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46話
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11月に入り朝晩はグッと冷え込み、そろそろ厚手の上着が必要かなと思う日が続いていた。
若奈虎太郎が会社を休んで1ヶ月半が経とうとしていた。
来栖は相変わらず業務と淡々とこなし、以前と変わらぬ仕事ぶりを発揮していたが、ふと見せる寂しそうな顔は、虎太郎を待っているのだと、営業1課の人間は知っていた。
「お~い、来栖」
今も、虎太郎の席を眺めている時に、市原に呼ばれた。
「‥はい」
センチメンタルになってい場合じゃないよな‥そう思い頭の中から寂しさを振り払う。
あんまりしんみりしていると、また市原から小言を言われるので、いつになく真剣な顔をしてデスクの前に立った。
「お呼びですか?」
「お前、また若奈の机を見て寂しくなってんのか?」
からかっているような言葉に、ご推察通りでございます‥とも言えず、来栖は苦笑する。
「‥はぁ~じゃあ、綺麗に掃除しといてやれ‥」
「‥は‥はぁ‥?」
珍しくニヤニヤと笑う市原に、恐怖が先立ち理解が追い付かない。
「なんだ、その気の抜けた返事は‥来週から出勤してくるから、すぐ使えるようにしておけって言ってんだ」
「‥しゅっ‥出勤って‥誰が‥?」
キョトンとして全く理解が出来ていない来栖に、近くのデスクで聞いていた奏が立ち上がった。
「市原課長!!それ、本当ですか?」
「ああ、体調も万全だそうだ」
「やったー!!良かった!」
奏の喜ぶ姿に、来栖の頭の中がようやく整理が出来たようだ。
「‥ほ‥本当に‥?‥若奈が‥?」
口から零れ落ちた言葉が事実なのか分からず、来栖が市原に視線を向ける。
市原はゆっくりと立ち上がると、来栖の肩をポンと叩いた。
「ああ、良かったな‥来栖」
目頭が熱くなる。
無事に若奈が戻ってくる‥それを聞いただけなのに、来栖は涙が零れそうになり、目元を隠し横を向いた。
その隣では、奏が喜びを全身で表し、飛び跳ねていた。
その夜、久々に市原に誘われ、来栖は飲みに来ていた。
いつものミツヨさんの店の奥の座敷だ。
「市原課長。本当にありがとうございました。俺‥感謝しかないです」
グラスを合わせた後に、すぐ来栖が頭を下げる。
「おい、俺は何もしていない‥お前が辛抱強く若奈を待っていたあげた。それがあいつの心を動かした‥それだけだ」
「‥はい‥っ‥」
市原の言葉が優しく、来栖は目の奥が熱くなるのを感じ、そんな来栖に市原は苦笑いを浮かべた。
「そう言えば、若奈は元気でしたか?」
出勤すると連絡があったはずだから、市原と話をしているはずだと、来栖が聞いてみる。
「ああ、元気そうだったな。ほとんど‥鶴木聡と‥あの友人と話をしたからな」
「えっ?鶴木君ですか?」
「ああ、彼がこの2週間、ずっと若奈の面倒を見ていたらしい」
転院するとは連絡があったから、傍にいると想像は出来たが、ずっと面倒を見ていたのか‥。
そう思うと、なんだか心がチクチクとなる。
「クックッ‥そんな顔をするなよ‥お前の考えているような事じゃないよ‥」
まただ、また心の中を見透かされた‥。
「そ‥そんな‥やましい事など考えていませんし、課長の方こそ臆測で言わないで欲しいですよ‥まったく‥」
「お前は顔に出やすいからな‥入社した当初からそうだった。だから俺は苦労したんだよ‥」
しみじみと語り始める市原の口を塞ぐことは出来ず、来栖はただ入社当時の恥ずかしい話を沢山され、恐縮するだけだった。
ひと通り市原の思い出話も蹴りが付いたところで、再び虎太郎の話になる。
「話は戻るが‥その鶴木聡が若奈を転院させ、身体が治ってから、伊藤汰久との話し合いにも立ち会ったらしい」
思ってもいない情報で、来栖はグラスを置き身を乗り出した。
「どういう事ですか‥?話し合いって‥」
「ああ、あの報告書にもあった通り、伊藤汰久は大学時代から執着してただろ?そんな伊藤から若奈を守れなかったと、思う所はいろいろあったって事だ」
あまりにも省略している説明に、来栖は納得出来そうにない。
「なんか俺、また何も出来なかったってやつですか‥」
「そんな事はないさ‥お前はしっかり自分のやるべき事をやったんだろ?」
あの時はそう思っていたけど、結局、若奈の力になっていたのかというと、そうじゃないだろうと思う。
来栖がまた自己嫌悪に陥りそうになり、市原が喝を入れる。
「ウジウジするんじゃない!お前は、若奈の事になるとすぐに考え込む。お前の良い所はなんだ?バカが付くほど真っすぐで正直な所だろ?お前はお前で良いんだよ。これからも、そうやって若奈を見守ってあげろ。お前にはそれが出来るだろ?」
慰められているのが分かった。
