥‥ふっ‥‥ふふふっ‥‥っ‥」
堪えきれないように聡がすぐに笑い出し、慌てて口元を押さえ肩を震わせる。
「笑いたいなら‥笑えよ‥」
不機嫌そうに来栖が言うと、聡が申し訳なさそうに頭を下げた。
「‥クスッ‥すみません‥思っても見ない方法で涙を拭いていたので‥くっ‥‥」
「ハンカチを忘れたんだよ‥」
ボソッと言う来栖に、聡はチラリと虎太郎を見ると、真っ赤な顔をして恥ずかしそうに俯く姿があった。
「はぁ~もう‥イチャイチャしちゃって‥‥後でやって下さいよ~‥」
ひとしきり笑い終えた聡は、急に姿勢を正して正面に座った来栖の顔を、真剣な表情で見据えた。
「来栖さん、今までの経緯を俺の口から話したいのですが、よろしいでしょうか?」
真剣な様子の聡に、来栖が逆に虎太郎に問う。
「俺が聞いても良い話なのか?」
その言葉に、虎太郎は目を背けることなく頷いた。
「‥はい、来栖主任に、ちゃんと知って欲しいです」
「分かった。鶴木さんお願いします。聞かせて下さい」
覚悟を決めた目で、来栖は聡を見つめた。
長く苦しい話は、聡がかいつまんでくれてはいるが、想像以上に酷い話だった。
来栖は、よくここまで乗り越えてきてくれたと、改めて虎太郎を強く想い、涙が出そうになるのをグッと堪えた。
すべての話が終わると、虎太郎が口を開いた。
「‥来栖主任、僕は‥ずっと強くなりたいと考えていました。弱くて醜い自分が嫌いでした。だけど‥来栖主任は、そんな僕ても良いんだって言ってくれました。僕は‥嬉しかったんです。主任‥また一緒に働いても良いですか?」
瞳が赤く染まっていた。
涙を堪えているのだと思う。
すべてを曝け出して、それでも前に進もうとしている虎太郎が愛おしい。
「‥うん。もちろんだ。また一緒に働こうな」
泣き笑いのような顔で来栖が答えると、聡が虎太郎に小さく呟いた。
「‥良かったな」
コクンと頷いた虎太郎が、はにかんだ笑みを浮かべた。
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