不甲斐ない自分もまた自分なんだと、来栖の顔が笑顔に変わる。
「‥はい」
若奈虎太郎が会社を休んで1ヶ月半が経とうとしていた。
来栖は相変わらず業務と淡々とこなし、以前と変わらぬ仕事ぶりを発揮していたが、ふと見せる寂しそうな顔は、虎太郎を待っているのだと、営業1課の人間は知っていた。
「お~い、来栖」
今も、虎太郎の席を眺めている時に、市原に呼ばれた。
「‥はい」
センチメンタルになってい場合じゃないよな‥そう思い頭の中から寂しさを振り払う。
あんまりしんみりしていると、また市原から小言を言われるので、いつになく真剣な顔をしてデスクの前に立った。
「お呼びですか?」
「お前、また若奈の机を見て寂しくなってんのか?」
からかっているような言葉に、ご推察通りでございます‥とも言えず、来栖は苦笑する。
「‥はぁ~じゃあ、綺麗に掃除しといてやれ‥」
「‥は‥はぁ‥?」
珍しくニヤニヤと笑う市原に、恐怖が先立ち理解が追い付かない。
「なんだ、その気の抜けた返事は‥来週から出勤してくるから、すぐ使えるようにしておけって言ってんだ」
「‥しゅっ‥出勤って‥誰が‥?」
キョトンとして全く理解が出来ていない来栖に、近くのデスクで聞いていた奏が立ち上がった。
「市原課長!!それ、本当ですか?」
「ああ、体調も万全だそうだ」
「やったー!!良かった!」
奏の喜ぶ姿に、来栖の頭の中がようやく整理が出来たようだ。
「‥ほ‥本当に‥?‥若奈が‥?」
口から零れ落ちた言葉が事実なのか分からず、来栖が市原に視線を向ける。
市原はゆっくりと立ち上がると、来栖の肩をポンと叩いた。
「ああ、良かったな‥来栖」
目頭が熱くなる。
無事に若奈が戻ってくる‥それを聞いただけなのに、来栖は涙が零れそうになり、目元を隠し横を向いた。
その隣では、奏が喜びを全身で表し、飛び跳ねていた。
その夜、久々に市原に誘われ、来栖は飲みに来ていた。
いつものミツヨさんの店の奥の座敷だ。
「市原課長。本当にありがとうございました。俺‥感謝しかないです」
グラスを合わせた後に、すぐ来栖が頭を下げる。
「おい、俺は何もしていない‥お前が辛抱強く若奈を待っていたあげた。それがあいつの心を動かした‥それだけだ」
「‥はい‥っ‥」
市原の言葉が優しく、来栖は目の奥が熱くなるのを感じ、そんな来栖に市原は苦笑いを浮かべた。
「そう言えば、若奈は元気でしたか?」
出勤すると連絡があったはずだから、市原と話をしているはずだと、来栖が聞いてみる。
「ああ、元気そうだったな。ほとんど‥鶴木聡と‥あの友人と話をしたからな」
「えっ?鶴木君ですか?」
「ああ、彼がこの2週間、ずっと若奈の面倒を見ていたらしい」
転院するとは連絡があったから、傍にいると想像は出来たが、ずっと面倒を見ていたのか‥。
そう思うと、なんだか心がチクチクとなる。
「クックッ‥そんな顔をするなよ‥お前の考えているような事じゃないよ‥」
まただ、また心の中を見透かされた‥。
「そ‥そんな‥やましい事など考えていませんし、課長の方こそ臆測で言わないで欲しいですよ‥まったく‥」
「お前は顔に出やすいからな‥入社した当初からそうだった。だから俺は苦労したんだよ‥」
しみじみと語り始める市原の口を塞ぐことは出来ず、来栖はただ入社当時の恥ずかしい話を沢山され、恐縮するだけだった。
ひと通り市原の思い出話も蹴りが付いたところで、再び虎太郎の話になる。
「話は戻るが‥その鶴木聡が若奈を転院させ、身体が治ってから、伊藤汰久との話し合いにも立ち会ったらしい」
思ってもいない情報で、来栖はグラスを置き身を乗り出した。
「どういう事ですか‥?話し合いって‥」
「ああ、あの報告書にもあった通り、伊藤汰久は大学時代から執着してただろ?そんな伊藤から若奈を守れなかったと、思う所はいろいろあったって事だ」
あまりにも省略している説明に、来栖は納得出来そうにない。
「なんか俺、また何も出来なかったってやつですか‥」
「そんな事はないさ‥お前はしっかり自分のやるべき事をやったんだろ?」
あの時はそう思っていたけど、結局、若奈の力になっていたのかというと、そうじゃないだろうと思う。
来栖がまた自己嫌悪に陥りそうになり、市原が喝を入れる。
「ウジウジするんじゃない!お前は、若奈の事になるとすぐに考え込む。お前の良い所はなんだ?バカが付くほど真っすぐで正直な所だろ?お前はお前で良いんだよ。これからも、そうやって若奈を見守ってあげろ。お前にはそれが出来るだろ?」
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不甲斐ない自分もまた自分なんだと、来栖の顔が笑顔に変わる。
「‥はい」
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